45話 ロドニーの懺悔
知らぬうちに面倒ごとに巻き込まれていたレティシアは、早速寮に戻ってそれをラグナルに愚痴った。
「あのダークエルフ、ロドニーを自分のために利用していたのよ。村が襲われた後ロドニーを弟子にして育ててくれたみたいだけど、もしかしたら最初から使い捨てのコマ扱いにするつもりだったのかもって思うとムカムカしてくる~っ!」
レティシアは苛立ちをぶつけるようにテーブルをダンダンと叩く。
「私としては、その子もその子だけどねえ。復讐するって言ってレティを攻撃したのはその子の意志なんだし」
ラグナルの辛辣な意見に、デュークとエアリスは何度も頷いている。
「レティは甘いんだよ。あんな小僧、けちょんけちょんにしてやればいいのによぉ」
「二度とレティの前に立てないようにしてもいいと思う」
「あらん、奇遇ねぇ。私達でやりに行きましょうか」
どこからともなく取り出した出刃包丁がきらりと光る。
完全にやる気だ……。
「その子はどこにいるのん?」
「アルバート教官に連れていかれたわ」
ロドニーをそんな凶行に走らせてしまったのは自分のせいだと、最初こそ罪悪感を覚えていたレティシアだったが、むしろよかったかもしれない。
少なくとも、この過激派達からは守られる。
「ロドニーはどうなるんだろう」
「退学は免れないんじゃないかしらん」
「私が……。いたっ」
言葉の途中で、ラグナルに額をぱちんと指で弾かれた。
ちゃんと力加減はされているので、少し痛いぐらいだ。そうでなかったら、頭部ごと吹っ飛んでいる。
そう想像してぞっとする。なんて恐ろしいのか。
「それ以上は今後言ったらもっと痛いのをお見舞いするわよ」
「それは勘弁して」
頭がなくなる。
「悪いのは神々とアカシトロビアよ」
神々がいなければとっくに滅ぼしているからこそ、ある意味アカシトロビアよりも神々への恨みの方が強いのかもしれない。
それはラグナルに限らないだろうが。
レティシアとしても、最高神が止めに入らなければとっくに滅ぼしている。
「どうして運命の女神様は私達の運命をちゃんとしてくれなかったんだろう……」
ドジっ子女神がやらかした話は最初に聞いた。
けれど、それが理由のすべてではないとほのめかしていた。
せめて自分にだけは知る権利があると思うのだが、最高神も運命の女神もレティシアに教えることはなかった。
いったいなにがあったのか、人の身では分からないことばかりだ。
しばらく暗い空気が漂い、いつも明るいラグナルすらレティシアに声をかけられずにいる中、訪問を知らせるベルが鳴った。
「見てくるわねん」
この場の空気に耐えかね、待っていましたとばかりに走って行くラグナルを、エアリスがじとーとした目で見送った。
そして、しばらくすると、ラグナルが戸惑いを隠しもせず、大きな体を半分扉から覗かせた。
「レティ、あなたと話したいと言っている子がいるんだけどん」
「誰?」
その戸惑った顔に、レティシアはなんとなく察した。
「通して」
「いいのん?」
「うん」
「分かったわ」
ラグナルは深いため息を吐く。本当は会わせたくないのだろう。
それでも、レティシアは会わなくてはならない。
少ししてラグナルに案内され入ってきたのは、アルバートとロドニーだった。
その瞬間、デュークが短剣を取り出したが、すぐさまレティシアが制する。
「デューク、大丈夫だから」
レティシアがそういうならと、しぶしぶ短剣を収めたが、不満が消えたわけではない。
エアリスも無言ながら目を細めて見つめていた。
レティシアになにか言おうものならいつでも突撃するぞと威嚇するようである。
「アルバート教官、どうしたんですか?」
「用があるのは私ではない。こっちだ」
「でしょうね」
ロドニーがいながらアルバートの用事であるはずがない。
それでも、レティシアにだって心の準備がいるのだ。
自分が悪いということも、罵られるのを分かっていても、心が傷つかぬわけではない。
「言いたいことがあるなら早くしろ」
問答無用でロドニーの背を押して前に追いやるのだから、アルバートも今回の一件にはかなり憤っているようだ。
へたをすると周囲の生徒を巻き添えにしていたのだから、当然と言えば当然である。
ぐっと拳を握るロドニーが意を決したように強い眼差しをレティシアに向ける。
ロドニーがなにを言うのか、レティシアも覚悟を決めて聞く体勢を取ると、ロドニーは突然その場に座り込み頭を下げた。
予想外のその行動に目を丸くするレティシア。
「ロドニー?」
「悪かった」
喉の奥から絞り出すような声は、今にも血が噴き出しそうな苦しさを含んでいた。
「……分かっていたんだ、本当はお前は悪くないって。けど……それでも、誰かを恨まないと俺は俺を保てなかった……っ」
悔しさが滲んだ声はしだいに泣き声が混じる。
「親父もリリーも捨てて、生き延びたことにずっと罪悪感を感じてた。逃げ延びたはいいものの、生きていく方法も知らなくて、そんな時俺を拾ってくれたのがカリヴォス様だった。あの人がいなきゃ俺は自分の中にある魔力の存在も知らないままで、生きる術もなく野垂れ死んでた」
ロドニーから語られるカリヴォスという存在の大きさを感じさせる。
「信頼していた。唯一頼れる人だった。だからお前と会った話も全部伝えたんだ。レティシアが悪くないことも分かってるって。そう話したら、お前のために復讐したらいいって。そうしたら今抱えている苦しみからも解放されるって……」
「自分勝手言いやがって」
エアリスがぼそっと呟く。
確かにはた目から見たらロドニーの行いは自分勝手なのだろう。
けれど、それほど追い詰められていたロドニーの気持ちはロドニーにしか分からない。
周囲を巻き込んででも復讐したいと思わせてしまったのは、決してロドニーのせいではないはずだ。
けれど、それでロドニーの行いが正当化されるわけではない。
「結局、お前はなにが言いたいの? レティシアが悪い、自分は悪くないって言いわけしにきたのか?」
ロドニーの言い方が気に食わなかったのか、デュークが苛立ちながら問う。
「ち、違う! ちゃんと俺が悪いことは分かってる。……いや、俺の今の言い方だったら、レティシアを責めているのと同じだよな」
声が尻すぼみになり自嘲するロドニーは、表情を引きしめてレティシアに目を向けた。
「ごめん。レティシアだって同じ被害者なのに、お前はなにも悪くなかったのに、俺が弱いせいでレティシアに責任を負わせようとした。そのせいで周りの奴らも巻き込むところだった。それなのにお前は俺を助けようとしてくれて……。ありがとう。ただ、それが言いたかったんだ」
再びロドニーは頭を下げた。
「もういいだろう。時間だ」
アルバートに促されて立ち上がるロドニーは、悲しげに微笑んで立ち上がる。
「ロドニーはどうなるんですか?」
反射的に問いかけるレティシアに、アルバートは淡々と告げた。
「幸いにも死者は出なかったが、あれだけの被害と損害を学校に与えたんだ。それがカリヴォスにそそのかされた結果だとしても、選択したのはこの者自身だ。無罪放免とはいかない。学校は退学と決定した」
予想はしていた。
それでも、『退学』という言葉に、レティシアはぐっと歯噛みする。
「どうにもなりませんか?」
「難しいだろうな。あの現場は多くの生徒、職員が目撃している。たとえこのまま残っても、居づらいだけで、この者のためにならない」
確かにその通りだ。
命を危うくした者もいるだろうし、このまま学校に通っても針の筵だろう。
「他の罰は?」
「クロノ様がかけ合い、退学だけだ」
「そうですか……」
今回の騒動を考えたら破格の待遇だろう。それでも、今後ロドニーはどうしていくのだろうか。
「ロドニー……」
不安そうな表情を浮かべるレティシアに、ロドニーはふっと小さく笑った。
「そんな顔するなよ。自業自得だ。それに今の俺には誰かに頼らなくても生きていけ力があるから。それがカリヴォスのおかげってのが、なんともいえないけどな」
愁いを帯びた表情に、レティシアはそれ以上なにも言えなくなる。
「じゃあな、レティ。またどこかで会ったら、その時は……」
それ以上の言葉を紡ぐことなく、ロドニーはアルバートに連れられていった。
そして、カリヴォスもまた国に引き渡されたという話をラグナルから聞く。
部屋に戻ったレティシアはその日なかなか寝つけず、おもむろにベッドから起き上がると窓を開け空を見上げた。
「この先ロドニーの未来が明るいものとなりますように……」
両手を組んで必死に祈りを捧げた。――かと思うと、ギッと空を睨みつける。
「絶対絶対幸せにしないと、今度会った時ただじゃおかないですからね!」
腕を振り上げて喚くレティシアが誰に向かって言葉を発しているか、知っている者は一握りだろう。
同じ部屋でレティシアの様子を見ていたエアリスはやれやれとため息を吐く。
「最高神にそんな強気なこと言えるのはレティだけだな」
そしてきっと最高神はレティシアの願いを叶えるだろう。
最高神自らが選んだ愛子を悲しませる要因は神々にあるのだから、多少は手を加えるはずだ。
「あんな奴不幸でいいのに」
エアリスとしては相棒を散々悲しませてきたのだから、むしろ罰を与えてしかるべきと思うのだが、他ならぬレティシアが望んでいない。
ならば、エアリスはそれに従うだけだ。
「おっと、小僧に闇討ちしないように忠告しとかねえとマズいな」
エアリスはデュークのことを思い出し、慌てて飛び立った。




