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5話 さらわれた先は


 いつものように畑の水やりの手伝いをしていたレティシア。


 村には学校はないので通学するという習慣はないが、十二歳以下の子は何日かに一度、必ず村長の家に集まって文字の読み書き程度の知識を教えてもらっている。

 それ以外の時間はそれぞれの家の仕事を手伝っていることが多い。

 その仕事すらも将来のための大事な授業とも言える。


 学校できちんと学ぶ機会のない辺境の村では、いかに手に職をつけるかが今後を左右するので、子供達も必死だ。

 特に村から出て都市部に向かいたいと夢見ている者ほどその傾向は強い。


 レティシアはどちらかというと、村でずっと暮らしたいと思っていたのでそれほど目をギラつかせるほど必死ではなかった。

 魔法という力があったせいもあるだろう。



 ロドニーなどは、十五歳になったら絶対にこんなさびれた村など出ていってやると意気込んでいるが、世の中そう甘くないだろうなと、レティシアは思っていた。

 ロドニーからは一緒に村を出ようぜ、などと誘われていたが、レティシアはこののんびりまったりとした村の空気感が好きだったので、いつも即答で拒否している。



「ありがとう、レティシアちゃん。レティシアちゃんがいると、仕事がはかどって嬉しいよ」



 争いごとなどこれまで考えたことすらなさそうな、ほわんとした穏やかな笑みを向けられれば、レティシアも同じように表情がほころぶ。

 村の人達の優しさに触れるたびに、やっぱりこの村を出たいとは思わないなと再確認するのだ。



「もうこっちはいいから、遊びに行っておいで」


「はーい」



 村の人は決してレティシアに無理はさせない。

 確かにレティシアの魔法の便利さに喜んではいるが、それに頼りすぎてはいけないと思っているようだ。

 レティシアとしては、まだ余力があるのでもっと村の人の役に立ちたいと思っているのに、まだ子供なのだから遊んで勉強するのが仕事だと気を遣ってくれている。


 そんな優しい人達だからこそ、レティシアも役に立ちたいと思うのだが、十五歳になるまではどうしても子ども扱いされてしまう。

 仕方ないとは言え、レティシアは早く大人になりたいなと思う。



「……なんか、騒がしい?」



 ふと風に乗って聞こえてきた喧騒に気づいたレティシアは、急いで駆ける。

 もしかしたら行商が来たのかもしれないが、先週に来たところだ。

 次に来るのは一カ月は先だろうにと、不思議に思いつつ広場方に向かう。

 そこでは、大人達がなにやら集まっていた。



「どうかしたの?」



 レティシアはもはや家族同然の村のおじさんに問いかける。その人はリリーの父親でもあった。



「レティちゃん、駄目だよ。あっちにリリーがいるからそっちへ行っていなさい」


「ん?」



 レティシアがリリーの父親に指し示す方を向くと、村で一番大きな木の下でリリーやロドニーといった子供達が集まっていた。

 リリーに手招きされ急いで合流する。



「リリー、なにがあったの?」


「私も分からないの。でも、見慣れない人達がいたわ」


「見慣れない人?」


「俺知ってる。あれって獣人だ」



 ロドニーが得意げに声を発した。



「獣人?」



 聞きなれない言葉に、レティシアは首をかしげる。



「獣みたいに、耳とか尻尾とかついてる人のことだよ。すっげぇ、身体能力が高いんだって。人間なんて瞬殺するぐらい強いって話だ」


「へえ。どうしてロドニーがそんなこと知ってるの?」



 感心した様子のレティシアは、あまりにロドニーが知識を持っているのを不思議がった。

 なにせ、村から出て大物になってやると豪語しておきながら、村の子供達の中で一番勉強が嫌いなのだ。

 リリーですら即答できなかった質問によどみなく答えたのが疑問だった。



「俺は冒険者を目指してるんだぜ。獣人の知識なんて初歩の初歩だかんな」



 得意げになって胸を張るロドニーの答えに、レティシアは納得した。

 冒険者を目指しているロドニーは、文字の読み書きは逃げるのに、魔物の知識などは積極的に詳しい村人に質問していた。

 この村周辺で魔物が現れたという情報はここ十何年も聞いたことはなく、村から出るつもりのないレティシアが知らないのは当たり前のことだ。


 それでも、何故だろうか。

 レティシアは『獣人』と聞いて、途端に不快な感情が湧き出てきた。

 初めて耳にした存在だというのに。



「おっ、誰か出てきたぞ」



 ロドニーの声で、広場のすぐそばにある村長の家から背の高い人が出てきた。

 その頭には丸く小さな獣の耳がついている。

 服装もまた、この辺りでは見たことがないほど上質でだ。

 破れたらはぎれで補修し、サイズも体に合っていないレティシア達が着ているボロとは大違いだった。



「わぁ、かっこいい……」



 そう呟いたのは、リリーだ。



「リリーはああいうのがタイプなの?」



 レティシアはひやかすようにクスリと笑った。



「だ、だって、すごくかっこいいじゃない」


「まあ、確かに……」



 レティシアはリリーが頬を染めた相手をじっと見る。

 確かに容姿が整っている上、身なりも上等。

 体格もがっしりとしていて、ロドニーが言うように身体能力は高そうだ。



「すげー強そうだな」



 目をキラキラさせてその獣人を見るロドニーは、リリーと同じような表情をしていた。

 さすが姉弟と思っていると、その獣人がレティシア達に向かって一直線に歩いてきた。



「おおお。なんかこっち来るぞ」



 途端に子供達がざわめく。

 村で一番背の高いリリーの父親よりも大きなその獣人の男性に、男の子達がはしゃぐ一方で、女の子の多くは、怖がって後ろに下がった。


 レティシアもなにかその男性の目に嫌なものを感じ取ったので後ろに下がろうとしたが、まるで逃がさないというように、あっという間に距離を詰められ、抱きあげられる。

 あまりにも一瞬のことで頭が働かなかったのはレティシアだけではない。

 あれだけ騒いでいた子供達が一気にしんと静まり返った。


 そんな中で我に返ったのはレティシアが一番早く、大きく声をあげた。



「いや、なに!? 離して!」



 必死で男性の腕から逃れようと暴れるがびくともしない。

 当然だ。村で一番体格のいいリリーの父親よりもがっしりとしている。

 それに、獣人ならば力が強いのは間違いない。

 いまだ子供のレティシアが敵う相手ではなかった。

 男性はレティシアの顔をじっと見てから、忌々しそうに舌打ちする。



「よりによって番いが人間とは」



 その言葉には、レティシアへの明確な嘲りと、憎々しさが感じられた。

 怒りを隠そうともしない男性の威圧感に、レティシアはひゅっと息を呑む。

 ぱくぱくと口を開閉するが、言葉が出てこなかった。

 すると、なりゆきを呆然と見ていた大人達がはっとして、近付いてくる。



「ちょっと待ってくれ、子供になにをするんだ!」



 誰よりも先にそう声を発したのはリリーの父親だ。

 続いてレティシアの父親も慌てて寄ってくる。



「うちの娘だ。返してくれ!」



 男性がなにかすると思ったのだろう。

 そう心配してしまうほどには、男性からは苛立ちが伝わってきていた。



「お父さんっ」



 レティシアは必死に助けを求めて父親に手を伸ばす。

 父親も我が子を取り戻さんと手を差し出したが、父親は男性に腹部を蹴られて吹き飛ばされる。



「ぐうっ」


「お父さん!」



 お腹を抱えて痛みの悶え苦しんでいる父親を見て、レティシアの顔色は青ざめた。



「なにするのよ! お父さんに酷いことしないで! このっ!」



 全身で抵抗を見せるレティシアに、男性はちっと舌打ちし、レティシアの顎を掴む。



「大人しくしていろ。あの男をもっと痛めつけられたいか?」



 脅すように――いや、実際脅しているのだ。

 そんなことを言われたレティシアは、抵抗をやめるしかない。

 静かになったレティシアに満足したのか、仏頂面でふんを鼻を鳴らすと、男性はレティシアをさらに逃げないように囲い込む。



「いいか、お前は俺の番いだ」


「つがい……?」



 その聞いたことのない単語にレティシアはきょとんとする。



「そうだ。世界の中でもっとも高みにいる獣人が、生まれながらに神より授かった相手。それが番いだ。獣人の中でも王に次ぐ高貴なる生まれの俺の番いがお前のような忌まわしい人間だとは信じたくはないが、この本能に訴えかけてくる香りは間違いなく番いのもの。お前を私の伴侶として我が国に迎え入れてやろう。ありがたく思えよ」


「そんなの嫌っ!」



 目を見張ったレティシアは全力で拒否を示した。



「なんだと」



 レティシアの反応に男性が怒ったのが分かったが、それでもレティシアは構っていられなかった。



「私はずっとここで暮らすの。あなたになんか絶対について行かないわ!」



 突然現れてよく分からないことを口にする者の言葉など聞いていられない。

 ましてや、父親をレティシアの目の前で攻撃したのだ。

 許せるはずはなかった。



「ふんっ。お前がどう思おうがどうでもいい。俺の番いである以上連れていく」



 そう言うと、レティシアの意見も考慮せず、さっさとレティシアを連れて行こうとした。

 そんな男性の前に立ちふさがったのは、リリーとロドニーだ。



「レティ!」


「おい、お前! レティを離せ!」



 その辺りにおいてあった鎌を手にしたロドニーが、震える手で構える。

 しかし、男性はまるでコバエをあしらうように、ロドニーを振り払った。



「がっ!」


「ロドニー!」



 体ごと家の壁に叩きつけられたロドニーのもとへ、リリーが慌てて駆け寄った。

 その様子を見たレティシアは男性を睨みつける。



「やめて! 皆に酷いことしないで!」



 ジタバタと暴れるレティシアをうんざりした眼差しで見る男は、レティシアの首を掴む。

 片手でやすやすと掴まえられるレティシアの細い首は、男性の握力でギリギリ絞めつけられ……。



「かはっ……」



 意識が遠くなり、そして気がついたら、今のように窓もない鳥かごのような檻の中に監禁されていた。






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