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29話 落ち込みからの復活


 デュークに抱えられ宿に帰ってきたレティシアは、そのまま部屋に閉じこもった。

 デュークとエアリスには一人になりたいと、しばらく部屋から出てもらっている。

 二人とも心配そうにしていたが、気を遣う余裕は今のレティシアにはなかった。

 部屋に入るとそのままベッドに移動して毛布にくるまる。

 それは外からの敵から身を守っているかのようだ。

 実際、レティシアの頭の中では何度もロドニーの言葉が反芻して攻撃してくる。



『お前のせいだ!』


『お前なんてとっとと死んでればよかったんだよ!』



 苦痛と怒りに彩られたロドニーの顔が頭から離れない。



「私のせい、か……」



 レティシアは自嘲する。



「分かってたつもりだけど、面と向かって言われると辛いなぁ」



 レティシアはただただロドニーが生きていてくれたことに歓喜したが、ロドニーにとってレティシアは悪夢の元凶でしかない。

 村に災厄を呼び込んだ諸悪の根源。


 ロドニーがどうやって生き残れたのか、その後どう暮らしていたのか、他に誰が生き残ったのか気になることはたくさんあったが、レティシアがそれを問うてもロドニーの心を深く傷つけるだけだろう。



「憎まれて当然よね……」



 心が痛い、苦しいーー。

 心が悲鳴を上げていたが、不思議と涙は出てこなかった。

 自分には泣く資格なんてありはしないのだ。


 最高神も運命の女神も、レティシアのせいではないと断言した。

 そこにはレティシアがカシュの番に選ばれたとは別の理由があるような言い方をしていたが、はっきりとした答えは教えてくれなかったので分からない。

 レティシアはなにか隠されていると知りながら、二神から告げられる優しい慰めの言葉をいいことに、逃げた。


 村の人達の命は重く、それが自分のせいであるという現実を見たくなかったのだ。


 真実はなんなのか、それは神々にしか分からないが、普通の者はレティシアのように神々と気安く話せるわけではない。

 なにも知らないロドニーのような村人からは、村が滅ぼされた原因はレティシアのせいだと多くの者が激昂するのだろう。

 それがロドニーの真実で、レティシアが否を突きつけたところで彼は納得しない。



「他に生き残った人も私を恨んでるのかな?」



 いや、恨んでいないはずがない。

 カシュの番になったのがレティシアの望むものでなかったとしても、レティシアが帰りたいと暴れ続けた結果、村を滅ぼす結果に陥った。

 レティシアを誘拐し、嫌がるなら帰る場所をなくせばいいと判断するカシュが絶対に悪い。


 けれど、まったく自分は悪くないのか……?


 どこまでも暗い思考へと至ってしまうレティシアの目から光がなくなっていく。

 その時、ガンガンガン! と、宿全体に響き渡るのではないかというほどの轟音が扉からして飛び起きた。



「なに!?」



 驚き、何事かと扉に目を向けている間も鳴り響き続ける音と振動は、そのまま扉をぶち破りそうな勢いだった。



「だ、誰?」



 もしやアカシトロビアからの追っ手でも駆けつけたのだろうか。

 とっさに魔導書を取り出して戦闘態勢に入るが、そこに聞き慣れた声が耳に届く。



「俺様だ、レティ!」


「エアリス!?」


「とっとと開けろ、馬鹿娘! じゃないとこのまま扉ぶっ飛ばすぞ!」



 不穏な言葉を吐く相棒に慌ててレティシアはベッドから下りて扉に向かう。

 そっと扉を開けると、隙間をこじ開けるようにしてエアリスが入ってきた。


 そして、扉の前にはデュークの姿もある。

 手にはトレーを持っており、その上に乗っているサンドイッチは表面が乾き始めている。


 いつからそうしていたのだろうか。

 ずっとレティシアが出てくるのを根気強く待っていてくれたのだろう。

 レティシアの姿を見てほっとした顔をすると同時に悲しそうにも見える。


 耳と尻尾があったら垂れ下がっているだろう。

 飼い主の様子を窺う忠犬のようなデュークとは反対に、エアリスに遠慮は欠片もない。



「いつまでジメジメうじうじしてやがんだ。腹減ってるから余計なこと考えるんだよ。飯を食え飯を!」



 くわっとくちばしを開けて吠えるエアリスの声が部屋中に響き渡る。



「エアリス、他のお客さんに迷惑ーー」


「俺様を誰だと思ってんだ。ちゃんと音漏れしないように遮断結界は張ってある。どんだけ泣いても叫んでも外には聞こえないから安心しろ」 



 ドヤァと胸を張るエアリス。



「手回しがよすぎない? というか、聞き方によっちゃあ、かなり不穏にも聞こえるわよ」



 レティシアがまったく気づいていなかったのは、他に気を回している余裕がなかったからだ。

 きっとレティシアが泣いても周りに知られないように気を遣ってくれたのだろう。

 しかし、泣いても叫んでも外には聞こえないとは、脅し文句のようでもある。



「いいから飯だ、飯ぃ~! おい、小僧持って来い!」


「黙れ、焼き鳥。キャンキャン吠えるな。うるさい」



 親の敵かという眼差しでエアリスを睨みつけるデュークは、レティシアに目を向けた瞬間に表情をころりと変える。

 レティシアの些細な違いも見逃さないという意志が伝わってくる。



「レティ、大丈夫?」  



 これ以上踏み込んでいいのか悪いのか、ギリギリの線を見極めるように、躊躇いがちに問いかけてける。

 どうしてデュークの方がレティシアより沈痛な面持ちをしているのだろうか。

 レティシアの痛みは自分の痛みだと言わんばかりの眼差しに、レティシアも仕方なさげに小さく微笑む。



「ごめんね。心配かけちゃって」



 レティシアが謝罪するとデュークはブンブンと必死で首を横に振って否定したが、長い付き合いのエアリスはお構いなし。



「まったくだ。あんな雑魚の言葉に左右されんじゃねえよ」


「焼き鳥黙れ」


「うるせぇぞ。こういうことは今のうちにはっきり言っとかねえとまたレティが落ち込むだろ。いいのか?」


「む……」



 レティシアの名前を出されてはデュークの方が分が悪い。

 知った風な口を利くエアリスにムッとしてるようだが、デュークはそれ以上邪魔をしようとはしなかった。



「いいか、レティ。最高神も運命の女神もお前のせいじゃねえって言ってたんだろうが」


「だけど……」


「だけどじゃねえ!」



 エアリスはビシッと羽をレティシアに突きつけた。



「お前は悪くない! それでもお前が悪いって言うなら、そいつをこの問題の責任者に突き出して直接説明してもらえばいいだろ!」


「……ちなみに責任者って?」


「最高神と運命の女神に決まってんだろ!」



 一欠片の迷いのないエアリスの目を見て、レティシアは頭痛を覚えた。



「神様が簡単に人前に出てくるわけないじゃない」



 レティシアは時々呼び出されているが、あくまで最高神の加護を持っていればこそ。

 普通の人間は神の声を聞くのも難しいのだ。



「それは神々の事情だろうが。そのせいでレティは死ねばよかったなんてふざけた言葉吐かれたんだぞ。なんの事情も知らねえクソガキが、知った風な口で俺様の相棒に暴言吐いたんだから、天罰でもくれてやるべきだろ! そう思うよな、小僧!?」


「焼き鳥と意見が一致するのは不快だけど、俺もそう思う。でも、天罰下す前に俺が下したい」



 ギラリと光った剣呑な目は、殺意に満ちあふれている。

 やばい、このままではロドニーにがやられる。



「おらおら、どっかで聞いてんだろう! レティが誰かさんのせいで泣いてんぞ! そのせいでおたくの愛し子まで悲しんでんぞー、闇の女神様よぉー」


「エアリス、さすがにその口の利き方はマズいと思うんだけど……」



 まるで破落戸のような口調だ。しかも相手は神々。

 これが聖獣とは世も末である。

 などとエアリスの言葉に意識が向いていると、外で悲鳴やどよめきが起きているのに気がついた。



「え、なに?」



 レティシアは確認すべく部屋のカーテンを開けると、まだ昼間だというのに外がだんだんと暗くなっていく。

 そのせいで何事かと外を歩いている人達が空を見上げては、恐怖におののいていた。



「は? え?」



 まるで昼の明るさを呑み込むようにして闇が深まっていく。

 自然現象で片付けていい状況ではないのはすぐに分かり、レティシアは焦りをにじませる。



「ちょちょちょ、これかなりヤバいんじゃあ」


「あれ? やりすぎたか?」



 先ほどまで神々に喧嘩腰だったエアリスは急にトーンダウンし、遠い目で外を眺めている。



「エアリス! なにしてくれてんの! これって確実に闇の女神様がやらかしてるじゃない!」


「いや、俺様はちょっとぐらいロドニーとかいうやつにお仕置きしてくれればなーと」


「お仕置きどころか消されるってば! どうするの!?」


「そんなこと俺様に言われても、闇の女神が加護を与えてるのは小僧だし……」



 レティシアとエアリスはぱっと振り返りデュークを見つめる。



「デューク、自分は悲しくないから大丈夫だって言ってくれる?」


「どうして? それに、大丈夫なんかじゃない。レティが悲しいと俺も悲しい」



 その瞬間、外を覆う闇の気配がさらに深まる。

 


「うきゃあぁ! 待って待って、闇の女神様!」



 あたふたするレティシアは、もはや落ち込んでいる暇などない。

 そこへとどめとばかりにエアリスが放つ。



「ほら、レティがあいつに気を取られて落ち込んでばかりいると、小僧も悲しんで世界も大混乱に陥るぞー」


「いや、誰のせいだと思ってんの!」



 鋭いツッコミを入れるレティシアは、「最高神様、なんとかしてください!」と叫んでいるが、まったく反応がない。



「くっ、最高神様は闇の女神様に頭が上がらないんだった……!」



 頭を抱えるレティシアに、デュークが心配そうに寄ってくる。

 そこれエアリスから助け船が出された。



「おい、小僧、レティが困ってるからそろそろ許してやれ」


「許すって?」



 まだ、神々のことや加護について話していないので、デュークは一人だけ話しについていけていない。

 己の言動が今の大混乱を引き起こしていることも、繋がっていないだろう。 



「空に向かって、自分は大丈夫ですって伝えてくれればいいの」 


「でも、レティが……」


「私は大丈夫。元気になったから!」 


「あいつのせいで悲しんでいない?」


「うん! 元気! もうなに言われたのかも忘れた!」



 食い気味に前のめりになりながら力いっぱい返事をすると、デュークははにかんだ。



「そっか、よかった」 


「こっちは全然よくないから、とりあえず大丈夫って伝えてくれる?」



 早くしなければ大騒ぎになる。

 いや、すでに大騒ぎになっているが、完全な闇に包まれる前になんとかしなければもっと混乱する。



「分かった。俺はもう大丈夫です?」



 こてんと首をかしげて疑問形なのは、今なにが起こっているか理解できていないからだろう。

 恐らく世界中で、原因を把握しているのはレティシアとエアリスだけである。



「だそうですから、落ち着いてください~!」



 レティシアは外に向かって叫んだ。

 部屋にはエアリスが張った遮断結界が張られているが、神々にそんなものは意味をなさない。

 レティシアの声もデュークの声も、外にいる人には聞こえていなくとも、神々にはしっかり聞こえているはずだ。


 案の定、まるで突風で一気に流されるようにして闇は消えていき、元の昼間の明るさに戻った。

 まだしばらく外は騒がしかったが、レティシアはほっと息を吐きベッドに倒れ込んだ。 



「なんかどっと疲れた……」


「レティがさっさと切り替えねえからだぞ。悪いのはアカシトロビアだ。そこんところ勘違いすんなよ。レティが望んだんじゃない。やつらが昔から自分本位の行動しかしないのは、お前が一番よく知ってるだろう?」



 口は悪いがエアリスなりに慰めてくれているらしい。



「確かに、そうだけど……」


「もう気にすんじゃねえぞ」


「はいはい、分かりました。また闇の女神様が出張ってきたら寿命が縮こまるわ。最高神様は役に立たなそうだし」



 自分の奥さんだというのに、暴走を止められていないではないか。

 神々は下界にあまり干渉できないという決まりはどこへいったのか。


 闇の女神がすると言えば誰も止められないのは知っていたが、デュークがいるだけでこんな風に干渉してくるとは思わなかった。

 完全に予想外の出来事で、レティシアもエアリスもびっくりた。



「デュークも闇の女神様も取り扱い注意ね」


「そう思うならレティがしっかりしとけ」


「はあ~……」



 レティシアはそれはもう深いため息を吐いた。

 ロドニーのことも村のことも簡単に忘れられるものではないが、どうやらそちらを気にする余裕はないらしい。


 レティシアが落ち込めばデュークが悲しみ、そして闇の女神がここぞとばかりに猛威を振るう。

 最高神様は役に立たないようなのでいつまでも落ち込んではいられないようだ。



「落ち込むのは、最高神達が隠しているなにかの理由を聞いてからでも遅くないだろ? なんせ最高神は、むしろ彼られを救ったって言ってたんだろう?」


「うん。意味は教えてくれなかったけど」


「なら、保留だ。なんも知らねえやつの言葉は放置が一番だ。あの暴言男より神々の方が真実を知ってるんだからな」


「そうね……」



 考えても分からない以上、割り切れと、そういうことなのだろう。

 はたして最高神が本当の意味を教えてくれるかどうか分からないが。


 レティシアはまたも息を吐き、ぐちゃぐちゃになった感情を落ち着かせる。

 そして、パンッと頬を叩いてい気合いを入れると、身が引き締まる気分なった。

 今は考えても仕方ないことは考えるのをやめよう。



「デューク、サンドイッチくれる?」



 レティシアはデュークに向けて微笑んだ。








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