26話 受験に向けて
宿での騒動から一夜明け、宿の店主から、近々この国にある魔導師を育成するための学校の受験が控えていると聞いて、レティシアは勢いとノリで受験することを決めた。
レティシアが決めたら以上、レティシアに依存し始めているデュークが否を突きつけるはずがなかった。
レティシアが行きたいと意思を伝えれば、食い気味で自分も学校へ行くと口にする。
レティシアを中心に回りつつあるデュークに危機感を持ちつつも、最初に会った頃の生きているのか死んでいるのか分からない諦めきった表情はもはや片鱗もない。
今も朝食のソーセージを巡って、エアリスと取り合いっこをしている。
「一個ぐらいよこせ」
「黙れ焼き鳥」
それぞれくちばしとフォークを使い、目にもとまらぬ早さで戦っている。
レティシアは朝から元気だなとのんびり眺めながら焼きたてのパンを頬張った。
エアリスは最高神から与えられた魔導書からレティシアが作り出した聖獣だ。
本来は立派な尾羽を持った神々しく優美な鳥の姿をしているが、いかんせん目立つ。
今はレティシアの命令で丸々でもふもふした白い小鳥の姿を取っている。
力もそれに伴い抑えており、それはこのイリスフィア、通称・千年王国は前世の仲間が創った国だからだ。
仲間の中には邪竜討伐のご褒美として、最高神により時を止めてもらった者達がいるらしい。
デュークからの情報で知り得たのは、現国王のラディオ・ヘイヴンと王妃のフローレンス・ヘイヴンは、邪竜が討伐されてから二百年経った今なお生き続けているということ。
世界にはエルフのように長命な種族も存在するが、二人は普通の人間だ。
魔力を持つ者はない者より長生きするとはいえ、二百年生き続けられるものではない。
少なくともその二人は今後も会える可能性があるが、レティシアは特に名乗り出るつもりはなかった。
レティシアはもはや大魔導師ではなくただのレティシアなのだ。
下手に自分が表に出ることでいらぬ面倒や騒ぎが起きるのをよしとしていなかった。
もうそれぞれの道を歩んでいるのに、邪魔をするような真似をしたくはない。
レティシアとて、今さら大魔導師と祭り上げられるのはごめんである。
それに、大魔導師の生まれ変わりだと知られることで、その昔世界を滅ぼしかけた邪竜の生まれ変わりであるデュークの存在が明るみに出るのは、大魔導師の存在以上に知られてはならない。
生じる混乱は考えるまでもないだろう。
今はひっそりと、表に出ずに慎ましやかに暮らすのだ。
ぐっと拳を握り決意を新たにするレティシアは、騒がしくも楽しそうに喧嘩をしながら食事をするデュークとエアリスに声をかけた。
「はいはい、喧嘩はそこまでね」
パンパンと手を叩くと、ぴたりとデュークとエアリスの動きが止まる。
「とりあえず食事が終わったら学校へ行ってみましょう。宿のおじさんによると学校で受験の申請をしてるみたいだから」
「うん」
「魔導師の学校っつっても、レティシアはまだしもこいつは大丈夫か?」
エアリスは目を細めてデュークを見た。
そうすればデュークもまた睨み返し、二人の間に見えない火花が静かに散る。
「どういう試験かにもよるわよね」
魔導師についての知識ならレティシアの右に出る者がいるはずがない。
なにせかつて大魔導師と呼ばれた世界の英雄なのだから。
とはいえ、それも二百年前の話である。
今、魔導師のレベルがどれほどのものなのか、田舎で生まれ育ち、その後はアカシトロビアの獣人、カシュによって監禁状態にあったレティシアが知るはずもない。
「宿の設備を見るとかなり魔法の技術は進んでるみたい」
魔力を持たない者でも、お湯を出してお風呂に入れ、スイッチを入れれば灯りが灯る。
魔法が使えるレティシアはそんな設備などなくても苦労しないが、持たない者にとっては革新的な発明品である。
それを備えつけているのが標準装備な宿が普通に転がっているこの国がおかしいのだ。
「過去にどんな試験が行われたか、学校の人に聞いて教えてくれるかな?」
「ダメ元で聞いてみるしかないんじゃないか?」
「それもそうね」
エアリスの言葉に頷きながら、レティシアは最後に残っていたミルクを一気飲みした。
アカシトロビアで監禁されていた頃、満足に食事も運動もしていかなったからか、十六歳という成人にもかかわらず、レティシアの見た目はまだ子供だ。
十二歳ぐらいに間違えられることは珍しくない。
デュークと初めて会った時も、子供呼ばわりされたぐらいである。
栄養価たっぷりのミルクなら、レティシアの身長もきっと伸ばしてくれるに違いないと、期待を込めてレティシアは店員におかわりを要求した。
***
そして、朝食を終えると、店主から聞いた魔導師学校へ向かうレティシア一行。
意気揚々と向かえば、城と見まごうほどの立派な建物と広い敷地にレティシアは圧倒された。
だが、すぐにいい意味での驚きはなりを潜め、真剣な顔つきでレティシアは建物の地面を、いや、そのさらに下に意識を向けた。
「てっきり邪竜の骸は城の方にあると思ってたけど、こっちも酷いわね……。発してる力の量からしてすべてじゃなさそうだけど、一部こっちに持ってきてるわね、これは」
「二百年も経ってるのにえげつねえ力だな」
顔をしかめるレティシアと、射殺さんばかりの嫌悪を向けるエアリスだが、デュークだけがこてんと首をかしげている。
「どうかした?」
「デュークはなんともない? 体調とか」
「うん。レティがいるから」
にこっと笑うデュークは、どこまでが本当か分からない。
しかし、闇の力を抑える光の力を持つレティシアがそばにいるから大丈夫というのは、納得できる理由でもある。
特に、闇の力は感情の変化に大きく左右されるようで、レティシアがそばにいればデュークは大概精神的に落ち着いている。
それもあって、邪竜の骸から発せられる力の影響もさほど受けていないようだ。
とはいえ……。
「ねえ、エアリス。ここに通って大丈夫だと思う? 四六時中一緒にいられるとも限らないし、私がそばにいなかったら暴走しちゃわない?」
「一理ある。というか大ありだ。けど、レティはここに通いたいんだろ?」
「そうだけど、世界を危険にさらしてまではねぇ」
レティシアは困ったと眉尻を下げる。
念願の学校に通えたはいいが、それでデュークが暴走しました。世界存亡の危機です。では、リスクが高すぎる。
「しゃーねえな。俺様に任せとけ」
「なにするの?」
レティシアの肩に止まっていたエアリスは、パタパタと飛んでデュークの前に移動した。
「おい、小僧」
小僧呼ばわりされたデュークは、素早く懐から小刀を取り出してエアリスを切りつけた。
が、あらかじめ張っていたらしい結界にあっさりと防がれている。
その攻撃はもはや反射的な行動のように思う。
どれだけエアリスを嫌っているのやら、ちっと舌打ちするデュークを見てレティシアは苦笑する。
エアリスの強さは作ったレティシアが誰よりしっているので、どれだけ攻撃しようが構わないが、それを他人にやられるのは非常に困る。
「デューク、エアリスにはいいけど、他の人に安易に攻撃しちゃ駄目だからね」
内容はかなり危険なものだが、レティシアの話し方はなんとも呑気そのものだった。
デュークならちゃんと言いつけは守ると信用してのことで、実際にデュークはレティシアにはしおらしく頷く。
その直後、エアリスには情の一欠片もない眼差しで睨んだが。
「けけけっ、怒られてやんの~」
「黙れ焼き鳥」
「お前さあ、今後もレティと一緒にいたいか?」
エアリスの唐突な質問に、それまで敵意しか向けていなかったデュークの感情が揺れる。
「当然だ」
「なら、意地でも力を抑えろ。あの学校から感じる力をお前はなにより感じているだろう?」
「…………」
返答に迷っているのは、エアリスの言う通り邪竜の骸から発せられる力を感じているからなのだろう。
レティシアが気づくのだからデュークが気づかぬはずはない。
なにせ、かつてのアカシトロビアによって歪まされたあの力は、元々闇の女神から与えられた特別な力なのだから。
あの力をこれほど敏感に感じ取れるのは、きっとレティシアとデュークだけだろう。
「もしお前があの力に引っ張られるようなら、即刻この国を出て行かないといけなくなる。レティの望んだ学校には行けない。お前の気合い次第でレティの望みが叶うかかかってんだぞ。どうする?」
デュークははっとしてレティシアと学校とを交互に見る。
そもそも気合いでどうにかなるものなのかというツッコミは置いておく。
エアリスなりになにか考えてのことだろう。
デュークは、わずかな間考え込んでから、決意を込めた強い眼差しをエアリスに向けた。
「やる。レティが願いを俺のせいで邪魔したくない」
「デューク、邪魔だなんて思ってないからね」
無理をされる方が後々大変なことになりかねない。しかし、レティシアを置いてエアリスはサクサク話を進めていく。
「おっしゃ、その言葉忘れんなよ。念のため、もしレティがお前のそばにいられない時は俺様がそばにいる。文句言うなよ、それがレティのためだ」
そばにいると言われた瞬間嫌そうな顔をしたデュークだが、『レティのため』という言葉は、デュークにとって大きな影響を与えた。
「分かった。ムカつくけどレティのためだから」
「不本意そうな顔すんじゃねぇよ。俺様だって同じなんだからな。でも、俺様もお前も、レティのためって意見は一致してる。そうだろう?」
静かに頷いたデュークを見て、けけけっと笑うエアリスは、すでにレティシア以上に彼の扱いを心得ているらしい。
「お前が暴走しそうになったら俺様が助かれやるよ。ありがたく思えよ、小僧」
「うるさい、焼き鳥風情が」
ムッとした顔で言い合いつつ、なんだかんだ話は解決したようだ。
「本当に大丈夫なの?」
「俺様がいるから大丈夫だって。聖獣様だぞ」
「まあ、確かにそうだけど」
レティシアからしたら、エアリスがデュークのそばにいてくれるのは非常に助かる。
学校に通いたいが、離れてしまったらその間のデュークの様子が気になって授業どころではなくなりそうだから。
「俺様が責任持って見といてやるから、レティは好きなことやれよ。せっかく生まれ変わって好きなことができるようになったんだからな」
エアリスは知っている。
前世でレティシアが、なによりも普通の幸せを願っていたことを。
家族は奪われてしまったが、まだたくさんの普通の幸せが残っている。
「うん」
レティシアは泣きそうになりながら小さく笑った。
「そんじゃ、受付しに行こうぜ~」
パタパタと飛んでレティシアの肩に落ち着くエアリスの声に従い、学校の校門を目指した。