38話 仲間達の現在
「あの二人ももうすぐ来るわ。ちゃーんと、オハナシアイをしてからは多少人の話に耳をかたむけるっていう基本的なことを理解したみたいだし」
うふふっと楽しげに笑う様子からは想像できないなにかがあったのは間違いない。
「ああ、それと、学校では寮対抗の試験もあったりするんだけど知ってる?」
「そんなのあるの?」
レティシアもそこまで詳しくは調べていない。
そもそも、学校に通いたいという願望から始まり、そこに魔導師のための学校があるから、それならちょうどいいというなんとも安易な志望動機で受験した。
真剣に人生をかけた挑んだ他の受験生からしたらふざけんなと怒りを買ってもおかしくないが、ラグナルがいたことにより、安易な気持ちだろうが受けてよかったと思っている。
「寮対抗のイベントで優秀な成績を収めると、寮への運営金が増額されたり、日々の料理の食材の質が明らかにあがったりと、いろいろ優遇されるのよねぇ」
「ちなみにこの寮の成績は?」
「万年最下位よ」
ふっと悟りを開いた神官のような表情をうかべるラグナル顔から苦労が偲ばれる。
他寮と比べて明らかに建物の綺麗さや規模が違ったのはそういう理由だったのかと納得した。
この寮の建物の至るところに修繕の後があったのは、きっと運営費に余裕がないからだろう。
「料理は黎明の森で獲物を狩ってくるし、余った素材で修繕したり換金したりしてなんとかやりくりしてるのよ~」
「寮母ってそこまでするもの?」
まあ、ラグナルの力ならばソロで黎明の森に入っても魔獣の方が逃げていくだろうが。
「普通はしないんだけどねぇ。まあ、そこは私がしたいからしているんだしいいとしてん、生徒にはもう少しいい環境をあげたいのよねぇ。この寮も私一人で管理してるから、ずっと森で魔獣相手にやり合ってる時間もないし」
もし余裕があれば、この寮を運営、管理するのに必要なお金は稼いでくる実力がラグナルにはある。
「万年最下位なせいで、この寮は他の寮からは見下されててねん。でもそれを見返してやろうっている気概がある子がいないの~。困った子たちよねぇ」
問題児が集まるというだけある。
「でも、ラグナル――ナルちゃんは、守護者でしょう? 学校側もそれなりに融通してくれないの?」
大魔導師と戦った守護者の一人。
二百年前の邪竜との戦いを知る生き字引だ。
ラディオが王となっているなら、英雄として称えられて然るべきだろうに。
むしろ真面目さと性格から考えると、ラディオより王となるに相応しいと思うのだが、まさかこのような変化を遂げていたのは予想外だ。
なんだかんだ今の生活を楽しんでいるのだろう。
とはいえ、いくら成績下位の寮だとしても、英雄が管理している寮ならそれなりの配慮は学校側の方が勝手に気を利かせそうなものだが、その様子がないのはこのおんぼろの寮を見れば一目瞭然だ。
「駄目なのん。 ……クロノの野郎が特別待遇はできないなんてぶざけたこといいやがるからな」
急に裏声からドスの利いた野太い声に変わり、レティシアは頬を引き攣らせた。
しかし、すぐにクロノの名前に反応してきょとんとする。
「クロノ? クロノがどうして関係あるの?」
「あらん、知らないの?」
「なにが?」
「ここの学校長はクロノなんだけど」
「は!? そうなの!?」
驚愕するレティシア。しかし、筆記試験に出てきた校長の名前は? という問いが出て来た理由を理解する。
この国においてーーいや、そうでなくとも、クロノがこの学校の校長をしていることは、一般的に知られた情報なのだろう。
試験で校長の名前という問題が出た時は、知るかそんなのと心の中でツッコんだが、一般常識だったようだ。
「その様子だと、知らずに来たみたいね」
「うん、まったく知らなかった」
「まあ、でも今知れたしいいんじゃない?」
「そうね」
とはいえ、まさか学校に二人も昔の仲間が集まっているとは予想外だ。
しかも、ラグナルに関しては秒でバレている。
「ラグナルはどうして気がついたの? 魔力の気配は隠匿しているし、気づかれないと思ったのに」
現にわずかな時間だがクロノと鉢合わせたものの、まったく気づかれなかった。
「うふっ、乙女の勘よん」
ウインクしてかわいさを見せつけたいようだが、先程からちょいちょいナルチャンの皮が剥がれているので無意味である。
だが、ラグナルの勘という言葉には納得だ。
彼は昔から妙に野生の勘が働いていた。
「クロノには言わないでおく?」
ラグナルの問いにレティシアはうーんと唸った後、頷いた。
「うん、できるだけ知ってる人は少なくしたいし。デュークのこともあるしね。クロノなんかデュークの正体を知ったら速攻で攻撃仕掛けてきそうだし」
「それは否定しないわね。でも、クロノに限らず、他の奴らは知りたがっているはずよ。いいの?」
「……うん。申し訳ないけど、私の存在を知って騒がれるのは私の望むところではないから」
レティシアはラグナルに手を合わせる。
「だから、ラグナルも内緒にしててね」
「うふふ。ちゃんとナルちゃんって呼ぶなら内緒にしてあげるわ」
レティシアは苦笑する。
どうにもその呼び方に違和感があるが、本人が望むなら仕方ない。
「分かった」
***
それからラグナルに、大魔導師が亡くなってからの仲間たちのその後を聞く。
「私が死んだ後、皆どうしてた? 怒ってた……よね?」
怒らぬはずがない。
自らの命と引き換えに結界を張るという話を、レティシアは誰にも相談しなかった。
知っていたのはエアリスだけ。
悲しませただろう。勝手なことをしたと怒った姿が目に浮かぶ。
「そりゃあ当然怒ってたわよ。怒りなんかじゃ表現できないぐらいにね」
「やっぱり……」
ますます昔の仲間に会いづらくなった。
まあ、今のところ会いに行くつもりはないのだが。
「言っておくけど、レティにじゃなく、神々に怒ってたわよ。あー、いや、多少はレティにも怒ってたかしらん。そんなに自分達は頼りにならなかったのかって」
「そんなことない!」
レティシアは反射的に否定した。
「分かってるわよ。あくまで自分達の不甲斐なさに苛立ってたって感じかしらん。私も同じ。そして怒りを向ける相手はレティじゃなくて神々に対してだったわよぉ」
「えー」
さすがにそれは不敬になりやしないか心配になる。
「特にフローレンスとクロノがねぇ。それはもう烈火のごとく怒りを爆発させて、ラディオなんて最高神を殺すとか暴言吐いてたもの」
ラグナルは苦笑しているが、駄目だとは思っていなさそうな雰囲気である。
「神を殺すなんて、逆に返り討ちにされてい終わっちゃうじゃない」
せっかく世界を救ったのに、大事な人達が神々に消されてしまっては意味がない。
まあ、そもそも地上の者は神の前に行くことすら叶わないので、殺しようもないだろうが。
そして神々も地上の種族を特別気にかけることもしない。
「そんなの分かってるわよぉ。でも、それと感情は別物なの。一応この国は特に最高神と闇の女神を崇めているけれど、昔の仲間達は今も神々を憎んでるわ。敬う気持ちなんて皆無よ皆無!」
やけに熱の籠もった言葉は、ラグナルも同じだらだろう。
その瞳に殺意にも近い憎悪が見えた。
「なにか方法ないかしらん?」
「それを私に聞かないでよ」
たとえ大魔導師と呼ばれ、神と直接対話できる特別なレティシアでも、神を殺すのは不可能だ。
そもそもレティシアを大魔導師と呼ばれるまでにした魔導書自体、最高神から与えられたものなのだから。
人が神に勝つのは万に一つも可能性はない。
ガラ悪くちっと舌打ちするラグナルに、レティシアも苦笑するしかなかった。
「今生きてる皆は元気にしてる?」
レティシアが戦う理由となった大事な仲間であり家族。
レティシアは死んでしまったので、彼らのその後の様子をまったく知らない。
「ええ。元気すぎるほど元気よ。私も含めてね」
晴れやかな笑顔は彼がちゃんと幸せに暮らしているのだと感じさせられ、レティシアは嬉しくなるとともに切なさを感じた。
きっと目に見えているだけではない苦労がたくさんあっただろうに、ラグナルは欠片もそれを感じさせなかった。
苦労以上の幸福があったのだと、勝手にそう思ってもいいだろうか?
「でもね、やっぱり最初は皆気力をなくしてたわよ。邪竜が世界を壊していた時より絶望していたわ。特にフローレンスとかクロノとかね」
ラディオは悲しむより怒りに振り切っていたとラグナルは笑うが、レティシアは明るくは笑えない。
「そっか……。それはそうと、ラディオが王様業してるって本当?」
恐る恐る問いかけるレティシアは、いまだにラディオが王であることを疑っていた。
もしや同姓同名の誰かではないかもと。
「残念ながらラディオで間違いないわ。けど、レティが思っているよりずっとしっかり王様業してるわよ~。なにせフローレンスが王妃でいるんだから、滅多なことはないでしょうから、私達も安心してラディオを王に推したのよねぇ」
「そうなんだ……」
「他にやりたがる者がいなかったってのもあるけど、レティを除くと純粋な戦闘力ではラディオが一番だったからね。他国への牽制のためにもラディオが適任だったわけよ」
この他国とは、主にアカシトロビアを指しているに違いない。
「実際にラディオは役割をちゃんと果たしていたわよ。邪竜との戦いが始まるまでは魔導師の地位が低かった中で、魔導師のための国を創るのは容易じゃなかったけど、魔法によって問題を解決することで周辺国を認めさせてったのは、ラディオの力が大きいもの」
そしてラグナルは苦笑する。
「追い打ちをかけるように交渉したのはフローレンスだけどねぇ。他の、もういなくなった魔導師達も建国にたくさん貢献していたわ。いつかあなたは戻ると言った神々の言葉を信じてね」
「神々に怒っていたんじゃなかったの?」
神を信じないくせにその言葉を信じるなど矛盾している。
「怒りじゃなくて憎い方が合ってるわね。でも、どんなに憎い相手の言葉だろうと、すがりつきたかったのよ。私達にとって、あなたは希望だったから」
真剣な眼差しを向けてくるラグナルにレティシアは目を瞬き、きょとんとした後、苦笑いした。
「そんな大層な人間じゃないわ」
「ええ、そうね。あなたは邪竜討伐時、まだ十六歳の子供だった。そのことに、すべてが終わった後気づかされたのよ。どんなに強くたって、本来なら守られるべき側だった若いあなた一人に、世界のすべてを背負わせてしまった。本当なら大人がしなきゃならなかったのに」
「あの状況下で大人も子供も関係ないと思うけど? それに、魔導書がなければ邪竜はたおせなかったんだし。そして、その後に残された骸を封じるのも、魔導書を持つ私以外できない。だから、それをラグナル達が気に病む必要なんてないのよ」
「そうかもね。でも理屈と感情は別物よん」
ラグナルは少し悲しげな表情を浮かべたかと思うと、がらりと雰囲気を変え、快活に笑った。
二百年もの昔、皆を元気付けていたあの笑顔に、レティシアは遠い日の記憶がよぎる。




