31話 入学試験
黎明の森で魔力操作や魔法の訓練を続けつつ、ギルドへ依頼し受験での筆記問題の情報を仕入れつつ、筆記試験にも備えた。
そうしてあっという間にやって来た試験当日。
魔導師学校には、様々な人々が集まってきていた。
ぞろぞろと受付をする中に混ざる、ピンク色の髪を持つちんまりとしたレティシアの姿は目を引いた。
「子供?」
「子供がなにしにきたんだ?」
「ここはガキの遊び場じゃないんだぞ」
「落ちるに決まってる。学校はもう少し精査すべきじゃないのか?」
「仕方ないわよ。年齢性別種族を問わず、門戸は開かれるってのがこの千年王国の信条じゃない。子供にだって受ける資格はあるわよ」
「とはいってもなぁ」
などと、小さなレティシアを見た受験生達は場違いな姿にヒソヒソと言いたい放題陰口を叩く。
しっかり聞こえていたレティシアはふるふると肩を震わせた。
「私は、十六歳だって、ばっ!」
一音一音力を込めるレティシアは、聞こえよがしに嫌みを言われたことが問題ではなく、『子供』と何度も連呼されるのが我慢ならなかった。
「確かに小さいけど、成人してるのに!」
さすがに大勢いる中で叫びはしなかったが、目の前の校舎の上から叫べるものなら叫びたい。
騒ぎを起こして受験できなくなると困るのでしないが、子供と言った者に対してデュークが視線で威嚇してくれていたので、それでよしとする。
本当はよくないが。
レティシアの体が小さいのは、カシュによって囚われていた時に満足な食事をさせられなかったからだ。
それより以前は周りの同年代の子供達と変わらぬ成長速度だったので、原因がカシュにあるのは間違いない。
「これからもりもり食べたら私だってすぐに大きくなるもの」
ぶすっとした顔で不機嫌さを露わにするレティシアに、エアリスは「けけけっ」と笑った。
「おうおう、食って寝て大きくなれよー」
「私の母親か」
「なに言ってんだ。俺様とレティシアは血よりも濃い近くにいるだろうが」
肩に乗るエアリスがスリスリとレティシアに頭を擦りつける。
ふわふわな毛がレティシアの頬を撫で、その柔らかな心地よさにレティシアはくすりと笑う。
「確かにそうね」
レティシアが己の魔力によって生み出した、分身のような存在。
生まれ変わってもなお、その絆が切れることはない。
そして、今後何度転生を繰り返したとしても、変わりはしないだろう。
しかし、その強い絆を不満に思う者もいる。
しゅっとなにかがレティシアの横を通り過ぎたかと思うと、エアリスがそれをくちばしで弾き、上に飛ばした。
それは少し離れたところに立っていた男性の頭に落ち、そのまま失神してしまった。
「ふふん。俺様に当てようなんざ百億年早い! 出直してこい、小僧」
あっさりと攻撃をドヤ顔のエアリスに、小石を投げた張本人であるデュークは苦々しい表情をうかべた。
「焼き鳥のくせにレティにベタベタするな」
「石に闇の魔力をまとわせて俺様の結界を破ったことは褒めてやろう。だが、詰めが甘い! けっ、けっ、けっ」
ちっと舌打ちするデュークはひどく悔しそうだ。しかしそれよりもーー。
「いや、そんなことより、エアリスが弾いた石に当たった人がぶっ倒れたんだけど!?」
ドヤっている場合ではないとレティシアが慌てている間に、失神した男性はどこかに運ばれていった。
「え、もしかしてあの人試験受けられないんじゃない?」
「……まあ、運が悪かったってことだな。しゃーない」
「そこにいるのが悪い」
こういう時だけ意見が合うエアリスとデュークは、何事もなかったようにまた喧嘩を始めた。
「名もなき通りすがりの人、ごめんなさい。せめて試験までに意識が戻りますように」
祈るしかできないレティシアだったが、意識が戻っても寝起きで果たして実力を発揮できるか定かではない。
今年の試験は絶望的だろう。
原因となった二人がまったく気にしていないのが余計に理不尽だ。
せめて詫びろと言いたい。
けれど二人はそんなのお構いなしで、レティシアは深いため息を吐いた。
そして、レティシア達の順番が来て、数日前の受付時に渡された受験票を見せると、判子を押され試験場所の案内がされた。
人数が多いために、試験をする部屋はいくつかに分かれているようだ。
改めて見てもやはり広い。
案内人が要所要所に立っているおかげで迷いはしなかったが、いなければ確実に迷う者が続出していただろう。
「先に筆記試験みたいね。デューク大丈夫?」
「うん」
ギルドから情報を買ったが、正直無駄金だったと言わざるを得ない内容だった。
魔導師を育成する学校なので、必要なのは今や神聖文字と呼ばれるようになった、魔導師が日常言語として使っていたものから出題されるものがほとんどらしい。
つまり、神の加護を持ち、言語に不自由しないレティシアとデュークには勉強すらほとんど必要ない問題だ。
あとは、その神聖文字を使って千年王国の歴史や一般常識的な知識を書き込むだけ。
そのあたりは突貫で詰め込んだが、さほど難しい内容ではなかった。
どちらかというと神聖文字が書けるかに重きを置いているようだ。
ならば、レティシアとデュークにしたら間違える方が難しい。
意気揚々と指定された教室に入ろうとした時、なにやらもめている声が聞こえてきた。
他にもなんだなんだとそちらへ目を向けている。
「喧嘩でもしてるの?」
特に気にしていなかったレティシアだったが、不意に感じたほのかな闇の魔力にはっとすると、急いで走った。
集まっている人をかき分けて歩くのは背の小さなレティシアにはかなり苦労したが、どうにか先頭までたどり着く。
そこには、身なりの整った男性と対峙する、男女がいた。
レティシアは声を潜めてエアリスに話しかける。
「ねえ、エアリス」
「ああ、闇の魔力は男の方からしてるな。んで、女の方は……レティと同じ光か」
「最高神様達がデュークが生まれた時のために、一部の者にも闇と光の力を与えたって話だけど、本当にいるのね」
「力の差は明らかだけどな」
「そりゃそうでしょ」
一部の者に力を与えたというが、加護を与えたわけではない。
最高神と闇の女神から直接力を分け与えられた愛子であるレティシアやデュークより劣るのは当然だ。
いや、劣るというか、そもそも内包する力の質が若干違う。
確かに光と闇の魔力で間違いないが、レティシアとデュークの魔力の中には、神力が含まれている。
加護を受けた証ともいえる、神聖な力。
それは決して地上の生き物が持ち得るものではない。
同じようでいて、あくまで闇の属性の印象を変えるために与えたおまけ程度でしかないのだと、実際に力を持った者を見て理解する。
「とはいえ、あくまで私達と比べたらってだけで、あの子達が弱いわけじゃないみたいだけど」
レティシアはそもそもどうして諍いが起きているのか慎重に耳を澄ませる。
身分の高そうな男性がふんぞり返り、闇持ちの男性が今にも飛びかかりそうなほど怒りを爆発させている。
そしてそんな男性を身を挺して必死で止めている女性という構図。
これだけではどちらが悪いか分からないが、少なくとも女性はこの争いを止めようとしていた。
「エオンやめて! 私は気にしていないからっ」
「ジゼットは黙って。そういう問題じゃない。言いがかりを付けてきたのはこいつだ」
「平民にこいつ呼ばわりされる覚えはないな。俺はただ普通に歩いていただけだ。貴人の通行を妨げるとは何事だ。早く這いつくばって許しを請えよ、平民」
「わざとぶつかってきたのはそっちだ。ジゼットにぶつかった後に笑っていたのを見たんだから」
「なにを馬鹿な。ぶつかってきたのはそっちだろう。きっと私の妾にでもなりたかったのではないか? そういう女が次々湧いてきて困ったものだ」
まるで下手な舞台役者のように大げさな身振りで表現する男性は間違いなく自分に酔っている。
しかし、男性はそこでは終わらない。
「まあ、お前は見目も整っているようだし、どうしてもと懇願するなら妾の一人にしてやってもいいが」
「ひっ」
ニヤニヤとしたいやらしい目つきで女性を舐めるように見る男性に、ジゼットと呼ばれていた女性は身を縮こまらせ、レティシアも顔を引き攣らせる。
「うーわー、気持ち悪~い」
恐らく身分が高いと思われる男性のせいで誰も助け船を出さず沈黙する中、レティシアの声はよく通った。
聞かせるためにあえて大きな声で発したのだから当然ではある。
声をしっかり聞き取った男性は、レティシアに目を向けて睨みつけてきた。
「おー、怖」
怖いどころか楽しんでいるエアリスの声までは、男性には聞こえなかったようだ。
聞こえたとしても、肩に乗った小さな小鳥がしゃべったとは思わないだろう。
言葉を介す知能を持った動物は、魔法のあるこの世界でも数えるほどなのだから。
エアリスとすぐに結びつけるのは難しい。
「おい、子供、なにか言ったか?」
「気持ち悪ーいって言っただけだけど? てか、子供じゃないし!」
「誰が気持ち悪いと?」
男性の口元がピクピク動く。
「あなた以外に誰かいる? 鏡探して自分のニヤけた顔確認してきたら? ほんと気持ち悪いから」
そこまで言えば、男性の怒りの矛先は自然とレティシアに移る。
それを狙っているので作戦成功だと満足すると同時に、短絡的すぎないかこいつ? と、レティシアは残念な人を見つけたように目を向ける。
向かってくる男性の背後で、ジゼットがハラハラ、オロオロとした表情で戸惑っていた。
そんなジゼットとは逆に、解放されてよかったとばかりにエオンという男性はジゼットの肩を抱いて教室内に入ってしまう。
おい、待てやこら。と口に出さなかったのは、せっかく助けたのにこっちに向かってくる男性の意識を彼女たちに行かせないためだ。
だがしかし、もう少し申し訳なさそうにするとかあるのではないだろうか。
ジゼットという連れの女性が無事ならそれでいいという考えが透けて見える。
デュークを彷彿とさせる彼の態度に、同じヤンデレ臭がするのは気のせいだろうか。
「助けたの失敗したかなぁ」
「レティはお人好しすぎんだよ」
エアリスの言葉にデュークか無言で頷きつつ、顔を真っ赤にした怒りの形相で歩いてくる男性からレティシアを守るように前に立った。
「どけ! 下民が!」
「そんな言葉遣いするお前の方が下民より品がない」
「なんだと、貴様! 私を誰だと思ってる!」
「初対面なのに知るわけないだろ」
淡々と返すデュークと、激昂して怒鳴り散らす男性との温度差が激しいことといったらない。
「さすがにそろそろまずいかな……」
冷静でいるように見えて、デュークが苛立っているのが分かる。
「この短期間で表情の乏しいデュークの機微が分かる自分が怖い……」
「まあ、あんだけ魔力が怒り狂ってりゃわかんだろ」
レティシアがしみじみしているその時。
「なにをしている!」
その場を切り裂くような厳しい声が響いた。
思わず姿勢を正してしまいたくなるような強い力を持った声に、男性の方はびくついていたが、デュークは変わらず、むしろ邪魔されたと言わんばかりに不機嫌そうだ。
人垣が自然と左右に分かれ歩いてきた人物に、レティシアは思わず「あっ」と声を上げた。
特徴的な赤茶色の長い髪は、先日宿で会った男性だ。
昔の仲間であるクロノとともにいたので、レティシアも深く印象に残っていた。
「試験前になにを騒いでいる」
鋭い眼光はただ目を向けられただけで肩をすくませてしまいたくなる怖さがあり、先程まで息巻いていた男性は上手い言い訳をできずにオロオロしている。
一方、デュークは逆に睨み返す余裕があった。
赤茶色の髪の男性はデュークに、続いてレティシアに目を向けた。
眉間にしわを浮かべ考え込んでいる様子で、恐らく男性もレティシア達を覚えていたようだ。
まあ、ド派手にアカシトロビアの使者とやり合ってまだ数日しか経っていないのだから、忘れたくとも忘れられないだろう。
「またお前達か……」
その声にはあきれが含まれている。
「またって、言い方は不本意なんですけど? 一回だけなのに」
「アカシトロビア相手との問題など二度もあってたまるか。まさか受験者だったとは……」
目つきは悪いがどこはかとなく、苦労人の香りがする。
「学校の関係者だったんですね」
「学校の教官をしている」
「へー」
クロノとはどのような関係なのだろうか。
気にはなるが、今世においてクロノと知り合いでもないレティシアが聞けるはずもない。
「もうすぐ試験の時間だ。始まるまでに席に着いていない者は失格とみなす」
その瞬間、野次馬をしていた受験者達が大慌てで教室に入っていった。
教官が来たというなら、因縁を付けてきた男性もなにもできないだろう。
完全に教官に萎縮してしまっている。
「デューク、行くよー」
「うん」
もう眼中にないのか、あっさり男性から離れてレティシアの下に戻ってくると、レティシアも教室に入ろうとした。
しかし、教官の男性に止められる。
「待て」
「なにか?」
「その鳥は教室に入れられない」
「ただのかわいい鳥ですが?」
エアリスに気づかれたかと、ドキリとした。
「たとえ鳥であろうと受験生以外は入室禁止だ。カンニングを防ぐためにな。受付時に説明があったはずだが?」
「……あったようななかったような?」
受験の受付をした後にロドニーの一件があったために、受付での説明が朧気になっていた。
思い返してみると、確かにそのような話をしていたような気がする。
「とりあえず動物は駄目だ」
「分かりました。じゃあ、試験が終わるまで教官が逃げないように預かっててください」
「何故私が――」
言い終わるより前にレティシアは教官の肩にエアリスを問答無用に乗せて、デュークとともに教室内へ入った。
レティシアがちらっと振り返れば、エアリスが教官に分からないよう、ウインクを一つする。
ちゃんとレティシアの意図は伝わったようで、きっとレティシアの知らないところで情報を仕入れてくれることだろう。