夫婦漫才
後宮の中を突っ切り、内廷と繋がる門へ。見上げるほどの高さがある二階建ての門には女性守衛が立っていたけれど、すでに話は通っていたのか扉を開けてくれた。
「じゃあ、こっちだ。張の爺さんが待っているからね」
そのまま門を出て、道案内を継続してくれる瑾曦様。
「え? 妃が後宮から出ても大丈夫なんですか?」
「まぁ、出ちゃあいけないってことになっているけどね。四夫人ともなれば仕事で外廷に出入りすることも多いし、みんな気にしちゃいないよ。昨晩だって凜風の歓待をするために外廷に来ていたしね」
「そういえば……。いやいやそんなテキトーでいいんですか? 後宮って陛下以外の男の『種』が混じらないようにする意味もあるんでしょう?」
男性からすれば本当に自分の子供か分からなくて不安と聞くものね。だから高い壁で女性を取り囲んで、陛下以外は宦官(去勢した男性)しか入れないようにしようっていうのが後宮であるはずだ。
「あっはっはっ。上級妃に選ばれるほどの女が、そんな軽率な行動をするはずがないだろう?」
少し強い目で見られてしまった。怒らせちゃったみたい。浮気を疑うような発言だったから当然か。
「ごめんなさい、考え無しでした」
「うんうん、素直に謝れる子は好きだよあたしは。特に後宮には素直じゃない女が多すぎるからね」
また背中を叩いてから瑾曦様は歩みを再開した。内廷を通過して、外廷へ。
大人しく付いていった先の部屋で待っていたのは――張さんと、梓宸だった。
「お、来たな凜風」
「皇帝って暇なの?」
「凜風のために時間を作っているに決まっているじゃないか」
「はいはい」
阿呆の子は放っておいて張さんに視線を向けると、張さんは申し訳なさそう顔をした。ちなみに『申し訳なさそう』というだけで、実際に申し訳ないと思っているわけではない。
「凜風様、お呼び立てして申し訳ございません。本来なら儂が凜風様のところへ足を運ぶべきなのですが……。もう儂にはそんな元気がないというのに、それでも後宮には入っていけないと言われましてな」
「あ、はぁ」
元気って。老人冗句だろうか? 正直あまり面白くはないわね。
「それで、私への用事ってなんでしょう?」
「はい。昨夜の事件ですが、維は忙しいというので、儂が老骨にむち打って調査をすることになりましてな」
「もう隠居したのでしょう?」
「隠居したということは、決まった仕事がないということでもありますからな。いやまったく人使いが荒い……。しかし儂にはもう各所を這いずり回るような体力がありませんからな。ぜひ凜風様に協力をお願いしたいのです」
「はぁ、縮地で目的地まで移動させればいいのですか?」
「それもありますが――凜風様は人の嘘を見抜けるでしょう?」
「…………」
張さんには話したことはないというか、基本的に誰にも教えていないのだけど。はたしてどうやって調査したのやら。
嘘を見抜ける。
それは事件調査においてかなり有利に働くことでしょう。張さんが頼み込んでくる気持ちも分かる。
でもなぁ。
「たしかに私は人の嘘を見抜けますが……私本人が嘘をついている可能性もあるんですよ?」
「…………」
「誰かを貶めるために、私が嘘をつくこともあるかもしれません。もしも私が虚偽を口にしたとして、張さんはそれを見抜けないでしょう?」
「――そこで俺の出番だ」
と、私と張さんの間に割り込んできたのは梓宸。
「あなたの出番なんてないわよ。未来永劫」
「ひどっ!? いや待て待て凜風。俺にはお前も知らない特殊な力があるんだ!」
「ないわよそんなもの」
「あるんだって!」
「はぁ……。一応聞いてあげるけど、なに?」
「ふっふっふっ! 俺は! 凜風が嘘をついているかどうか見抜けるのだ!」
「はい解散」
「ちょっと待てって! 本当だって! これでも凜風とは長い付き合いだからな! 分かるんだって!」
「はぁ……。じゃあ試しに。――梓宸ってー格好良くてー性格も素敵でー結婚相手として申し分ないわよねー」
我ながら見事なまでの棒読みであった。
「よし! 結婚しよう凜風!」
「ぜんっぜん見抜けてないじゃないの。はいはい解散。事件調査は張さんだけでやってください。移動のお手伝いはしますから」
「ふふふ、照れなくてもいいんだぞ凜風。照れ隠しだろう? 素直になれないからこうして冗談交じりに告白を――へぶぅ!?」
おっとしまった。ついつい梓宸の脳天に手刀を叩き込んでしまった。だってウザくてキモかったんだもの。
「……これが大華国で流行っているという『夫婦漫才』かい?」
これのどこが夫婦漫才なんですか瑾曦様。