30話 魔法付与
サンドイッチを食べてお腹を満たしたレティシアは、ふうっと息を吐いた。
お腹が満たされたおかげなのか、沈んだ気持ちがほんの少し和らいだ気がする。
まあ、先程の騒ぎで落ち込んでいるどころでなく、強制的にどこかへ吹き飛ばされたようなものだが。
エアリスやデュークを心配させるだけなので、今考えるのはやめよう。
問題を先延ばしにしただけかもしれないが、レティシアにできることはない以上、どうすることもできない。
事情を知らないロドニーがレティシアを恨むのは当然で、レティシアはそれを受け入れるしかないのだ。
ただ、今は現実逃避するように話題を変える。
「さて、お腹も満足したし、さくさく付与しちゃおうか」
そう言うと、レティシアはベッドの上にぺたんと座り、指輪と魔導書を広げる。
「あんまやりすぎんなよー。あくまで平凡に過ごしたいからな」
「分かってるって」
そんなあからさまに大魔導師と触れ回るような愚行は犯さない。
「とはいえ……」
レティシアは買ったばかりの指輪をつまんで回しながらいろんな角度でじっくり見つめる。
「うーん。やっぱり強度に不安があるなぁ」
そう呟くとエアリスがなにを当たり前なことをというように話す。
「そりゃそうだろ。レティの魔力の強さに本気で耐えられる媒体なんて魔導書ぐらいだ」
「学校でそんな全力で魔法使うことなんてないでしょうよ」
邪竜すら倒すレティシアが全力で使う状況とはどんなものだ。
それこそ、クロノといった、いまや守護者というあだ名までついている昔の仲間と敵対する場合ぐらいしか考えられない。
昔の仲間と戦う状況になってしまったら、それこそ魔導書を見せれば解決するはずだ。
まあ、それは最後の手段だが。
「私は魔力操作ができるから調節したらいいけど、まだ魔力の扱いに慣れていないデューク用にいろいろ強化しておかないとね」
「ついでに闇の力が暴走した時に抑える付与魔法とかないのか?」
「あったらとっくにしてるわよ」
すでにそういった魔法がないか魔導書を確認した後である。
「最高神様もあらかじめそういう魔法創っといてくれればよかったのに。そもそもデュークのための魔導書なんだから」
指輪にありとあらゆる付与をしながらブツブツ文句を言うレティシアの言葉を理解できなかったのか、デュークは椅子をまたぐようにして反対に座りながらこてんと首をかしげている。
「レティの魔導書は俺のためなの?」
「そうよ、デュークのために私専用に創られたものだから」
邪竜を討伐するため与えられた、レティシア専用の神具。
討伐と聞けば物騒ではあるが、それは本来邪竜にされてしまった彼の魂を解放して守るための緊急措置だった。
なので、邪竜が生まれなければ魔導書は存在せず、最高神も創ってはいなかっただろう。
レティシアの魔導書だが、デュークのためというのは嘘ではない。
だが、まだ邪竜の前世をデュークに話すのは早計だと考えるレティシアは、その重要なところは省いた。
「俺のため……」
どこか嬉しそうなデュークに、尻尾をパタパタ振っている幻覚を見る。
機嫌がいいのはなによりだが、自分がいない時が心配でならなかった。
学校ではエアリスがついていてくれることになっているものの、二人の仲の悪さを普段から見ているレティシアは不安でしかない。
「私の光の魔力で付与していってるから、多少なりとも闇の力は抑えてくれるだろうけど、それほど強い効果はないし……。どうしたものか……」
デュークが暴走したら一発でこの指輪は耐え切れられず壊れるだろう。
指輪が破壊されるだけならいいが、魔力暴走はしゃれにならない。
できる付与を駆使して、魔力を扱いやすくし、暴走しても最小限に収まるように頑張るが、世界を滅ぼしかけるほどの力を秘めているデュークの力を完全におさえるのは至難の業だ。
「デュークがいるの分かってるんだから、後はよろしくなんて無責任がすぎるってば!」
はっはっはっと笑いながら消えていった最高神の顔を思い出してレティシアは怒りが再燃する。
やはり迷惑料がわりに、一発ぐらい殴らせてくれてるべきだ。
「闇の女神に告げ口したらいいんじゃね?」
「なるほど。そっちから攻めればいいんだ」
なにせ最高神の唯一の弱みと言っても過言ではない。
などとエアリスとレティシアが会話していると、突然魔導書が光り、パラパラとページがめくれる。
そして、止まったページにつらつらと文字が書かれた。
「ん?」
「なんだ?」
『お願いだからそれはやめてー! 闇の魔力を抑える付与魔法新しく創って加えておいたからー!!』
そして、その文章の後に魔法付与の説明が書かれた。
それを見たレティシアとエアリスは心底あきれかえる。
「最高神の威厳はいずこへ?」
神が人間相手にこれほどへりくだり、譲歩していいのか。
神とは傲慢な存在であるのに、生まれ変わってから最高神が気を遣う場面がやけに多くて逆に気持ち悪い。
「相手が闇の女神だからだろ。じゃなきゃ、知らんぷりで終わってる」
「ああ、闇の女神様に配慮してるのか」
それならば納得だと、レティシアは遠慮なく新たに加えられた魔法を即座に実践することにした。
「……ふーん、なるほどね。私とデュークの持ってる指輪と指輪を魔力で繋げて、常時デュークに私の魔力が届くようにするわけか」
そんな魔法があるならとっとと出しとけと内心で憤るが、即席でついさっき創った魔法かもしれない。
創造神である最高神だからこそ、それが可能だ。
「しかも魔力で繋がってるから、デュークが暴走したら私に伝わるようになってるのね」
これは便利だと、レティシアも安堵する。
もしデュークが暴走しても、それにいち早く気がつけ、指輪を通して光の力を送れば抑えられる。
便利な魔法を手に入れたと喜ぶレティシアははたりと気がつく。
「これ昔にあったら、邪竜なんて生まれなかったんでは? 遠距離からでも闇の魔力を抑えられるんでしょう?」
「…………」
どんな時でも口だけは達者なエアリスが黙り込んだ。
そして次の瞬間、レティシアとエアリスは天井目がけて猛抗議した。
もちろん、天井に最高神がいるわけではないのだが、神々の世界は人の世界の天に住まうと言い伝えられているので、思わず頭上に意識を向けてしまう。
「最高神様ー! どうなんってんですか!!」
「レティが命かける必要なかったんじゃね!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐレティシアとエアリスと違い、デュークだけは話についていけず不満そうであるが、レティシアが怒っているのは見ていて分かるため、邪魔しないよう静かにしている。
しばらく最高神への苦情を訴えていたが、もう最高神からの返答はなく、叫んで疲れたレティシアとエアリスは息を切らせつつようやく落ち着いた。
「神々の横暴さは今に始まったことじゃなかった……。文句言うだけ無駄だったわね」
「そうだな。気づいたら邪竜になっちゃってた、てへ。とか言い出しかねねえぞ。無駄に心労がかかるだけだから今は試験に向けて集中しとけ」
そう納得させつつもやはりムカつくのか、レティシアとエアリスはそろってちっと舌打ちする。
「ええい、こうなったら魔導書を使った全力で付与していってやるわ!」
レティシアは魔導書を持ってる魔力を全力で込める。
「すでにかなりヤバい品物になってるがな。ちゃんと認識されないように阻害魔法もかけとけよ。実力のある魔導師なら、それの異常さに気づかれるからな」
「分かってるってば」
口うるさい小姑のようなエアリスは、レティシアが付与し続ける間も、「追撃もいれとけ」「あ、これは二重――いや三重に重ねとけよ」「攻撃されたら自動で反撃するようにして……倍の力で反射仕返す機能もつけて」などと口をはさんでくる。
レティシアも付与していくに従い、なんだかんだノリノリで行っていくと、もはや普通とは言い難い媒体ができあがってしまった。
さすがにやりすぎたと反省するレティシア。
「ねえ、これ大丈夫だと思う?」
「まあ、いいんじゃね? 過剰なぐらいが暴走した時にちょうどいいだろ」
不安がるレティシアとは反対に、エアリスは満足そうな顔だ。
「けけけっ、こっちの機能は発動するのが楽しみだな」
「なんか言われるままに付与していったけど、エアリスの性格の悪さと粘着質さがよく分かるわね」
「なに言ってんだ。小僧を守るためには過剰ぐらいでいいんだよ。世界を危険にさらすよか全然いいだろ」
「まあ、確かに」
レティシアはできあがった指輪を持って、デュークを手招きする。
ずっと大人しくレティシアのしていることを見守っていたデュークは、ようやく自分に意識が向けられて喜ぶ子犬のようにすぐさまレティシアの座るベッドに近づいてきた。
「はい、デュークの媒体」
「いいの?」
「デュークに合わせて作ったんだから使ってくれないと困るよ。つけてみて」
「うん」
大事そうに受け取り、嬉しそうにはにかみながら指につけている。
それを見てからレティシアも自分の分の指輪をつけると、一気に力が吸い取られるような感覚があった。
「おあっ!」
突然のことだったのでびっくりしたレティシアだったが、それは一瞬のことですぐに落ち着く。
代わりにデュークの発する力がずいぶんと安定したように感じた。
「ちゃんと魔力で繋がってるってことね」
「これで暴走しそうになっても問題なさそうだな」
「そもそも暴走しそうになることが問題なんだけど……。デュークはどう? 着け心地とか違和感ない?」
「うん。なんだかすっきりしてるっていうか、レティがすぐ近くにいるみたいな感覚があって嬉しい……」
デュークにもちゃんとレティシアの魔力の気配が伝わっているようだ。
「それならよかった」
一人になる状況になっても少しは安心できる。
デュークも嬉しそうなので、気合いを入れて作ったかいがあるというものだ。
「よし、とりあえずそれを使って魔法の特訓してみようか。黎明の森がいいかな?」
ギルトには訓練場があり、貸し出しもしているのだが、この受験の時期は常に予約でいっぱいで、なかなか借りられないらしい。
それは別として、デュークの場合は実践の方が合っているようなので、森で魔物を相手にしている方が早い。
「よし、明日は黎明の森に行くぞー」
「おー」
「おー?」
ノリノリなレティシアとエアリスとは違い、デュークは二人に合わせて手を挙げているせいか疑問符が浮かんでいた。
これまで暗殺業という表の世界から離れた暮らしをしていたせいか、いまいち、同年代の子のノリについていけていないようだ。
しかしそれも学校へ通うようになれば、『普通』というものを学んでいけるかもしれない。
それは、デュークが闇の力に呑まれる可能性を低くしてくれるのではないか。
そう期待するレティシアだった。