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6話 望まれぬ番い

 

 レティシアは冷たい石の作りの床から立ち上がって、冷えないようにベッドの上に移動する。

 そして、改めて、周囲を見渡した。


 周りを囲う柵には魔法が施されており、恐らくレティシアをこの場に閉じ込めておくためであろうことが察せられる。

 まあ、今のレティシアにはなんら障害にすらならないので問題はない。


 問題なのは、連れ去られてからここに来た当初の頃の記憶が朧気だったことだ。

 ただ、ここから出たいという一心で大暴れしたのだけは覚えている。

 お父さん、お母さんと、大声で泣き叫んだ記憶も脳裏をよぎる。

 けれど、人間の力で獣人の強靭な肉体に敵うはずもなく、暴れるたびにレティシアの扱いはどんどん悪くなっていった。



「よりによって獣人の番いにされるなんて」



 その言葉の中には獣人への昇華しきれない恨みつらみが含まれていた。

 獣人すべてが悪いわけではない。

 それでも、邪竜という存在を生み出したのは獣人の国だ。

 その筆頭として動き回っていたのがアカシトロビアという獣人の中でも大きな国だ。

 傲慢で、他種族を認めない、閉鎖的で独善的な思想を持った国。

 特に魔導師への差別はどこよりも強かった。


 レティシアは普通の農家の娘として生きていた。

 決して贅沢ができる生活ではなかったが、笑顔に溢れていた。

 それを壊したあの男の顔を思い出すだけで反吐が出る。



「絶対に許せない……」



 レティシアの目は、これまでないほどに生気に満ちていた。

 心を占めるのは怒りだが、もう命を捨てようなどとは思わない。

 むしろ、今度はこちらがやり返す番だ。

 自分を無理やり誘拐し、監禁するような最低な男だ。未練など一切ない。



「それにしても、番いなんてものどうして作ったのよ。最高神様めっ」



 ポスポスと枕を叩く。

 これまた最高神への怒りがぶり返す。

 人にはない本能を、獣人にだけ与えた。

 別にそれ自体は問題ないのかもしれないが、レティシアのように誘拐されるなら大問題である。

 始末に負えないのは、大昔からそうであったために、番いをそばに置くのは当然のことと疑っていないところだ。


 それはどの獣人にも言える。

 だからこそ、あの男は当然といった顔でレティシアを攫い、レティシアが抵抗するのが許せない。

 受け入れないレティシアの方が悪いと本気で思っているのだ。


 獣人の方はそれでいいかもしれないが、レティシアに番いという概念はない。

 だから逃げ出そうとした結果、足の健を切られた上に鎖で繋がれてしまった。

 こんな状況下に何年もおかれていたら人生に絶望して死のうと思ってもおかしくない。

 だというのに、獣人はレティシアの気持ちを慮ることをしなかった。


 それは根深い獣人の選民意識がそうさせるのだろう。

 特に人間は軟弱で下等な生き物だと下に見ている。

 あの男は自分が見初めてやったのだから、レティシアは当然自分を愛するべきだと思い込んでいる。

 レティシアに愛情を強要しつつも、己の番いが人間であることへの苛立ちも持ち合わせていた。


 まったくもって面倒である。

 本当に神々はどうしてこんな種族を作ったのか。

 番いとなる者を同じ獣人同士で限定してくれればいいものを、他の種族も巻き込まれているのが、レティシアは許せない。

 恐らく、レティシアのような目に遭っている者は他にもいるはずだ。

 害悪でしかないけだもの。


 しかも、新たな邪竜を作ろうとしているなどと、今いったい外ではなにが起こっているのだろうか。

 こんな窓もない薄暗い部屋にじっとしていても情報は集まりやしない。

 レティシアは手に持つ魔導書に視線を落とす。



「逃げようと思えばすぐにでもできるけど……」



 レティシアは簡単に情報が届かない辺境の村で育ったために、世界情勢をまったく知らなかった。

 ましてや、ここに来て何年経ったかもあやふやだった。

 現在の自分の年齢すら分からないのだ。



「さて、どこから動こうかな。せめて今の自分の年齢と、前世から何年経ったかぐらいは調べないと。それに、あの子もこの世界のどこかにいるはず」



 最後の瞬間までそばにいた、邪竜の生まれ変わりが――。



「うーん……」



 どこから動いていこうかと悩んでいると、ノック一つなく無遠慮に扉が開いた。

 その開け方は雑で、嫌がらせのためにわざと大きな音を立てているようにも思える。

 いや、実際に嫌がらせが含まれているのだ。


 部屋に入ってきたのは、獣人の女性。

 レティシアが実際に顔を合わせる者は少ないが、あの男以外でレティシアの部屋にやって来るのは皆同じお仕着せを着た女性だ。

 レティシアのために用意された使用人といったところだろう。


 しかし、その内の誰一人として、レティシアの世話を望んでしている者はいない。

 現に、入ってきた二人の使用人はレティシアを見るや、嫌悪感を露わにしている。

 せめてもう少し取り繕えと文句を言いたくなるレティシアだが、人間ごときに気を遣う必要はないと思っているのだろう。

 二人の女性は、倒れたテーブルと、床に散らばったスープの残骸を見て眉間にしわを寄せる。



「またこんなにして! いったい誰が片付けると思ってるのよ!」


「まったく、いい加減にしてほしいわ」



 そういうと、女性の一人がレティシアの頬を張った。

 獣人からしたら手加減しているのだろうが、人間のレティシアには頭がくらりとするほどの衝撃である。

 思わずベッドに倒れ込んだ。



(くぅ……。今すぐやり返したい~。でも、まだ早い。平常心だ、頑張れ私!)



 躊躇いなくレティシアに手を挙げる女性にムカつきながらも、レティシアは必死に己に言い聞かせた。

 しかも、テーブルを蹴飛ばしたのも、食事を床に振り払ったのもあの男であって、レティシアではない。

 完全な濡れ衣とあっては、余計に怒りが込み上げてくる。



「ああ、もう。まったく」


「片付ける方の身にもなってほしいわよ」



 テーブルは重く、女性二人で戻していた。

 身体能力が人間より優れている女性が二人がかりでだ。

 食事も運動もまともに取っていない細腕のレティシアでは、とても倒すなどできない重さであることは、女性達も分かっているだろうに。

 承知の上で、レティシアに八つ当たりしているのだ。



「ほんと、どうしてこんな女がカシュ様の番いなのよ。納得いかないわ」


「そんなのこの屋敷にいる全員がそう思ってるわよ。まあ、でも、どうせ他の有力貴族のご令嬢を第二夫人として迎え入れるんでしょうから、関係ないじゃない?」


「そうねぇ、どうせこれは一生この檻の中で飼い殺しにされるだけでしょうし。でも、関係なくないわよ。私だって、こんな女より、身分のちゃんとしたご令嬢に仕えたいもの」



 レティシアがそこにいながら、まるで存在していないかのようにおしゃべりに夢中になっている。

 彼女達にとっては、レティシアは番いという名の奴隷でしかないのだ。



(私の平穏と時間を奪っていながら勝手なことをっ!)



 レティシアの水色の瞳が怒りによって鮮やかさを増す。そのことに女性達は気づいていない。


 カシュ――。

 何度となく使用人から耳にした名前。

 その名前の存在こそ、レティシアを番いだからという理由で誘拐してきた憎い男の名前だ。

 けれど、これまではそんなこと気にしていなかった。

 帰りたいと、ただそれだけで頭がいっぱいだったのだ。


 しかし、いつでも逃げられる力が戻ってきたために、使用人達のつまらないおしゃべりにも耳を傾ける余裕ができた。

 レティシアは叩かれた頬を痛がるようにしながら、体を小さくしてベッドの隅に寄り、そっちの話は聞いてませんよーと見ないよにしつつも、話を聞き洩らさないようにしっかりと耳に神経を集中させた。


 まさかレティシアが様子を窺っているとも知らず、女性二人はおしゃべりに夢中だ。

 いかにレティシアが眼中にないかが分かる。



「公爵の地位にある尊いお方だっていうのに、こんな劣った種族を迎えなければならないなんて、おかわいそうだわ」


「かわいそうなのは、後々カシュ様のお相手になる方もよ。国の決まりで一応は番いを正妻として迎えなきゃいけないんだもの。貴族のご令嬢には屈辱でしょうね」


「人間が正妻で、自分は第二夫人だなんて絶対嫌よね」


 言いたい放題の女性二人。

 レティシアは耳を澄ませえながら、「こっちの方が嫌だっての!」と、心の中で叫んだ。


 しかし、予想外だったのは、レティシアをここに閉じ込める男――カシュが、公爵という高い地位にいたことだ。

 与えられた部屋の大きさや使用人から考えて、それなりの地位にいる人物だろうとは思っていたが、王族に次ぐ地位を持っているとは思わなかった。


 驚くとともに、レティシアが攫われながらも助けが来ない理由をなんとなく察した。

 辺境の村に住むなんの価値もない平民一人のために、ことを荒立てたくないという国の思惑が透けて見えるようだった。

 いつまで経っても助けは来ないだろう。



「それはそうと、来月だったかしら? カシュ様の結婚式は」


「ええ、これが十六歳になるのが来月らしいから、その日に結婚式をするそうよ」


「本当にあり得ないわ。こんなのとカシュ様が式をするなんて」


「あら、でも、カシュ様も考えていることは同じでいらっしゃるみたいで、式は限界まで簡略化するそうよ」


「そうなの? それはありがたいわ。この女をめかし込む手伝いなんてしたくないもの」


「それは誰だってそうでしょう」



 きゃははっと下品な笑い声を響かせて、最後までレティシア本人には興味を持つことなく、おざなりに掃除を済ませると部屋から出ていった。





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