事件
どうやら北狄の文化として、強い男は稼げる男であり、複数のお嫁さんを迎え入れるのが普通のことだそうだ。
北狄の文化凄い。と思ったけど、後宮という制度も似たようなものだった。なぜ私に求婚してくる男はそんなのばかりなのか。
陛下の前で言い争う兄妹(と、それを肴に酒を飲む梓宸)から視線を逸らし、私は残った妃たちに目を向けた。
まずは紅妃、春紅様。
私の視線を受けて彼女はびくびくと怯え、身を引いてしまった。
「……はは~ん?」
「ひっ!? な、なんですか!?」
「いえ、別に? 妃になっても色々大変なんですねーっと。やっと皇帝のお手つきになれても今度は懐妊できるか、懐妊したあとも男の子を産めるかどうか……」
「…………」
ガクガクブルブルと震えだしてしまう春紅様だった。怖がらせるつもりはないんですけどねー。
いやほんとに怖がらせるつもりはない。梓宸の子供を産んだからといって『敵』になるわけじゃないし。私と梓宸は無関係だし。そもそも節操なく女に手を出しているヤツが悪いのだし。
「……なんだか批難されている気がするぞー?」
酔っぱらいが何か言っていたけど、無視だ無視。
春紅様はもうお話ができないくらい震え始めてしまっているからとりあえず置いておくとして。私は最後の妃、白妃雪花様に向きなおった。
やはりこの国ではよく目立つ欧羅人顔。よく見ると化粧をしていないわね? 見た目年齢からして必要ないと言えばその通りなのだけど……化粧無しでこの美貌とか。美少女は凄いわねぇ。
さて。雪花様は成人しているとはいえ、見た目はただの少女なのでいきなり心を読むのは気が引ける。なので一応確認してしまう私だった。
「え~っと、視ちゃってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
にっこりと即答した姿はずいぶんと大人びて見えて。はぁはぁ。いくら実家の後押しがあったとはいえ、そこはやはり妃になって子を孕むほどの存在。並大抵の女では成し遂げられないってところですか。
こういう人が皇后になるべきじゃないのかなーっと思いつつ、許可はもらったので遠慮なく雪花様を視て――
「――それは、止めなさい」
思わず、口を滑らせていた。
「……なんのことでしょう?」
あらまぁいくら年上とはいえ平民相手に敬語を使ってくれるとは。ちょっと好感度が上がったことだし、口に出してしまったものはしょうがない。このまま助言しておきましょう。
「平民である私が、妃である貴女に本来このような口をきいてはいけないのでしょう。しかし、神仙術士として助言します。それだけは、止めなさい」
「…………」
無礼な物言いに怒り狂うか。何をバカなことをと呆れるか。あるいは春紅様のように怖がってしまうか。私が少し楽しみにしながら雪花様の反応を待っていると、
――何かが倒れる音がした。
視線を向けると、宴会から少し離れた場所で侍女が床に倒れていた。
あそこは、毒味が行われていた場所だ。
毒が盛られた。
と、この場にいた誰もが思っただろう。
「おい! すぐに下がらせろ!」
張さんが護衛の兵士にそう指示を飛ばし、
「待て! 無理に動かすな! まずは毒を吐かせるのが先だ! 嘔吐剤を持ってこい!」
梓宸が慌てて立ち上がり、侍女に駆け寄った。
いやいや、
いやいやいや、
ここで皇帝が真っ先に駆け寄ってどうするのか。まだどんな毒が使われたかも分からないのだから。まぁ触れただけで死ぬ毒なんてないだろうけど、毒キノコの中には触っただけで皮膚が焼けただれるものもあるのだ。
「――皇帝が安直な行動をするな!」
侍女に駆け寄る梓宸が私の横を通る時機を見計らい――私は、飛んだ。
ちょっとだけ神仙術で勢いを付け、両足を使った跳び蹴りを梓宸の脇腹にめり込ませる。
欧羅においては俗に『ドロップキック』と呼ばれる技を受けた梓宸はゴロゴロと転がっていった。まぁこのくらいじゃケガなんてしないでしょう。たとえしたって神仙術で治せばいいのだし。
というわけで、毒を食べたであろう侍女の診断開始。千里眼で状態を確認する。
…………。
あら、あら。これはこれは。どうしたものか……。
とりあえず、毒の種類は分かったので解毒開始。とはいえ嘔吐によって毒の大部分は体外に排出されたので慌てる必要はない。
あ、そうだ。この前買った本に新しい治療法が載っていたはず。
欧羅式の魔術・空間収納の中にしまっておいた本を取り出す。欧羅の商人・ディックさんから銀貨18枚で購入した『最新版 回復魔法大全』だ。重い本なので床に置いてから頁をめくる。たしかこの辺に……。
「あ、あの、凜風様……?」
恐る恐るといった様子で張さんが声を掛けてきたけど、今は解毒が優先だ。
ほうほう? 胃袋にある毒物を除去するだけではなく、すでに吸収されてしまった毒も浄化する魔術ねぇ……? どれどれ……。
「神よ。いと気高き我らが神よ。穢れし子羊を憐れに思うのならば、慈悲の光を賜らんことを。――浄化」
私は欧羅の『神』を信仰しているわけではない。自分でもたどたどしいなぁと思うし、韻を踏めたわけでもない。
だというのに呪文詠唱に従って周囲の『気』が集まり、光を発しながらゆっくりと渦巻いて――侍女の身体に吸い込まれ、消えた。
一応千里眼で確認。……うん、大丈夫そうね。満足した私が侍女を横抱きにしながら立ち上がると、
「あ、あ、あなた! 皇帝陛下を足蹴にするなんて!」
わなわなと震えながら怒りの声を上げたのは藍妃・海藍様。なんというか、真っ当な反応だった。
ちなみに他の妃の反応はというと……翠妃・瑾曦様は腹を抱えて大爆笑中。紅妃・春紅様は化け物を見たかのようにガクガク震えている。
そして私が横抱きにしている侍女の主、白妃・雪花様は――なぜかキラキラと目を輝かせながら私を見つめてきていた。
いや、なんで? 今あなたの侍女が毒殺されかかっていましたよ? どうしてそんな場違いな反応ができるんです?
おっと、今重要なのは文句を付けてきた海藍様への対応か。とはいえ両手は侍女を抱えて塞がっているので、首を横に振る。
「――とろい」
「はぁ!?」
「妃であるなら、皇帝が危険に近づく前に止めてみせなさい。あの御方は我が国で一番偉い人なんですよ? 危険に近づくのをみすみす見逃してどうするのですか」
「な、な、な……っ!?」
なんかもう海藍様は顔を真っ赤に染めすぎて今にも倒れそうだし、
「……いえ、凜風様はそんな偉い御方を蹴り飛ばしておりませんでしたかな?」
空気を読まない指摘をしてくる張さんだった。
近くにいるなら丁度いいわね。
「張さん。王宮なら医務室くらいあるでしょう? この子を連れて行くので案内してください」
「はぁ、それは構いませんが……凜風様がお連れするのですか? その細腕で? 運ぶのなら兵士に任せるという手もありますが」
「病人の運搬なら私の方が慣れているでしょうからね。それに体重くらいなら神仙術で軽くできますから」
「ははぁ、何とも便利なことで……。では、こちらへ。女官用の医務室がございますので」
張さんの後に続いて、私は侍女を抱き抱えながら医務室を目指したのだった。
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