44話 ロドニーの暴走
昼休みの時間。
学校の食堂で食事をとっているレティシアの隣には、珍しくデュークの姿がない。
「デュークはどうしたんですか?」
最近ようやく敬称がなくなって呼び捨てで読んでくれるようになったジゼット。
エオンは相変わらずジゼット中心に物事を考えるものの、ずいぶんと会話ができるようになった。
これも日頃からラグナルとデュークとともにオハナシアイをしているおかげだろう。
おかげでジゼットの負担もだいぶ軽減しているようだ。
当初あった追い詰められたような空気感はほとんどない。
「デュークはアルバート教官に連れていかれちゃって、後から来るみたい」
どうやらデュークを徹底的に鍛え上げてくれるようだ。
アルバートはレイピアを使った前衛での戦いを得意としている。
そして、レティシアが見たところ、教官の中で一番魔力操作に優れている。
過去に闇持ちの生徒もたくさん教えているとラグナルから聞いていたので、デュークを預けることになんら心配はしていなかった。
なにせクロノが一番そばに置いているのがアルバートなのだそう。
レティシアの知るクロノは偏屈と言ったらいいのだろうか。癖のあるクロノが信頼する者が無能であるはずがないと、勝手な期待を抱いていた。
「すぐ来るだろうから、先に食べてよう」
「はい」
「ん」
エオンは本当に言葉少なげな返事だ。
デュークもエオンもお世辞にも人付き合いが得意そうとは言えない。
少々暗い雰囲気を持っているせいかもしれないが、闇持ちは皆そうなのだろうか気になるところだ。
しばらくゆっくりと食事をしながらデュークが来るのを待っていると、なにやら遠くの方でざわざわと騒がしくなった。
「なにかあったのかな?」
「またデュークが問題を起こしていたりして……」
「そんなまっさかぁ~」
そう明るくジゼットに返したはいいものの、腕輪から魔力が吸われて言っているのに気がついてすぐに不安になってきた。
レティシアは勢いよく椅子から立ち上がる。
「ちょっと見てくる」
早足で駆けていくと、途中通りすぎた生徒達から聞こえてくる情報に耳を澄ませる。
「喧嘩だってよ」
「闇持ちのやつと、ソーガルドのやつだって」
「闇持ちってほんと面倒ごと起こすわよね。魔導師学校は闇持ちを受け入れない方がいいんじゃないのかしら?」
「でもそうすると、闇持ちが暴走するし」
「魔導師学校はどんな国や種族関係なく門戸を開くのを信条としているわけだし」
これは確実にデュークがやらかしていると確信するのに時間はかからなかった。
現在この学校で闇持ちはデュークとエオンである。
エオンとは先ほどまで一緒にいたので、他の闇持ちとなるとデュークしかありえない。
そして、集まっていた人をかき分けて見えたのは、案の定デュークだった。
その喧嘩の相手はロドニー。
どうして二人が一緒にいるのかと不思議に思ったが、ロドニーの寮のソーガルドは、優秀なデュークを自分の寮に入れたいと激しく勧誘してくるのを思い出す。
ロドニーもそのためにデュークと接触したのだろうか。
しかし、その予想は外れる。
「あいつと一緒にいたら不幸になるだけだって言ってるだろ!」
「余計なお世話だ」
「俺はお前を心配してるんだ! どうやって逃げ出してきたか知らないけど、いつかあいつを追ってやつらがやって来る。そうしたらお前まで殺されるかもしれないんだっ」
悲痛な叫びがレティシアの心に突き刺さる。
ロドニーの目はレティシアを見ていた時とは違い、純粋にデュークを案じる感情と、デュークが思うように動かない焦燥感が見て取れた。
しかし、デュークにそれが伝わるはずがない。
デュークにとっては、レティシアへの害意を感じられただけですべからく敵なのだ。
先ほどからすでに指輪を通して魔力が流れていっているが、これまでの比ではない魔力が一気に流れた。
それだけデュークの感情が高ぶっているということ。
入学前からロドニーはレティシアに敵意以上の殺意を向けてきており、そのたびにデュークをとめていたが、いい加減限界が来たのだろう。
これはまずいと、慌てて二人の前に躍り出る。
闇の力の暴走だけが問題ではなく、ここにはクロノがいる。
邪竜だったデュークの力をできるなら隠しておきたい。
デュークが元邪竜だからではなく、そのままアカシトロビアへ突撃していきかねないからだ。
柔軟な考えのラグナルは不本意ながら納得してくれたが、果たしてクロノは納得してくれるだろうか。
それが読めない。
やはり二百年という時は長い。人となりを変えてしまえるほどに。
「ロドニー、止めて」
レティシアはデュークの前に立ち、ロドニーと対峙する形で前を向く。
「もうこれ以上私達に構わないで」
その年齢に見合わない落ち着き払った様子と、その意思の強さを持った瞳がロドニーを見据える。
「なにを勝手なことをっ!」
かっとロドニーの顏が怒りで赤く染まる。
「うん。本当に勝手よね。私のせいで巻き込まれて、本当なら今も穏やかに皆暮らしていたのに。村の人達はなんにも悪くないのにね」
ふっと憂いを帯びた表情を浮かべるレティシアに、ロドニーは息を呑む。
「だけど、ごめん。村の人達を忘れるわけじゃないけど、ずっと止まったままではいられないの」
アカシトロビアがまたデュークを狙ってきているなら、レティシアが守らなければ。
世界のためにも。
それに、最高神や運命の女神はなにか隠しているようだが、あの村の襲撃もなにかしらの意味があったような言い方だった。
それなら、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
たとえロドニーや生き残った人達に憎まれ後ろから石を投げられようと、立ち止まるわけにはいかないのだ。
「ふざけるな……」
わなわなと体を震わせ怒りに燃えた眼差しを向けるロドニーの目を、レティシアは逸らすことなく受け止める。
「あれだけのことをしておいて、今さらそんなことが許されると思ってるのか」
「思ってないよ」
「だったら、どうしてそんな風に言える? お前はもっと罰を受けるべきだろう!?」
そう言ってロドニーは、ポケットから拳大の石を取り出した。
魔石だろうか?
しかし、以前に黎明の森での課外授業の際に現れた魔獣のような気持ちの悪い気配を感じる。
「ロドニー、それはなに?」
「もらった。あの時村から必死で逃げ出して、傷だらけでもう無理だって絶望していた俺を助けてくれた人が、もし憎い相手に復讐する時はこれを使えって」
「ロドニー、それをこっちに渡して」
あれはロドニーの手に余ると、レティシアの直感が告げていた。
「嫌だ、これで復讐するんだ。それで俺はこの苦しみから解放されるんだ……」
ロドニーの瞳は悲しく揺れていた。
そんな目をさせてしまったのは自分だと、レティシアは後悔の念に耐えない。
「ロドニー」
彼自身が渡さないなら、魔法を使い強制的に奪うしかないと、媒体である指輪に魔力を流そうとした時、ロドニーの手の中でその石が破裂した。
その瞬間、その場に巨大な魔獣が現れた。
それは黎明の森で見た魔獣と同じ姿だったが、その大きさは軽く見積もっても倍以上はある。
ロドニーはその場で腰を抜かしへたり込んでいた。
そして一番に狙われたのは、近くにいるロドニーだ。
「ロドニー、逃げて!」
しかし、完全に足腰立たなくなっているロドニーはうろたえ震えるばかり。
レティシアは瞬時に結界を張ったことで、魔獣の鋭い爪はロドニーに届くことはなかった。
騒ぎは周囲へ伝わり、パニックが伝染していく。
これほど人の目のあるなかで魔導書を出すわけにもいかない。
「デューク、いける?」
「うん」
デュークは迷わず短剣を抜き、魔獣へ向かっていく。
アルバートとの特訓の成果か、以前より闇の力を使えるように見える。
しかし、やはりまだ使いこなせてはいないせいで決定打に欠けるようだ。
デュークもそれが分かっているからか、苛立たしげな様子が窺える。
以前はレティシアが魔導書を使ってド派手に討伐したが、人目があるだけでなく、校舎内で大きな魔法を使うのはリスクが高い。
レティシアの魔力は無駄に大きく強いため、制御を誤ると校舎ごと塵にしかねないのだ。
一応、遠くから魔法を放ってみるが、やはり通じているように思えない。
「後でなんとでもいいわけでも言いわけ作れば行けるかな?」
レティシアが思案していると、レティシアの後ろから肌を刺すような火炎が横切った。
それは魔獣に当たって爆発する。
デュークは攻撃がされるのが見えていたのか、さっと避けており、レティシアが振り返るとアルバートが立っていた。
そして、その隣にはクロノの姿もある。
「当たったらどうするんだ」
不貞腐れたように文句を言うデュークに、アルバートはというと。
「それぐらい避けられない教育はしていない」
淡々と返すアルバートに、さらに不満を募らせている様子のデュークだ。
その間、ごうごうと燃え上がる魔獣だったが、体をぶるりと振ると、火炎はあたりに飛び散り、魔獣の体には火傷一つついていない。
それを見ても、驚きを微塵も見せないアルバートの冷静さには恐れ入る。
よほどの戦闘経験があるのだろうと思わされた。
「アルバート、どいていろ」
「クロノ様」
言葉少なに支持するクロノに場所を開けるアルバート。
「あの小僧をどかせ」
「はい。デューク、戻れ」
しかし、デュークはまったく言うことを聞かず――。
「嫌だ」
と、至極簡潔かつ、不満全開の返事をした。
「アルバート」
どことなく苛立たしげなクロノの命を受けて再度デュークを呼ぶが、今度は完全なる無視である。
アルバートは諦めてレティシアに目を向けた。
あれをどうにかしろと目で伝えてくるのは辞めていただきたいが、無言でも十分に意図が伝わった。
「デューク、戻っておいで」
レティシアがそういうや、まるでご主人様に名前を呼ばれた子犬のように大急ぎで戻ってくる。
その様子をなんとも言えない表情で見つめるアルバート。
決してレティシアのせいではないのに、うちの子がすみませんと謝罪したくなった。
そんなやり取りをしていると、突然空気の流れが変わった。
クロノに向かって動く風は、クロノのもとへ集まると、その力を圧縮して一気に解き放たれる。
それは一直線に魔獣へ向っかっていった。
校舎の一部が壊れ砂煙が舞う中、視界が開けると、かすり傷程度しか受けていない魔獣の姿があった。
「そんな、馬鹿なっ」
ここにきて初めてアルバートが感情を見せる。
驚愕に彩られた瞳が魔獣を写すが、正直驚いているのはアルバートだけであった。
攻撃したクロノはもちろんのこと、レティシアも冷静そのものだ。
それは、クロノが力を制限していたことにレティシアも気がついていたからである。
彼が本気を出したら校舎の一部などではなく校舎ごと一瞬で消滅している。
クロノに余裕がまだあると分かっているので驚く必要がないのだ。
しかし、どうやらクロノの力を見誤っている者がいた。
「くはははっ、やった! 研究は成功だ!」
突然笑いながら登場したのは、ダークエルフの教官、カリヴォスだ。
「どうです、見ましたか? クロノ様。邪竜の欠片の力を使えば、あなたすら倒せない魔獣を生み出し言う通りに動かすことができるのです! 魔獣とは闇の女神の力が世界にこぼれ落ちて生まれた特別なる生き物。ゆえに、邪竜の力を使えばこうして従属させることができるのです。これは正規の大発見になるでしょう!」
「酒でも飲んでるんですか、あの人?」
レティシアの視線は冷ややかだ。
いったい魔獣が闇の女神の力から生まれたと誰が言ったのか。
魔獣は魔獣でしかなく、魔力のある人間と同じで、魔力を持つい動物を魔獣と呼ぶだけのこと。
そこに闇の女神の力は関わっていない。
どちらかというと、魔獣という種族を作った最高神の力が大きい。
「ていうか、あなたがロドニーにそんな物騒なもの与えたの?」
レティシアが怒りを込め問うと、カリヴォスは愉悦に歪んだ笑みを見せる。
「我が弟子から、許せないものがいると聞いたから、それなら復讐してすっきりすればいいと渡しただけのこと。私はちょうど研究の成果を披露したかったから、お互いの利益が重なったにすぎない」
「ロドニーはその魔獣に殺されかけたのよ?」
「それもまた研究の一助となるなら、弟子としてこれ以上の幸福はなかろう」
「こいつ……っ!」
レティシアが一歩前に出てカリヴォスに向け魔法を放とうとすると、カリヴォスがなにかの爪のようなものを目の前にちらつかせた。
「なにそれ?」
「なんだ、分からないのか? これはいと恐ろしき邪竜の欠片だ」
カリヴォスはまるで子供が庭で綺麗な石を発見した時のような自慢げな顔で石を見せてくる。
「私を攻撃するのはいいが、これに当たったらどうなるか分からないぞ」
「は?」
レティシアはまったく意味が分からなかった。
そんなレティシアのそばでアルバートが険しい顔で口を開く。
「なるほど。やはり邪竜の欠片を盗んだのはお前か。噂程度でクロノ様に喧嘩を売るので違和感は持っていたのだ」
「いかにも。しかし、仕方なきことよ。それもこれも、クロノ様が邪竜の欠片を独占しているのが悪いのです。少しぐらい貸してくれてもよいでしょうに。世界の宝を独り占めするとはなんと傲慢なのか。私は世界のために盗んだのです」
己はなに一つ悪くないと訴えるカリヴォスには、当然ながら反省の色はない。
「え、それ盗んだの? 犯罪では?」
しかもクロノに喧嘩を売ったという聞き捨てならない台詞が聞こえた気がしたが、気のせいであってほしい。
クロノに喧嘩を売るなど、喧嘩っ早いラディオですらしない暴挙だというのに。死にたいのか。
レティシアがアルバートの顏を窺えば、当然だというように頷いた。
「やっぱり犯罪じゃない。どうしてそんな自慢げなの?」
すると、カリヴォスが怒りを露わに食ってかかってくる。
「これは犯罪などではない! 崇高なる研究のための必要な行動だ!」
「いやいや、どんなに正当化しようと盗みは駄目でしょう? ねえ、デューク?」
「うん。レティシアが言うことは全部正しいよ」
レティシアの前ではよい子なデュークは、迷わず頷いた。
「それに、邪竜の欠片って、なに言ってるの? それ、邪竜の欠片どころか残りかすみたいなものじゃない?」
「は?」
レティシアの発言が斜め横を行っていたのか、カリヴォスが素っ頓狂な声をあげる。
「ていうか、残りかすをさらに絞ってできた残りかすの残りかすっていうか……。そもそも邪竜の欠片ってまだ校舎の地下にあるでしょう? それなのになに言ってるの?」
まったく意味が分からんという様子で、レティシアは首をかしげた。
校舎の地下にあれほど大きな邪竜の力を感じるというのに、目の前の搾りかすをさらに搾ったようなものを、素晴らしいもののように披露するとは、恥ずかしくないのだろうか。
「な、なにを言っている……。これが邪竜の欠片でないならなんというのだ!」
「だから、さっきから搾りかすだって言ってるじゃない」
もしや気がついていないのかと、ここにきて察するレティシアは、クロノに視線を向けた。
それは少し前からやけに視線を感じていたからだが、クロノは眉間にしわを寄せてレティシアを見つめていた。
「それはカリヴォスにあえて盗ませた偽物だ。なんのための研究をするか、見極めるためにな。本当の邪竜の欠片は幾重にも結界を張って厳重に保管してある。だが、それに気がつけるのはそれ相応の力を持った魔導師ぐらいだ。アルバートですら気づいてはいない」
「え……」
レティシアは顏を強張らせてアルバートへ顔を向けると、アルバートは無言で頷いた。
これはやらかしたかもしれないと気づくのに時間はかからなかった。
「馬鹿なことを言うな! そんなのはったりだ! 現にこうして魔獣に力を与え、クロノ様の魔法ですら倒せない魔獣を操れている――」
カリヴォスの言葉を遮るようにして、魔獣の脳天を雷が突き抜けた。
魔獣は己の死の間際の絶叫すら許されずに、その場に崩れ落ちた。
「へ?」
カリヴォスは状況が把握できておらず、唖然と立ち尽くしている。
唖然としているのはレティシア達もなのだが、レティシアだけはなにが起こったか正確に理解していた。
校舎の上から、エアリスが魔獣に向けて手加減なしに雷の魔法を使ったのである。
今まで時間がかかったのは、この魔獣を倒すほどの力を使うことで周囲に影響を与えないための結界を準備していたからだ。
まさかこのタイミングで攻撃してくるなんて、あまりに空気が読めなさすぎる。
「なにが起こったんだ……」
呆然とするアルバートに、レティシアは作り笑顔をして誤魔化す。
「わ、わー。きっと誰か教官が助けてくれたのかもしれませんねぇ」
「そんなはず――」
「それより、早くカリヴォス教官を捕まえた方がよくないですかぁ?」
カリヴォスはそれまで邪竜の欠片と思い込んでいた爪のようなものを手にしていたが、それも先ほどのエアリスの攻撃により粉砕され、風に乗って消え去った。
所詮は残滓。
かつて大魔導師が張った結界の中にあるこの国なら、あの程度のかすは自然と周囲に交わり消えていくだろう。
後始末をアルバートに押し付けることに成功したレティシアは、慌ててその場を後にした。




