第3話
私が国王である父から婚約の話をされたのはルイアスと会う前日だった。
前日であれば私が断らないと思ったのだろう、父はそれまで水面下で話を進めていたらしい。
「行ってくれるな、ユイシャ?」
「⋯⋯⋯っ」
私は何も言い返すことができなかった。
私の代わりは誰もいなかったからだ。下に妹は一人いるが、まだ彼女は幼い。
年齢的に見ればまず私が行くのが常識的であり、祖国の体裁を保つためには私が行かなければならなかった。
「お相手は?」
「ん? なんだ? お前もすでに承知しているであろう?」
「⋯⋯⋯」
そう。私の婚約相手は妖精族の王。
妖精族の王と言えば一人しかいない。
ルイアス・アルスオルト。
黒髪の妖精で魔力が高く、人間に対しては特別冷酷な男。
二十年前の終戦以来、妖精族の国を創りその王座に就いた。
「⋯⋯ルイアス様は酷く人間を嫌っているという噂ですが?」
「事実だな」
「そんな方の下に私を向かわせると?」
「分かっておくれ。我が国は他諸国より遅れているのだ。これが無理に進められた話だと、お前なら分かるはずだ」
嘘だ。多少国の規模が違うだけで、技術文化的に他国より遅れていることは決して無い。だからこれも私を丸め込ませるための嘘。
「お父様、はっきり言ってください。本当は何が目的なのか。ただ単に外れを引かされただけではないのでしょう?」
父の作り笑いが少し崩れた。
「⋯⋯何が言いたい」
父の態勢が崩れたなら、今度はこちらが直球で言う番だ。
「お父様が狙っているのは妖精族にのみ伝わる魔法石ではないのですかということです」
「⋯⋯⋯」
魔法石。それは魔力を閉じ込めておける石。
通常そんなことはできないので、戦争に投入することができれば一気に軍事力が増す。
父はそれを利用し、他国との立場関係を変えるつもりなのだ。
「⋯⋯もし、お前の考えていることが本当だとして、それがどうした?」
「思い切り私に関係あることはではないですか。それを隠していた」
「お前には関係ない。お前はただの道具だ。我が国の繁栄のための礎の一部に過ぎない」
やはり。本音は今言った通りなのだ。
私を道具としてしか見ていない。実の娘にさえもこんな態度を取る、この男は非情だ。
「私が行かないと言ったら?」
一応私は拒否を試みてみる、が。
「お前ほどの人間が行かないデメリットを理解していないわけではあるまい」
父はまったく態度を変えなかった。私がすべて理解した上で訊いたことを理解しているのだ。
「お前に嫁入りしないという選択肢はないよ。諦めて準備に取り掛かることだな」
「⋯⋯⋯」
これ以上は無意味だった。この先何を言っても、どう動いても婚約は変えられなかった。すべては父の策略の上。
ルイアスもなぜこの婚約を受けたのか。
いや、これらは何もかもが考えても仕方のないことだ。
結局、私は仕方なくその場から離れた。