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2話 大魔導師の記憶

 大魔導師とは人々が敬意を込めて勝手に呼び出した敬称のようなものだ。


 本当の名前はレティシアという。


 レティシアは、ゆっくりと目を開け、身を起こす。

 周囲を見回すと、そこはどこまでも続く草原だった。



「こ、こは……」



 草原の中で座り込むレティシアは、現在自分がどのような状況に置かれているのか把握できないでいる。

 ただ、ずいぶんと長い間眠っていた直後のような、ぼうっとした感覚が残っていた。



「あれ? 私は確か……」



 そう。確か、邪龍と戦ったのだと、朧気に思い出す。

 そんな自分が何故こんなところに寝っ転がっていたのか、レティシアはしばらく考えてもいまいち状況が呑み込めなかった。



「どういうこと? 私、死んだ……よね? ここどこ?」


「ここは夢の中だよー。君と話をするには夢を介して話すのが一番だからねー」



 と、なんとも軽い調子の声が聞こえてきて、レティシアははっとして振り返る。

 するとそこには、プラチナブロンドの長い髪をなびかせた男性が立っていた。


 中性的で線の細い美しい容姿を持った男性は、初めて見た者ならしばらく見惚れて夢心地に陥ってしまうほどに神々しく、圧倒的な存在感を発していた。

 レティシアの淡いピンク色の髪よりずっと濃いピンク色の瞳が、レティシアをにこやかに見つめている。



「うわ、出た」



 レティシアは反射的にひれ伏してしまいそうな男性を見ても、喜ぶどころか毛虫でも見つけたように顔を歪めた。



「いやいや、そんな嫌そうにしないでよー。傷つくなー」


「その間延びした話し方がうざい。無理。消えて」


「ぐはっ、辛辣すぎる……」



 男性は胸を押さえシクシクと目元を拭うが、涙は一切出ていない。

 完全な嘘泣きである。

 せめてもっと演技力を磨いて出直してこいと冷たい眼差しを向けるレティシアに、突然大量の情報が一気に頭に流れ込んでくる。



「くっ……」



 あまりの情報量に一瞬気が遠のくように頭がくらりとしたが、すぐに治った。

 走馬灯を見た感覚に陥ったレティシアは、次の瞬間には目の前の男性を怒鳴り散らす。



「ちょっと待って、どういうこと!? 私、邪竜との戦いで死んだよね? なのにどうしてこんなところにいるの!」



 立ち上がり、男性の胸倉を掴みにかかりたいのに、体は地面に縫い留められたように動かない。



「最高神様! ちゃんと説明して!」



 この世界を作った創造神であり、神々の頂点に立つ最高神。

 それが、レティシアの目の前でへらへらと笑っている男性の正体だ。

 レティシアに唯一の光の加護を与えた存在。

 そして、邪龍を倒すように依頼をした張本人でもある。



「だって私、最後に結界を張って、それで意識が遠のいて……。そうだ。最後に願いがないかって聞かれたから平凡に暮らしたいとかなんとか言ったの」



 レティシアは一つ一つ思い出すように声に出していく。

 そして、思い出したくはないことを思い出してしまった。



「って、全然平凡じゃないでしょう! めちゃくちゃ監禁されてたんですけどぉぉ!」



 レティシアと、生まれ変わってからの自分の意識とが合致する。

 それは生まれ変わったそれまでの自分が消えたわけではなく、忘れていたものを取り戻した感覚が近い。



「全然お願い聞いてくれてないってどういうこと? ご褒美は? 運命の女神様が名に誓ったはずでしょう?」



 不満を爆発させるレティシアに、最高神は「えへっ」とかわいらしく笑った。



「そんなんで誤魔化されるかー!」



 最高神の笑顔は常人ならばすべてを許してしまうほどの威力を持っていたが、レティシアにそんな小細工は効かない。

 むしろ火に油を注ぐだけである。



「ごめんってばー」


「ごめんで済むかっ」



 謝るにしても、そんな軽い調子で謝られても許せるはずがない。

 まあ、真剣に謝られても許せる問題ではないが。

 興奮がおさまらないレティシアは、地面をダンダンと叩く。



「意味が分からない。どうなったの? 私はちゃんと生まれ変わったのよね?」



 レティシアの中には確かに生まれ変わってからの記憶が存在していた。

 それが夢でしたと言われたら、目の前の創造神の首を絞める自信しかない。



「うん。ちゃんと生まれ変わらせたよ。まあ、最後の結界を張るために生命力まで使ったせいで魂の疲弊が大きくてね。魂の回復に少し時間がかかったけど、君の望んだ平凡な農家の娘に生まれ変わらせた」


「時間がかかったってどれくらい?」



 神は人間なら気の遠くなるような時間を生きている。

 そんな神が少し時間がかかったというのだから、レティシアの思う『少し』とはわけが違うのは間違いない。

 聞くのが恐ろしくなってきた。



「ちょうど三百年かな」


「は? 三百年!?」



 予想以上の時間が経っていると知って、レティシアは目を剥いた。



「そんなに時間が経っているなんて……」



 レティシアが一番に思ったのは、前世でともに戦った仲間達のことだ。

 魔導師の中には長命種の種族もいたが、人間の方が多くいた。

 人間が三百年も生きているはずがない。

 仲間と会うことは叶わないだろう。


 そう思うと、大事ななくしものをしたように、胸にぽっかりと穴が開いた気がした。

 しかし今は、襲ってくる喪失感を気にしている場合ではない。



「私が村で過ごしてきた記憶は間違いないのよね?」


「ああ。夢じゃない。現実だ」


「そう……」



 自分の記憶は夢ではなかったと分かりほっとするレティシアだが、それで納得いくわけではない。



「なら今の状況は? まったく平凡じゃないどころか、真反対にいるんですけど!?」


「いや、うん。だよねー」



 最高神は困ったように頬を指で掻く。



「運命の女神様はお願いを聞いてくれなかったの?」



 レティシアの知る運命の女神は、そのような嘘を吐くような神ではなかった。

 それに、名に誓った以上は、きちんとするはず。

 だからこそ、レティシアは不思議でならない。



「いや、彼女はきちんとするつもりだったよ」



 過去形の時点で、思う通りにいかなかったと告げているようなものだ。

 けれど、理由を聞くまではと、口を挟みたいのをぐっとこらえてレティシアは耳を傾ける。



「レティシアの最後の願い通り平凡な家庭の子供に生まれるように整え、邪竜の転生体とも出会うように運命を紡いだまでは問題なかったんだ。けど、運命の女神の仕事を覗いていたとあるドジっ子がめちゃくちゃにしちゃったせいで、せっかく綺麗に整えた運命が捻じ曲がっちゃって……」



 さすがに最高神として責任を感じているのか、申し訳なさそうな顔をする。



「ドジっ子……」


「そう、ドジっ子」



 レティシアは地面に両手をついて肩を震わせる。



「あいつかぁぁぁ」



 レティシアは息が続くかぎり吐き出して嘆いた。

 そこには当然怒りも含まれている。


 最高神が『ドジっ子』と呼ぶのは、レティシアの知る限りではただ一人。

 他の神々からも同じように呼ばれている、見た目は小さな少女の姿をした女神だ。



「本来なら、君と邪竜の生まれ変わりは、小さく穏やかな村で出会い、穏やかに暮らしていけるはずだったんだよねー。なんかごめんね~、あの子も悪気はないんだよ」



 まったく誠意の見えない軽い謝罪に、レティシアの怒りのボルテージはどんどん上がっていく。



「諸悪の根源は当然謝りにきてるんでしょう? どこ?」



 じっとりとした眼差しを向けるレティシアに、最高神は言いづらそうに切り出す。



「いやぁ、それが……。レティシアに怒られるのが怖くて、大地の神とバカンスに行っちゃった」


「ああん?」



 どすの利いた声で聞き返すレティシアに青筋が浮かぶ。



「とりあえず落ちつこう。終わったことを言っても仕方ないし」


「仕方ない!?」



 そんな言葉で済む問題ではない。

 レティシアの怒りと非難のこもった眼差しに最高神は冷や汗をかいているが、神々のトップとして監督不行き届きで同罪である。

 殺気すら感じさせるレティシアに、最高神は視線を泳がせた。



「あー、もう時間がなさそうだからさっさと本題に入っちゃうね」



 無理やり会話をぶった切ってきた最高神を睨みつけるが、続く内容にレティシアは怒りをぶつけようとしてできなかった。



「実はさ、獣人の国がまた邪竜を作ろうとしているみたいなんだ」


「は?」



 命を懸けて邪竜と戦ったレティシアとしては聞き捨てならない言葉だ。



「だから、邪竜にされてしまう前に探して保護してあげてね」


「獣人っていってもどこの?」



 獣人の国と言っても、人間の国がたくさんあるように、獣人の国も大小いくつも存在する。

 勢力が現在どうなっているかまでは分からないが、一つに統合されることはないだろう。



「アカシトロビア」



 その名を聞いたレティシアは息を呑んだ。



「まだ残ってたのね……」



 その国は、世界に混乱と絶望をもたらした邪竜が生まれるきっかけを作った憎むべき国だからである。

 いや、邪竜そのものを作り出したといってもいい。



「とっとと滅ぼしておくんだった」



 冗談ではなく本気で後悔するレティシアに、最高神はドン引きしている。



「顔が邪悪すぎて冗談に聞こえないよー」


「冗談じゃないし」


「なお悪いから」


「あの国のせいでどれだけの国と命が失われたか、最高神様が一番分かってるでしょう?」


「それを言われると辛いんだよなー」



 苦笑する最高神こそが、レティシアに邪竜を討伐せよと頼んできたのだから知らないわけがない。



「……おっと、そろそろ時間みたいだ」



 急激に周囲の景色が歪み霞がかっていく。



「なにがあっても対処できるように、魔導書を渡しておくよ。それとこれも一緒に」



 創造神の手のひらに発光する丸い塊が浮いている。

 それがすっとレティシアに向かってくると、胸の中に入り吸収された。



「平凡な人生を送るなら不都合だろうと預かっていた君の魔力だ」



 それまでにない強い力を己の中に感じる。

 けれどそれはとても馴染み深く、元から持っていたように違和感はない。



「じゃあ、頼んだよ。闇の女神も邪竜の生まれ変わりを気にしていたから早く助けてあげてくれ」


「その前に最高神様を一発殴らせてほしいんですけど」


「はっはっはっ。さらばだ!」



 逃げるように最高神が消えると、見渡す限りの草原も消え失せた。

 そして、レティシアは、牢獄のような部屋で目を覚ます。





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