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42話 課外授業

入学式から早一日。

 入学式の後は学校内の案内とそれぞれのコースの簡単な説明しかされず解散となって、授業のようなものは一切されなかった。

 気合いを入れていたのに空回りした気分だった。


 そしてようやく今日から本格的な授業が始まる。



「皆~、今日から授業だから、ナルちゃんが気合い入れてお料理作ったわよん。たくさん召し上がれ~」



 ラグナルの言葉の通り、いつも以上に豪華な朝食に、レティシアは目を輝かせた。



「朝食って量じゃねえぞ」



 すかさずエアリスがツッコみを入れるほど、品数も量も半端じゃない。



「初日早々、課外授業っていう話じゃないのぉ。栄養付けておかないとね~」



 ラグナルはエアリスの正体を知っているので気にせず会話しているが、人語で会話することができる動物はかなり珍しい。

 しかし、いつまでも隠せるものではなく、この寮においては普通に話していた。

 最初こそジゼットとエオンも驚いていたが、ラグナルが適当に誤魔化してくれたようで、今ではエアリスが話していても普通に見ている。



「ナルちゃん、どれが一番美味しい?」


「私の料理は全部世界一美味しいわよ~。でも、おすすめなのはハムね。サーエルゲっていう、とっても美味しい魔物のお肉を使って作ったのよん。手間も時間もかけているから、宮殿で出しても文句なしの一品よぉ~」


「ハムー!」



 俄然テンションが上がったレティシアは、誰より早くフォークを持った。

 ラグナルの早朝訓練のせいで、すでにお腹はペコペコである。


 迷わずおすすめのハムを食べてみると、これまで食べたことのないとろけるような肉質に幸せいっぱいの表情を浮かべた。



「ナルちゃん、これすっごく美味しい!」


「はい、本当に美味しいです!」



 レティシアの向かいに座るジゼットも、ハムのあまりの美味しさに驚いている。

 それは、ジゼットの隣に座るエオンも同じようで、無言でひたすらハムを頬張り続けてあた。



 そんな至福の朝食を終え、初の授業が行われたのは、黎明の森での素材採取だ。

 教官から渡された紙に、対象となる素材の名前と絵が描かれている。

 これには周囲から悲鳴のような声が上がった。 



「嘘だろ、誰か嘘だと言ってくれぇぇ!」


「試験の場所が違ってて安心していたのに、この不意打ちは絶望しかない……」


「頼むから一週間前から心の準備をくださいーい!」



 どうやら授業初日としてはかなり難易度が高いらしい。

 悲鳴が止まらず騒がしさが止まらないが、慣れているのか教官であるアルバートは平然としている。

 ただし、これまで森を突っ切って千年王国にたどり着いたレティシアとデュークが怯えることはない。


 黎明の森と聞いて平然としていたのはごく少数で、その中に周囲からおこぼれで合格したと思われているレティシアがいることに疑問を持つ者は何人かいた。

 しかし、他に気を回しているどころではない者がほとんどだ。

 ジゼットも顔面蒼白で、手を白くなるほど握っている。



「ジゼット、大丈夫?」


「だ大丈夫、です……」



 とてもそうは見えないのだが、こういう時こそパートナーであるエオンの出番だろうに、こちらもジゼットに気を回せないほど怖がっていた。

 それほど凶悪な魔獣は出てきていないと思うのだが、あくまでそれはレティシア基準。

 ジゼットとエオンの反応はごくごく普通のものだ。



「これは寮対抗とする。一番多く取れた者に、サーエルゲの肉を贈呈する」



 その瞬間、悲鳴から手のひらを返したように、周囲からうおぉぉぉ! と大きな歓声や雄叫びが上がった。



「サーエルゲって、黎明の森に住む魔獣の中で五本指に入る美味さって有名なやつか!?」


「あの最高級肉を味わえるのか!?」


「これは絶対にうちの寮が勝つ!」


「いや、うちだって頑張る!」



 なにやら怖がっていた生徒達が一転して気合いが入って結構だが、レティシアは気になることが一つある。



「サーエルゲって、朝食のハムがそんな名前じゃなかった? ナルちゃんが自慢してたやつ」


「はい。ナルちゃんさんが狩ってきてハムにしたって言ってました……」


「…………」


「…………」



 レティシアとジゼットは無言になる。

 確かに美味しいハムだと思ってはいたが、最高級肉とまでは知らなかった。

 ジゼットもサーエルゲというものを知らなかったらしい。

 それだけ希少で珍しいものなのだろう。

 その存在を知らず、周りの生徒に説明を求めている者もいるぐらいだ。



「ルヴェナが万年最下位なのって、頑張らなくてもナルちゃんが最高級肉なんてものを食べさせてくれるからじゃないの?」


「そうかもしれません……。はははっ……」



 さすがのジゼットもフォローできなかったようだ。

 笑うしかないといった様子。



「ねえ、デューク。まだお肉残ってる?」


「うん。解体手伝わさせられたけど、まだたくさん残ってた。しばらくあのお肉だって。ちなみに夕食は煮込みハンバーグ」


「……よし、私達はほどほどに頑張ろう。無理せず、怪我せず、夕食を美味しくいただくために!」


「うん」



 デュークが返事をすると、同意するようにジゼットとエオンも頷いた。

 こうして万年最下位になっていったんだなと、経緯を垣間見た気がする。

 そりゃあ、クロノもラグナルだからと融通をきかせないはずである。

 ラグナルが甘やかした結果だ。


***


 アルバートの開始の合図とともに生徒達が勢いよく駆け出す。



「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉~!」


「サーエルゲサーエルゲサーエルゲェェェ!!」



 気合いが入った生徒達の頭にはもう肉しかない。

 朝食に食べたばかりのレティシアとしては、気持ちが分からなくもないのでなんとも言えない表情になるが、夕食にサーエルゲの煮込みハンバーグが待っていると分かっているのでやる気はほぼ皆無だ。

 温度差が他の生徒と明らかに違う。



「さて、とりあえず一番簡単そうなのが、眠り草かな」



 渡された用紙には素材ごとのポイントも書かれている。

 サーエルゲを求める生徒達は恐らく高ポイントの素材を求めていったので、低ポイントの素材は人気がない穴場なはず。



「まずはこれを探すのでいい?」



 レティシアが他の三人に聞けば、ジゼットはにっこりと微笑みながら、デュークとエオンは無言で頷いた。

 しばらく眠り草を探し、段々森の奥へと進んでいく。


 周囲はすっかり人の気配がしなくなっているが、大丈夫なのだろうかと、レティシアは心配になる。

 それはレティシア達自身の心配ではなく、他の生徒の心配だ。


 教官の姿も見えない中、魔物に遭遇したらどうなるのだろうか。

 下手をすると命が危ういのでは? と、レティシアは気になったものの、なにかしら対策は取っているのだろうと良い方に考える。



「もう少し奥に行こっか? 他の素材もとってみたいし」


「はい」


「うん」



 ジゼットとデュークがすぐに反応を見せる中、エオンの反応はよろしくない。

 ジゼットがレティシアに頼るようになったのがよほど不満なのだろうが、レティシアのすぐそばで短剣に手を添えているデュークに気がついてびくりとしていた。


 本当に、どんなオハナシアイをしたのやら。

 しかし、エオンも最初にレティシアが力の差を教え込んでいたので、他の寮の生徒がレティシアを蔑む中、レティシアをなめるような言葉を吐くことはなかった。

 まあ、吐いたが最後、デュークとラグナルに別室へ連行されることになるだろうが。



「だいぶ取りましたね」



 ジゼットが素材の入った袋を持ち上げる。

 それは主に薬草や果実といったものが入っており、ぱんぱんに膨らんでいる。



「そうね。そろそろ戻ろうか」



 レティシアの持つ袋もいっぱいなので、もうこれ以上は必要ないだろう。

 魔導書を使えば収納できるのだが、そういうわけにもいくまい。

 レティシアの鍛え切っていない筋力では、これ以上の荷物は持てないので、ここらが止め時だろう。



「デューク、帰るよ~」



 レティシアがデュークを呼べば、すぐにトコトコ走ってくる。

 その姿はまるで子犬のようで、レティシアは小さく笑った。

 しかし、次の瞬間、なにかに反応して勢いよく振り返る。



「デューク? どうしたの?」


「……誰かの悲鳴が聞こえる」


「え?」



 レティシアには聞こえなかった。

 そしてジゼットとエオンにも聞こえなかったようで、首をかしげている。

 けれど、レデュークがそんな冗談など言わないと分かっているので、レティシアの顏もそれまでのピクニック気分ののんびりしたものから真剣なものへと変わる。



「デューク、場所分かる?」


「うん」


「なら案内して」



 教官達がすでにいるならいいが、そうでなかったら悲鳴を上げている者の身が危険だ。



「ジゼットとエオンは最初の場所に戻って」


「で、でも」


「大丈夫だから」



 心配そうにするジゼットに、レティシアは安心させるように微笑む。



「行こう、ジゼット」


「エオン! でも……」


「あの二人の強さなら大丈夫だよ。心配するだけ無駄だから」



 そう言って、エオンは強制的にジゼットの手を引いて連れて行こうとする。

 どことなく言葉に棘があるのは気のせいだろうか。

 まあ、これまで散々力の差を分からせて、反抗しないようにしてきたので仕方ない。



「頼んだわよ、エオン」


「言われなくてもジゼットは僕が守るから」



 小憎たらしい言い方が、今はとても頼りに感じる。



「デューク、案内して」


「うん」



 エオンとジゼットに背を向け、レティシア達は走り出した。

 デュークについていくためには身体強化は必須なので、これはまた筋肉痛確定だなと切なくなりながら走るレティシアのところに、空からエアリスが飛んできた。


 アルバートから説明を受けている時はレティシアの肩に乗っていたのだが、他の生徒の実力が知りたいからと別行動をしていたのだ。

 レティシアが魔法を使ったことをいち早く察して飛んできたようだ。



「なにがあった?」


「デュークが悲鳴が聞こえたっていうから向かってるところ」


「ほっとけばよくね?」


「いいわけないでしょ」



 聖獣のくせにこの冷たさはどういうことなのか。確実に最高神の悪いところを引き継いでいる。



「レティ、もう着く」


「なんか変な感じ……」



 レティシアは魔物とは違う感覚を覚えていた。



「うわあああぁ!」



 レティシア達がたどり着いた時、男子生徒が魔物にやられ大怪我を負い、倒れて気を失っている男子生徒に魔物がとどめを刺そうとしているところだった。

 すかさずデュークが前に出て、猪のような姿の魔物の突進を止める。


 この魔物は黎明の森ではよくいる魔物だ。

 見た目は猪のくせに、肉質は固く、どんな調理をしてもまずいのだ。

 最初に食べた時は騙された! と憤ったものである。

 だが、今気にすべきはそこではなかった。



「なに、この魔物。なんか変?」



 これまで見たどの魔物とも違う。

 どこがどうというわけではないが、気持ちの悪さを感じる。



「俺様も感じるけど、なんかよく分からん! 雑巾絞ってできた汚れた水を固めたような感じ!」


「余計に意味分かんないはずなのに、なんかしっくりくるのはなんで!?」



 エアリスの的確とは言い難いはずのたとえに、レティシアは頭を抱えた。



「って、動じてる場合じゃなかった! デューク、できるだけその魔物を怪我人から離していける!?」


「やってみる。俺もなんかこいつ気持ち悪いから、早く片づけたい」



 デュークも感じる違和感は、果たして偶然か……。



「ジゼットとエオンを置いてきてよかった」



 レティシアは怪我人の意識がないのを確認してから、魔導書を取り出す。

 生徒達の怪我は予想以上に深く、息は今にも止まりそうだ。

 ここまでくると普通の魔法では回復させられない。

 しかし、最高神から与えられた魔導書の力を使えば、虫の息でもなんとかなる。



『癒しを』



 レティシアは手をかざし怪我を治していくが、人数もいるので時間がかかる。



「全盛期なら一瞬だってのに」



 悔しげに表情を歪ませるレティシアは、まだ最高神から渡された魔力が完全には馴染んでいない。

 それゆえ、全力で魔導書の力を扱えるわけではなかった。

 それでも時間をかければ、怪我を治すことはできる。

 その間、時々飛んでくる空気の斬撃をエアリスが結界で守ってくれていた。



「小僧、こっちに飛んできてんぞ~。レティに当たったらどうする!」


「くそっ」



 エアリスの皮肉はデュークに多大なるダメージを与えたようで、いつもなら言い返しているものの、レティシアに害が及んでいるとあっては、デュークも言い返せない。

 ちっと舌打ちしつつ、その苛立ちをぶつけるように魔獣を攻撃しながら、レティシアから引き離していく。



「レティ、まだか?」



 焦りをにじませるのは、結界を維持するエアリスもまた全盛期のように力を振るえないからである。

 レティシアの魔力によって作られた聖獣なので、レティシアと力を共有しているのは致し方ない。



「待って、もう少し……。できた!」



 全員の治療を終えると、今にも途絶えそうだった呼吸は落ちつき、頬に赤みもさしている。



「おっしゃ、今度はこっちだな」


「盛大にやってやるわよ」



 レティシアが魔力を込めるとパラパラと魔導書のページがめくれ、白紙のページに文字の羅列が浮かび上がった。

 そして、レティシアは叫ぶ。



「デューク、避けて!」



 レティシア声にすぐさま反応したデュークがその場から離脱すると、見計らったように、目に見えない無数の刃が魔物を襲った。



「ぐおぉぉ!」 



 地を震わせるような低い叫び声があたりに響き渡り、魔物はレティシアの魔法のすべてを身に受けて、その場に倒れた。

 ぴくりとも動かない魔物に近づいていき、生死の確認をする。



「うん。ちゃんと倒せてるみたい」



 誰からともなく深いため息が吐いた。

 その時、デュークが遠くを見つめる。



「レティ、誰かくる」


「隠れねえとマズいぞ」


「どうして?」


「それをどうやって説明すんだ」



 ちょいちょいとくちばしで指し示られたのは、レティシアが持っている魔導書だ。



「あ……」


「しかも、死にかけた奴まで回復させたんだぞ。さすがにそっちは誤魔化せないだろ?」



 エアリスの言う通りだ。

 遠慮なく魔法を使ったので魔獣の有様を見られたうえで説明しても納得してくれるか賭けだが、傷を癒したのは完全にアウトだ。



「早くここから離れよう」


「おう。静かにな。こっちに向かってくるやつに気付かれる」


「うん」



 レティシア達は急いでその場を後にした。


***


 直後、やってきたのは校長でもあるクロノで、目の前に広がる惨事に目を見開く。



「これはどういうことだ?」



 なにか強大な魔法によって倒された魔獣の死骸。

 この国最高の魔導師の一人だからこそ分かる、使われた魔法の威力。

 それはとても捨て置けるものではない。このレベルとなると、自分と同等かそれ以上の力を持っているかもしれない。


 一番に頭に浮かんだのはラグナルだ。

 彼は黎明の森でやりたい放題狩りをしているので、可能性が一番高い。

 だが、近くに横たわる生徒を見て候補から除外する。


 ラグナルは先陣を切って戦うほど戦闘能力は高いが、回復魔法は大の苦手だ。

 しかも、ズタズタになった服や血の量からいっても、生きているのが不思議なほどの怪我を負ったはずだろうに、小さな傷跡一つないほど綺麗に治されている。



「いったい誰が……?」



 クロノの中に疑問が生まれた瞬間だった。












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― 新着の感想 ―
ここまで来てもクロノは結びつけないとは…改めてラグナルの凄さが分かりますね、ババババレた〜って思わず声に出ていましたもの(^^;) レティシアは前の自分とは違うからと、再会を避けたいようだけど、私個人…
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