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36話 理解者


 もうバレたらなら仕方ないと開き直ったレティシアは、番と見初められてアカシトロビアの獣人に連れ去られ監禁されていたことと、その結果村を滅ぼされたことを洗いざらい吐いた。というか吐かされた。



「ほうほう、アカシトロビアねぇ。やっぱり消しとくべきだったか」



 レティシアの境遇を聞くや、怒りのあまり寮母のナルちゃんから、大魔導師とともに戦ったラグナルが顔を出してしまっている。



「私もそう思ったけど最高神様に止められちゃって」



 レティシアは今にも舌打ちせんばかりの表情だ。



「関係なく、今から殺りにいってもいいじゃん。俺が先陣切ってやるよ」


「ラグナル、さっきからナルちゃんがどっか遊びに行ってるよ」


「あらやだん。ついうっかり」



 恥ずかしそうに頬を染めるが、そもそもその話し方は恥ずかしくないのだろうか。

 いつからそうなってしまったのか。

 いや、そこは追求すまい。藪から蛇が出てきたら厄介だと、レティシアは考えることを放棄した。



「それでぇ、レティちゃんと一緒にいた坊やは誰なのぉ? レティちゃんのいい人?」



 目をキラキラさせるラグナルに、レティシアは苦虫をかみつぶしたような顔をする。



「その、レティちゃんってのやめて。さっきから鳥肌がすごいからっ!」



 ラグナルから「ちゃん」づけで呼ばれたことがないので違和感が邪魔をして話が入ってこない。



「え~。まあ、そう言うなら、レティでいい?」


「うん、そうして」



 ようやくほっとするレティシアの反面、ラグナルはちょっと不服そうだ。

 


「デュークはなんていうか……。えーと……」



 言葉を濁すレティシアは果たしてすべて話していいものか悩んだ。

 これはあくまで、レティシアとデュークの、そして神々の問題だ。

 すでに新しい生括を手にしたラグナルを巻き込むべきではない。



「あの坊やって闇持ちなのよねぇ」



 核心を突くラグナルに、レティシアの心臓は跳ねた。



「レティと一緒にいる闇持ちがただの闇持ちなはずがないわよねぇ」



 そのすべてを見透かすような眼差しは、ほぼほぼ正解にたどり着いているのだとレティシアに教えてくれる。

 レティシアは降参だと両手を挙げた。



「ラグナルは察しが良すぎる」


「うふふん。このナルちゃん様を欺こうなんて千年早いわよ」



 ラグナルは嬉しそうにレティシアの頬をツンツンつつく。



「で、あの坊やが私の想像通りなら……」



 途端にナルちゃんを放り投げて戦場の鬼神のように恐ろしい形相を浮かべるラグナルに、レティシアは苦笑した。



「邪竜の生まれ変わりよ」



 レティシアがそう言っても、ラグナルは驚かなかった。

 その代わり、その目に憎悪を宿らせる。



「あいつらはまたあんたに重荷を背負わせるつもりなのか!」

 

 だんっ! と叩きつけられた拳により、テーブルが粉々に破壊される。

 それに目を丸くするレティシアは、やれやれという様子で息を吐き、魔導書を取り出してテーブルを元通りにする。

 我に返ったラグナルは、魔導書を手にするレティシアの姿に痛みを感じているような表情をした。


 そんなラグナルに、レティシアは苦笑する。



「神々が傲慢で勝手なことぐらい知ってるでしょう? たとえ私が拒否したとしても、なにかしら理由をつけて関わらせてたって」



 それこそ、ラグナルといった昔の仲間を使って脅してくるぐらいはしかねない。

 加護を持つレティシア相手であろうと、時に残酷な選択を強いる。


 それが神というものだ。


 最高神はレティシアを愛子として加護を与えているのでこれでも大事にされているが、正直他の個に対する執着はない。


 獣人を滅ぼさせないように働きかけたりと種族や国単位での配慮はあるが、一人一人が大事なわけではなく、必要となれば簡単に犠牲にするのをいとわない

 それを言ってしまうとラグナル達は自分を責めるだろうと、レティシアは決して口にはしなかった。


 それに……。



「それに、守ってあげるって約束したの。だから、最高神様が頼まなくたって私は邪竜をーーデュークを探してたと思う」



 危なっかしくて放っておけないでしょうと、笑うレティシアに、ラグナルはへにょんと眉を下げた。



「……あんたは優しすぎる。まだ子供のくせに、世界の命運を一人で背負って、重責に堪えて、それでまた余計な重荷を自ら進んで背負おうとするなんて」  



 ラグナルの表情には悔しさが滲んでいる。



「またナルちゃんが出かけて行ってるわよ」


「茶化すなよ……」



 じとりと向けられた責めるような眼差しは、レティシアへ向けてか、己のふがいなさからか。

 恐らく後者だろう。



「俺にできることはなんだ?」


「死んだ後、最高神様に願ったの。平凡に生きたいって。平凡な家庭に生まれて、平凡な生括をして、平凡に死にたいって」


「……だったら、俺がレティの平凡を守ってやる」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね。でも、もはや難しいかも」


「どうして?」



 レティシアは少し躊躇いつつ、話した。

 万が一彼らがデュークを狙ってきた時、ラグナルがこちらの事情を知ってくれているのといないのとだは大きく違ってくる。

 巻き込みたくないと思いつつ、なんて矛盾しているのかと、レティシアは自嘲した。



「デュークを見つけたのはアカシトロビアの地下牢よ」



 ひゅっとラグナルが息を呑んだ。



「そもそも私の記憶と魔力が戻されたのも、アカシトロビアが新たな邪竜を作ろうとしていたから。デュークを早急に保護する必要があったから、最高神様は魔導書をまた私に与えたのよ」



 もはや怒りを通り越して殺気立つラグナルに苦笑する。

 レティシアもまた聞いた時には殺意が湧いたのだから。



「もう潰そうぜ。今すぐ城に言ってフローレンス呼んでくる」


「ちょちょ、ちょい待ち! 駄目だってば」



 そこでラディオではなくフローレンスを選択するあたりが、いかに本気かを物語っている。

 こんな話を聞けば、ラディオ以上に激怒するのがフローレンスだと分かっているからだ。

 きっと先陣を切って乗り込むに違いない。


 レティシアはその小さな体で、筋骨隆々な体に抱きついた。

 その気になれば一振りで振り払えるのに、ラグナルはそうしない。



「どうして止める!? あいつらはまったく過去の悲劇を理解していない! また多くの死者が出るかもしれないんだぞ?」


「そうさせないために私がいるの」



 急速に勢いをなくすラグナルは、泣きそうな顔でレティシアをぎゅっと抱きしめた。

 今度はちゃんと手加減がされている。



「なんであんたばかりが貧乏くじ引くんだよ……」


「私は貧乏くじを引いただなんて思ってないよ。ラグナルや皆に会えたんだし、前世の私はちょっとばかし急いで死んじゃっただけで、ちゃんと幸せだった。死ぬその瞬間、笑えるぐらいにはね」



 まあ、多少の不幸は仕方ないが、それ以上の幸福があった。

 だからこそ、命をかけて戦うことに躊躇いはなかったのだ。

 今世でも同じだ。



「俺はどうしたらいいんだ……?」



 力なく、泣くようなか細い声がレティシアの耳に悲しく届いた。



「言ったでしょう。平凡に生きたいって。だから、なにも知らないふりして、ただの新入生のレティとして接して。デュークのこともね」



 正直、邪竜に対するラグナル達の気持ちは複雑だろう。

 自分で望んだわけじゃなかった。

 けれど、世界をあそこまで絶望の淵に追いやったのは、他ならぬ邪竜。

 受け入れられるのかは、一人一人違うだろう。



「分かった。俺があんたもあの坊やもまとめて守ってやる。今度は絶対に早死になんてさせねぇ。老衰までちゃんと看取ってやるからな」


「それは頼もしいわね」



 ふふっとレティシアは笑った。

 そして、ずっと抱きしめられていた状態から開放され、ラグナルの顔を見ると、そこにはすでにラグナルは消え失せ、寮母のナルちゃんに変身を遂げていた。



「よーし、じゃあ、腕によりをかけてたっくさん美味しい料理を作ってあげるわよん!」



 袖をまくり、たくましい二の腕を見せながら気合いを入れるラグナルに、レティシアは唖然とする。



「いや、ほんとにこの二百年でなにがあってそうなったの?」


「長い時は人一人変えるには十分ということよん」


「ついて行けるか不安だ……」


「騒がしくなりそうだなぁ」



 さすがのエアリスも、ラグナルに関しては普段出てくる流暢な文句もないようだ。

 現実逃避しているのがその目を見れば分かる。



「レティ、行ってきたよ」



 タイミングよくデュークが帰ってきたので、この話はとりあえず切り上げとなった。








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― 新着の感想 ―
やっと大人の味方ができましたね。エアリスは頼もしい相棒ではあるけれど、人間社会で通用するかというと……ラグナルが気付いてくれてホッとしました。レティちゃんが少し肩の力を抜いて、学校を楽しめるといいな。
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