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7話 見つけた


 ばたんっと荒々しく扉が閉められた瞬間、膝を抱えて丸くなり顏を伏せていたレティシアが顔を上げる。

 その顔は今にも爆発しそうなほど憤っていた。



「言いたい放題言ってくれちゃって。こっちが大人しくしてるのをいいことにぃぃ!」



 ギリギリと歯噛みするレティシアは、すぐに怒りを収めて焦燥感を抱く。



「あんな失礼な人達に怒ってる場合じゃなかった。来月結婚? は? 私が? それに、十六歳? 連れてこられたのが八歳の時だから、つまり八年近くここにいたってこと?」



 疑問が次から次に湧き出てくる。

 八年――。言葉にすれば一瞬だが、とても長い年月だ。

 特に子供の時の八年はとても大きい。

 十五歳で都会へ出ていく者が多くいる村を考えると、レティシアはいつの間にかその年齢を越していたことに愕然とした。



「そんなに長い間ここにいたの……?」



 ここは常に薄暗く、昼と夜が分からないので一日が曖昧なのだ。

 それでも数年は経っているのは確実だったが、そこまでの年月がすぎていたなんて思っていなかった。



「お父さんもお母さんもきっと心配してる。村の人達も……」



 今彼らはどうしているだろうか。

 村のことを思い浮かべた時わずかに感じた違和感を、レティシアは無意識のうちに見ないふりをしていた。



「……来月に十六歳になるって言ってた。どうやって調べたか知らないけど、そこはまあいいとして……。十六歳になったら結婚って方が大問題よ」



 レティシアは一人ブツブツと一人言を口にしていた。



「あんな男と結婚なんてごめんよ。なら、来月までに逃げる必要がある、か……」



 レティシアは腕を組んで、悩むようにうんうん唸る。

 そして、ふと自分の細い腕と足を見た。

 まともな食事を取っていないせいもあるが、ほぼベッドの上というこの限られた範囲で生活していたために、病人でもないのに筋肉がついていない。



「魔法で筋肉を強化すればなんとかなるけど、体力の方が保たないかもしれない」



 途中で捕まったら逆戻りだ。

 まあ、ただで捕まるつもりはないのだが。



「来月まで時間はあるし、それまで食事と運動で少しでも体力と筋力をつけてから逃げた方がいいかも」


***


 それからレティシアは、しっかりとご飯を食べて、人がいない時にベッドの上で筋肉をつけるべく運動をした。

 それまで悲観して、時には暴れ騒いでいたレティシアが急に従順になったことに、多少の違和感は持っているようだ。

 なので最初こそ警戒しつつも、次第に獣人達はようやくレティシアがカシュを受け入れ始めたのではないかと満足そうにしていた。

 そんなことあるはずがないのに、大人しいレティシアに、カシュも最近は機嫌がいい。


 ここの獣人達ときたら、拒否するレティシアの方が悪いという考えの、獣人至上主義の者ばかりだ。

 悪いのは誘拐してきたカシュではなく、カシュの番いに選ばれながらいつまでも受け入れないレティシアというのが、ここの者達の考え方なのだ。

 種族の違いうんぬんの前に、価値観が合わない。


 人間や獣人以外にも、この世界にはいろいろな種族がいるが、獣人ほど傲慢な種族は珍しい。

 自分達こそが世界の覇者だと疑っていない。

 そのせいで失ったたくさんの命を、レティシアは決して忘れない。


 偏見だ、差別だと責められようと、それ以上に目の前で消えていった命と、それを嘆き悲しむ人々の悲鳴がいまだにレティシアの耳にはこびりついていた。

 前世の話だというのに、鮮明に思い出せる。



「もし、獣人達があの悲劇を繰り返そうっていうなら、今度こそ容赦はしない」



 それは、己の意思を無視して世界を破壊させられた邪竜のためにも、手を抜いていい問題ではなかった。

 まあ、純粋にレティシア自身がムカつくからではある。

 そもそもレティシアは誰かのためにという崇高な目的で動くような人間ではない。

 ただ普通に自分が嫌だから動く。助けたいから助ける。

 気に食わないから殴る。至極単純明快だ。


 なので、神々からの願いがなくとも、きっとレティシアは邪竜を助けるために行動に移していただろう。

 だからこそ、最終的に命を落としたことで神々を恨んではいない。

 獣人をなんとかしろよ! とは思うが……。

 邪竜の生まれ変わりを探すのも、レティシアの意思だ。

 最高神からの頼みではあるが、それがすべてなどではない。



「早く見つけないと……」



 レティシアは魔導書を広げ、手を置いて魔力を流していた。

 波紋のように広がっていくレティシアの魔力。

 その魔力がこの屋敷の全容を明らかにせんと探っていた。


 広く入り組んだ屋敷の中を調べるのは難しい魔法だが、大魔導師と呼ばれていたほど魔法に長けているレティシアには造作もない。

 ただの魔法ならば、レティシアの魔力に勘づく者がいるかもしれないが、魔導書を通した魔力は神の力が伴っている。

 獣人程度に悟らせるようなことはしない。


 魔導書を通したレティシアの魔力に気づくとしたら、それは同じく神の加護を持っている者だけ。

 そして、それは逆もしかり。



「見つけた――」



 レティシアは、前世で記憶に残っていたその気配に不敵な笑みを浮かべる。



「やっぱり近くにいたのね」



 わざわざこのタイミングで最高神がレティシアの記憶と力を戻した理由。

 それは近くに邪竜の生まれ変わりがいるからではないのかと考えていたのだ。



「ここは……、この屋敷の地下?」



 より一層意識を集中させて、居場所を探る。

 レティシアがいる場所よりずっと下に気配を感じる。

 最高神の光の力と対なす、闇の女神の闇の力を。

 ドジっ子女神によってレティシアの運命は変わってしまったが、邪竜との運命の糸が断ち切られたわけではないと分かり、レティシアはほっとした。

 断ち切られていたら、これほど近い場所に邪竜の生まれ変わりが現れるなんて偶然が起こるはずがないのだから。



「さて、見つかったなら会いに行ってみましょうか」



 最近しっかりと食事をして体力もついてきた。

 今度は行動範囲を広げてこの屋敷の様子を実際の目で見ておいた方がいい。

 逃げる時には、邪竜の生まれ変わりも一緒に。



「どんな子かな?」



 レティシアはここ最近で一番ウキウキと心を弾ませていた。




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― 新着の感想 ―
シンプル屋敷の人間皆殺しにしてからゆっくりすればいいんじゃないかな? それともそこまでの魔法は使えないんだろうか。
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