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3話 夢から覚めて


 はっとして目を覚ましたレティシアは、急に視界がクリアになった気がした。

 それまで霞がかっていたすべてが晴れたようにすっきりとした気分だ。


 しかし、床に倒れた状態から身を起こして、己の今の状況を冷静に見直せば、一気にどんよりと気持ちは落ちる。

 とはいえ、それも一瞬のこと。


 すぐに湧き上がってきたのは激しい怒りだ。



「逃げられた~!」



 レティシアはダンダンと床を叩いて、行き場を失った怒りをぶつける。

 固い床はレティシアが力いっぱい叩いたぐらいでは傷一つつけられない。むしろレティシアの手が痛むだけだったが、気にならないほど憤っていた。


 本当ならこの手で最高神の綺麗な顔面を真っ赤にしてやりたかったが、あちらの逃げ足が速かった。



「次に会ったら絶対ぶん殴るっ」



 そう決意したレティシアの怒りは、次に別の矛先へ向かう。

 自分を誘拐するようにここへ連れてきて、こんな檻のような部屋に閉じ込める暴力男の顔が浮かび、眉間に深いしわを作った。



「最高神様よりあいつをぶっ叩くのが先ね」



 とりあえず目先の目標はものの数十秒で見つかった。



「けど、その前に今の状況の確認をしておかないと……っ」



 ゆっくりと冷たい床から立ち上がろうとしたレティシアは、鈍い痛みと力が抜ける感覚がしてうずくまる。

 痛みの発生源は、レティシアの両足首だ。

 そこには見ているだけで痛々しい深い傷跡が残されていた。


 それだけではなく、両足には重厚な足かせがつけられ、レティシアが少し動く度にじゃらりと重い音を立てる。


 その音を聞くだけでも気が滅入ってくるというのに、今いるレティシアの部屋は、窓もなく蝋燭の火があるだけの薄暗い部屋だ。

 今が昼か夜かも分からない。


 さらにレティシアは自分の腕を見る。

 骨と皮だけのやせ細った小枝のような腕。

 それは足や体も、すべて同じように肉がない。

 満足に食事ができていなかったと、誰が見ても分かる姿をしているのだろうなと、レティシアは怒りと悲しみとがないまぜになる。


 レティシアの感情に追い打ちをかけるように、周囲はまるでレティシアを逃さないと言わんばかりの太い鉄柵の鳥かごに囲われていた。

 しかも、レティシアが動ける範囲は狭く、健康に生きていくために必要な広さには到底足りない。

 それは筋肉すら削げ落ちた手足を見れば明らかだ。


 鏡はこの部屋に存在しなかったが、己で見える体の一部分だけで自分の今の悲惨な姿が想像できてしまい、逆に見れなくてよかったと思うほどに細い。

 その反面、豪華なベットは大きくふかふかで、アンバランスさが際立っていた。


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。


 籠の鳥のような生活を振り返れば、ちゃんと記憶はレティシアの中に存在していた。

 それは当然といえば当然で、大魔導師の記憶が戻っただけで、レティシアという存在自体が変わったわけではないのだ。


 もちろん、失っていた知識や経験も思い出したので、他人は一見するとレティシアが変わったように感じるかもしれないが、レティシア自身に違和感はまったくない。

 忘れ物を探し出した時のような爽快感があるだけだ。


 レティシアは今世において、まだ両親と仲よく暮らしていた頃のことを思い返す。

 幼い頃から夢の中で知らないはずの光景や知識を持っていたりして、両親や村の人達を驚かしていた。

 当時はレティシア自身も不思議に思ったりもしていたが、記憶を取り戻した今のレティシアだからこそ納得する。

 それらはすべて大魔導師だった頃の知識を無意識に思い出して使っていたのだと。


 魔法とて、誰に教わることなく普通に使っていた。

 隣に住むおじさんなどは「レティシアちゃんは天才だな!」と、自分の娘を自慢するように鼻高々にしては、他の村の人達から「お前の娘じゃないだろ」とツッコまれていたのを思い出す。



「村の畑の水やりを魔法で手伝ったり、冬場は薪も使わず火をおこして寒さをしのいだりしてたなぁ……」



 大魔導師のレティシアならば朝飯前の、なに一つ難しくない初歩の魔法。

 けれどそれらを使える者は限られており、少なくとも村で魔法が使えたのはレティシアだけだった。

 まあ、魔力は最高神が預かっていたようなので魔力量は決して多くなかったが、レティシアは村の皆の役に立つのが嬉しくて、いろいろなところで魔法を試していた。



「無意識に前世の知識が出てきてたのかな」



 次々と浮かぶ前世と今世の記憶が交わり、すっと馴染んでいく。

 それとともにいろいろと合点がいった。

 村にいた頃はどうして自分だけ魔法が使えるのだろうかと、一度として疑問に思わなかったわけではない。

 少なくとも両親やその先祖に魔力を持った者はいなかった。



「平凡に生きたいって言ったのに、全然平凡じゃないじゃない」



 確かにレティシアの生まれた家は普通の農家であったが、レティシア自身が普通ではない時点でいろいろと破綻している。

 まったくレティシアの望みと違う、これじゃない感がひどすぎる。



「責任者出てこいやー!」



 ここにはいない、けれど恐らく様子を窺っているだろう、最高神に向かって叫ぶ。

 運命の女神が願いを叶えてくれなかったのがドジっ子女神のせいと聞けば、怒りは湧くどころか「お疲れ様です」と労いの気持ちの方が大きい。

 だが、そんなドジっ子女神を統括しているのは最高神なのだから責任は取ってもらいたい。



「邪龍の魂まで巻き込まれてるとかシャレにならないし!」



 自分が命と引き換えにして守ったのに、台なしにされた気分である。

 邪龍の方もたまったものではない。



「しかも探して保護しろだなんて、せめて場所を言え、場所をっ!」



 怒り爆発のレティシアは、もう不満が口から止まらない。



「しかも懲りないにもほどがあるでしょ、アカシトロビアの奴ら」



 かつて邪竜を作り出した獣人の国。

 当時からどれだけの時間が経っているか分からないが、やっていることは当時から変わらないとは。


 邪竜を生み出す大罪を犯す国など必要ないだろうと、魔導師達で滅ぼしに行こうとしたが、獣の神が人間ごときに頭を下げて謝ってきたため、レティシアの鶴の一声で魔導士達を抑えたのだ。

 しかし、二度も同じ過ちを犯そうとするのであれば、獣の神がなんと言おうと消しておくべきだったと、レティシアは今になって後悔する。


 なんら罪もない魂を邪竜にしてしまったことに、闇の女神は自分の愛し子を害されたと大層怒り、むしろ滅ぼしてこいとレティシアを積極的に後押ししていたのだが、闇の女神の言う通りにすべきだった。


 他の神々も一度だけ許してやれという空気を出すので仕方なくレティシアも闇の女神も引くことにしたというのに。

 アカシトロビアの獣人がそんな神々のやり取りがあったことなど知るはずはないのだが、まったく学習していないとは思わなかった。



「……今度は邪竜になんてさせない」



 強い意志を持った眼差しは爛々と輝き、水色の瞳を鮮やかした。

 死んだように暗く淀んだ目はもうそこにはなかった。



「よし! まずは情報収集からやるぞー!」



 レティシアはぐっと拳を握って天に向かって突き上げた。





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