28話 生き残り
宿へ帰る道すがら、行く先々で情報を仕入れる。
それはもちろん魔導師学校の試験に関するものだ。
それによると、実技と筆記の二つがあるらしい。
実技は恐らく魔法の適正だろう。
これについては問題ないと自負しているが、デュークが怪しい。
自分が闇属性を持っていることすら気づいていなかったぐらい、魔法を知らずにこれまで生きてきたようなので、訓練が必要かもしれない。
受験日は三日後なので、かなりの突貫となるかもしれないが、アカシトロビアからこの千年王国に来るまでの間に、エアリスが叩き込んでいた。
やはり加護を持っているからか、デュークの魔法センスはかなりのもので、教えてから身につけるまでが早い。
十分間に合うだろう。
「問題は筆記だけど、こればっかりは誰も教えてくれないのよねぇ」
うーんと唸るレティシア。
「少なくとも神聖文字ってのは出てくるんじゃねえ?」
エアリスが口にする『神聖文字』は、昔魔導師が主に使っていた言語だ。
今や共通語が主流になっている現世において、神聖文字の習得は困難を極めるという。
一朝一夕で理解できるものではないが、レティシアは前世において一般言語として使用していたし、最高神の加護を持つレティシアに理解できない文字も言葉もない。
それは闇の女神の加護を持つデュークも同じなので、それについて勉強する必要はないのは幸いだった。
「珍しく最高神様がいい仕事したわよね」
「おうおう、まったくだな」
最高神に対して言葉遣いが悪いのは今に始まったことではない。
最高神も気にする性格ではない上、レティシアは自らが加護を与えた大事な子なので、寵愛するレティシアに対しては甘いところがある。
まあ、その反面、やはり神々の頂点に立つ存在だなと思わせる傲慢さを見せる時もあるのだが。
そしてその被害をこれまで被ってきたレティシアからしたら、言葉遣いぐらいでガタガタ言うなという気持ちである。
それを知ってか知らずか、これまで注意を受けたことはないので、これまでと変わらず言いたい放題するつもりだ。
無理難題を押しつけられてきたレティシアには、その権利がある気がする。
「神聖文字は大丈夫として、他に筆記でどんな試験が出るか調べないとね。とりあえず図書館に行ってみる?」
「うん」
「ま、それが一番手っ取り早いだろうな」
「そうと決まれば行くぞー」
気合いを入れて腕を上げたその時、レティシアの肩を誰かが掴み、後ろに勢いよく引かれる。
「きゃあ!」
身構える隙もあったものではなかったので、後ろに転びそうになったが、そこはすかさずデュークがレティシアを受け止めた。
そして、反射的に短剣を構え、戦闘態勢に入った。
一瞬の出来事に目を瞬かせるレティシアは、驚きながら後ろを振り返った。
すると、そこには眉の横に大きな傷跡を残した、同年代の男が憎々しげに歪んだ形相で立っていた。
「えっと、誰?」
不思議と覚えのある懐かしさがよぎるものの、誰だか分からない。
「誰だと? よくそんなことが言えたな」
静かに怒りを滲ませる男に、レティシアは困惑した。
「そう言われても……」
そもそも急に他人の肩を掴んで引っ張るとはどういう了見なのだろうか。
危害を加えようとさていると判断して、デュークが警戒態勢のままでいるのは無理もない。
しかし、町中で剣を抜くのはよろしくないと、レティシアはまずはデュークを制した。
「デューク、大丈夫だから剣をしまって」
「……分かった」
不本意そうにしつつ、レティシアの指示に従う。
体勢を整えたレティシアは、正面から男に向かい合い、まじまじと顔を観察する。
「どちら様ですか? 誰かと勘違いしてません?」
レティシアの故郷であるココンの村は、カシュによって村も人もめちゃくちゃにされた。
まだ脳裏をよぎるその時の悲惨な光景が消えてはくれない。
そんなすべてをなくしたレティシアが、人違いをされていると思うのは仕方がないことで、疑ってすらいない。
しかし、次に男が発した言葉にレティシアは目を見開く。
「俺はロドニーだ。レティシア」
「……ロ、ドニー?」
驚きを通り越して上手く言葉にならないが、忘れたりなどしていない。
いや、一時期は村の人達を殺されたショックで記憶をなくしていたが、今はしっかり思い出している。
ロドニーは、レティシアと同い年のココンの村の住人だ。
なぜここにいるのかという疑問と同時に浮かんできた記憶がレティシアを納得させる。
村が襲われたことを思い出した時、最高神は言っていたではないか。
『全員が亡くなったわけじゃない。助かった者も何人かいる』
そう、確かに聞いた。
ロドニーはその生き残りなのだろう。
レティシアは実際に生き残った人を目の当たりにし、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「ロドニー、生きてたのね! よかった」
嬉しさでいっぱいになりながら手を差し伸べるも、その手は無情にも乾いた音を立てて振り払われる。
パシンと、強く叩かれた手の痛みを感じなかったのは、ロドニーが怒りに染まった瞳でレティシアを睨みつけていたからだ。
「なにがよかっただ! どこもよくねえよ! 誰のせいだと思ってるんだよ。お前の……お前のせいで皆死んだぞ! お前のおじさんもおばさんも、村長も、それに親父もリリーも死んだ。全部お前のせいだ!」
「あ……」
その鋭利な刃物のような言葉は、レティシアの心を深く抉った。
分かっている。自分のせいで村皆を巻き込んだのだと。
最高神も運命の女神もレティシアのせいではないと慰めてくれたが、どうしたってレティシアは自分のせいだと思ってしまう。
胸の奥にくすぶった思いを、改めて突きつけられた。
他でもない被害者であるロドニーから言われたからこそ、レティシアの胸は悲鳴を上げて痛んだ。
いや、痛いのはロドニーの方だ。
ロドニーはなにも悪くはない。ただ巻き込まれただけ。
彼にはレティシアを責める権利がある。
「お前なんてとっとと死んでればよかったんだよ! なんでお前が生きてて親父やリリーは死んじゃったんだよ!」
「ご、ごめん、なさい……」
口の中が乾き、上手く言葉が出てこない。
擦れた謝罪を聞いてもロドニーの憎々しげな表情は変わらず、むしろ拍車をかける結果となる。
「謝ってすむわけないだろ!」
「ごめんなさい」
レティシアには謝るしかできない。
時間を巻き戻す術があるなら、命だって喜んで差し出すのに、そんな魔法は魔導書にすら載っていなかった。
自分に泣く権利はないと必死で涙をこらえるレティシア見て、デュークは低い声を発する。
「こいつ殺していいか?」
「おう、やっちまえ。俺様が許す」
目を細めて睨むエアリスも、レティシアを罵倒され冷静さを欠いていた。
冷静であっても、これだけ相棒を罵られればデュークが手を下す前に自ら突っ込んでいっただろう。
デュークが再度短剣の柄に手を置いた瞬間、レティシアの弱々しい声が響く。
「デューク、やめて……」
震える声は必死で色々な感情を抑えているように感じる。
「けど、レティ!」
「だめ」
大事なレティシアを傷つける者を許せるはずはないが、なによりレティシア自身がそれを望んでいない。
デュークは悔しそうに柄から手を離すと、その間にロドニーは背を向けて走り去っていくのが見えた。
「あんにゃろ」
エアリスが弾かれたように追いかけようとしたが、それもまたレティシアの言葉によって止められる。
「いいの、エアリス。私は大丈夫だから」
「けど!」
「ロドニーが怒るのも、私を憎むのも仕方ないの。だから、なにもしないで……」
顔色が真っ青なレティシア見て、デュークは横抱きにすると急いで宿を目指して走った。