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21話 ギルドへ


 辺鄙な村で育ったレティシアにとって、イリスフィアという国はまさに都会だった。

 門を入ってすぐの大通りはしっかりと舗装されており、歩きにくさはまったく感じない。

 そして、ざっと見渡しただけで確認できる人の数を見ても、レティシアが生まれ育った村の総人口を軽く凌駕している。

 いったいどれだけの人が暮らしているのだろうか、想像もできない。

 街並みは整い、活気のある声がいたるところから飛び交ってきて、レティシアの心を浮足立たせる。



「ふあぁ、すごい……。ここがイリスフィア」



 かつて大魔導師だったレティシアが邪竜と戦った場所。



「最後に見たのは荒廃とした土地だったのに、ここまで発展させるなんて……」



 レティシアの記憶に残っているのは、邪竜に荒らされ誰も住めなくなった荒れ果てた地だった。

 けれど、レティシアの目に入ってくる光景は、そんな戦いの名残をまったく感じさせないほど美しい町だった。

 悲しみに溢れていた場所が、たくさんの人々の笑顔で溢れている。


 レティシアが、いや、当時邪竜と戦った者達すべてが望んだ光景だ。

 ここまでするのにどれだけの苦労があったのだろうか。

 その過程を見られなかったのが悔しくもある。

 門番は治安がいいといったが、その通り雰囲気は明るい。



「おっと、感動している場合じゃなかった」



 過去を知っているからこそ思わず感傷に浸っていたが、慌ててデュークを振り返る。

 影響を受けて、せっかくこの綺麗な町をまた失わせるわけにはいかない。



「デューク、調子はどう? どこか変な感じはしない?」



 デュークは考え込むように首を傾けてから、ぶんぶんと横に振った。



「ううん、問題ないみたい。なんでだろ?」



 デューク自身は分からないようだが、レティシアとエアリスは違う。



「邪竜の影響を受けないか心配だったけど大丈夫そうね」


「きっとレティがいるからだろ。問題はレティと離れた時だと思うぞ」


「ずっとそばにはいられないだろうし、対策を考えないとね」


「早めにな」


「うん」



 とりあえずは問題がなさそうでほっとするレティシア。

 もし、少しでも変調があればすぐに離れなければならないのだから、デュークの力が安定しているのは幸いだった。

 まずは第一段階を突破したと考えていいのかもしれない。



「じゃあ、ギルドの方に行ってみようか」


「うん」



 手を繋いだままデュークとともに大通りを歩いていくと、中心地となる広場に着いた。

 そこにはこれでもかとばかりに大きな象が目立つように立っている。

 ローブを着た少女で、手には本、肩には尾羽が長い鳥が止まっていた。

 ただの石造りの像ではなく、宝石をふんだんに使いなんとも煌びやかに装飾までされているではないか。



「ねえ、エアリス。まさかよね?」


「俺様はすでに嫌な予感がしているぞ」



 なによりも目立つその像は待ち合わせ場所としてよく使われるのか、特に人が多く集まっている。

 レティシアは恐る恐る近づき、象の足元にあったプレートの文字を読んだ。



「大魔導師が創りし千年王国……」


「おう、嫌な予感が的中だな」



 レティシアは呆然としながら他の建物にも負けず劣らずの大きさの像を見上げる。



「いや、誰っ!?」


「俺様はいい感じに作ってるじゃないか」



 ふふんと悦に入っているエアリスをじっとりと見るレティシアは正気かと疑った。



「エアリスは鏡を見た方がいいわよ」


「なんだと?」



 エアリスは失敬なと言わんばかりに羽をパタパタさせて怒りを露わにする。

 だが、事実なので撤回はしない。

 大魔導師というご大層な呼び名をつけられていたが、前世のレティシアも地味で目立たない普通の少女だった。


 そんな少女が、最高神の加護と魔導書を与えられたために持ち上げられていたが、レティシアの前に建つ象のようにキラキラしい容姿ではなかった。

 特に戦いの最後は血と埃と泥にまみれて、綺麗とはいいがたい有様だったのだ。



「いったいどこのどいつがこんなに脚色したの? ぶち壊していいかな?」


「多分そんなことしたら、この国の警備兵に捕まる前に、周りの奴らに袋叩きにされるぞ」



 エアリスの視線が象ではない方を向いていたため、レティシアも同じ方向を見ると、地面に膝をつき大魔導師の像に向かって祈りを捧げている者がいた。

 それも、一人や二人ではない。

 その様子にレティシアは口元を引きつらせた。



「観光名所どころじゃなくなってる」


「もはや一種の信仰の対象だな」


「こんなことになってるなんて……」



 他の仲間達は止めなかったのか。

 いや、象徴となるものがある方が一致団結しやすいと考えたのかもしれない。



 にしても、この像はやり過ぎである。

 宝石などを監視の兵もおかずに置いておいて盗まれたりしないのかと、レティシアの方が心配になってきたが、これだけ信仰されていたら誰も手を出そうなど考えないかと思いつつよくよく見てみると……。



「うわっ、えげつな」



 思わず顔を歪めるレティシアに、デュークはきょとんとし、エアリスはしっかり以心伝心していた。



「おうおう、すんげぇ強力な防御魔法がかかってんじゃん。かけた奴の恐ろしいほどの怨念が見えるみてえ」


「像への悪意やいたずら心で触れたら片腕吹っ飛ぶようになってる……」



 もしかしたら過去、像にいたずらかなにかした者がいるのかもしれない。



「ついでに保存魔法もかかってるなぁ」



 そうなるとかなり昔から置いてのかもしれない。



「レティ、ギルドに行かないの?」



 デュークに声をかけられてようやくレティシアははっとする。



「そうだった。買取もしてもらいたいし早く行かないとね」


「うん」



 像のことはいったん忘れ、本来の目的のためにギルドを目指した。

 広場に隣接するギルドの看板を目がけて少々古ぼけた建物に入った。

 年季が入っているせいか、やや重い木製の扉を押すと、ギィと音を立てて開く。


 冒険者ギルドの知識はレティシアもある程度持っていた。

 なにせレティシアの生まれ育った村では、十五歳で成人を迎えると、腕に覚えのある者は村を出て冒険者ギルドに登録して活動する者が多かったからだ。

 同い年のロドニーは冒険者を目指していたため、ことあるごとにギルドの話を聞かされていたせいで、嫌でも知識を持つことになった。

 あれだけ嫌がって村に残ると言っていたレティシアがこうしてギルドの門を叩いているのだから、なにが役に立つか本当に分からない。



 冒険者ギルドは、当初いくつかの国と種族話し合って作った組織だ。

 どの国にも属さず、捕らわれず、国をまたいで活動できる人材を作ることを目的としている。

 とはいえ、利益なく国が組織の活動を支援するはずもなく、冒険者に加盟していると、ある程度国の活動の協力を望まれる。

 もちろん自由を掲げているので断ることは可能だが、その土地で長く活動しようと思えば協力した方が今後のためにもいいのは明らかだ。

 そして、時には加盟国へ自国にいる冒険者を派遣することもある。

 助けに行くのは加盟している国に限るが、ギルドがない国でもギルドの身分証は使用できるという国は多い。

 それだけギルドの影響力は軽んずることはできず、一つの国とすら言われるほどなのだ。



 ただ、閉鎖的なアカシトロビアは論外だ。

 自分たちこそ至上という考えのアカシトロビアという国が、他国の人間を信用するはずがない。

 なので、アカシトロビアにギルドはないという話だ。もちろん、そんな信用ならない組織が作った身分証など意味はない。

 しかし逆を言えば、アカシトロビアの獣人がギルドを通じて依頼してくることもないということ。

 レティシアとデュークにとっては幸いだろう。



 なので、なんの心配もなくギルドに入ったレティシアは、興味津々に周囲を観察しながら受付に向かう。

 受付はいくつもあり、列ができていた。とりあえず列の最後尾に並ぶが、しばらくかかりそうだ。

 町中を見て歩いて来ただけで分かる、この国の発展した状況を考えれば、人が集まってくるのは必然だ。



 しかも、千年王国の近隣には深い森が広がっており、そこは多くの魔獣が居つき、奥へ入るほど強い魔獣が存在している。

 そんな情報をデュークが教えてくれたのは、その森から出てきてからである。

 散々狩って、食事にしていたあれやこれやの肉や果物は、かなり価値の高いものだと後で知り愕然とした。

 あらかじめ知っていたら食べずに置いていたというのに。


 早く教えてよと嘆くと、デュークは「レティが欲しいなら狩ってくる」と言い、本当に狩ってきた。

 デュークはまだ闇の力を制御しきれていないため、強い魔法は使えないのだが、魔法がなくても強い魔物をあっさりと仕留めてくるのだから、これで魔法を自由自在に操れるようになったらどうなるのかと冷や汗をかくレティシアだった。

 魔力では圧倒できるが、身体能力は今後レティシアがどんなに頑張ってもデュークを越えることはできないだろう。

 デュークが暴走した時のための対処法を考えておこうと心に誓った。

 そうして手に入れた素材を、布袋に入れていたレティシアは、いくらになるだろうかと期待に胸躍らせる。



「むふふふ、どれぐらい値段がつくかなぁ」



 ウキウキとしたご機嫌なレティシアの様子に、デュークも満足そうだ。

 狩ってきたのも解体したのもデュークなので、自分が褒められていると判断したに違いない。

 レティシアは内心の喜びを隠そうともせず、デュークの頭を撫でると、デュークはさらに嬉しそうに微笑んだ。



「お次の方~」


「はーい」



 ようやくレティシア達の順番がきて、カウンターの前に立つ。



「素材の買取お願いします」



 そう言うと、レティシアは布袋から次から次に素材を出していく。

 収納魔法をこんな人の目の多い場所で使うわけにもいかないので、持ち運びしやすい大きさであるが、それ故にそう大きなものは入れられなかった。

 なので、その多くが魔物の体から出てくる魔力の結晶である魔石が多い。

 この魔石は魔法具を作る時などにも使えるため、需要は高いとデュークから教えてもらっていた。

 そんな魔石の中には拳より大きな魔石もあり、受付の女性はぎょっとする。



「ちょちょ、ちょっと待ってください。これはどこで手に入れたんですか?」


「その辺の森で」


「……まさか黎明の森のことではないですよね?」


「そうですけど?」



 レティシアは森の名前までは知らず、これまたデューク情報だ。

 本当にデュークはいろいろなことをよく知っている。

 しかし、森についてはレティシアが知らなすぎているだけだろう。

 実際に、受付の女性から名前がするっと出てくるぐらいだ。


 なのでなんの躊躇いもなく肯定してみれば、女性がバンッとカウンターを叩いた。

 その瞬間デュークが危険を抱き反応してしまった。

 女性を攻撃しようとしたのを間一髪止めるのに成功し安堵していたのだが、そんなことに気づかない女性は怒りも露わにレティシアに説教を始めた。



「なにを考えているんです! あそこは強い魔物もたくさん出て、とても危ない場所なんですよ! あなたのように小さな子が入っていい場所ではありません!」


「あ、でも、狩ったのは私ではなくこっちなので」



 そうレティシアがデュークを指差すと、女性の勢いがなくなり冷静さを取り戻す。



「それを聞いて安心しました。とは言え、危険な森であることに変わりはないんですから軽々しく入らないようにしてください。命がいくつあっても足りませんよ」


「はい」



 守る気はないが、ここはとりあえず肯定しておこうと頷くと、女性は素材の鑑定を始めた。



「くぅ……危ないからできるだけ低値をつけて森には入れさせたくないのに、魔石の質がよすぎる……」



 なんとも悔しそうな女性に、レティシアは好感触を抱いた。

 これはきっと高値がつくに違いない。顔がニマーとしてきて、にやけるのを抑えるのに必死だ。



「で、いくらぐらいになりますか?」



 期待に目を輝かせるレティシアに、受付の女性は深いため息を吐く。

 何故そんな反応なのかとレティシアは首をかしげた。



「素材の買取には、ギルドの登録が必要になります」


「そうなんですね。じゃあ、登録お願いします!」



 もともと登録するつもりでいたのでなにも問題はない、はずだった。

 しかし、受付の女性が申しわけなさそうな顔になる。



「ごめんなさいね、お嬢さん。ギルドを利用できるのは成人してからなの。未成年を危険にさらさないためであってね、だからもし生活に困っているなら教会に行った方がいいわ」


「ここでもか……」



 さすがに連続して続くと、怒りよりあきらめを覚えるというもの。



「私、先日十六歳になったところです!」



 そう訴えればさらに困った顔をされてしまう。



「本当に? 絶対? そうやって嘘の申告で登録しようとする子がいるのよね」



 受付の女性の疑いの眼差し。

 お前絶対年齢詐称してんだろ! という声が今にも聞こえてきそうだ。



「本当に本当です!」


「あのね、登録する魔法具でちゃんと分かるのよ?」



 きょとんとするレティシア。



「魔法具?」


「ええ、そうよ。この国の魔導師が作った魔法具。その人の体の年齢を計るっていう優れものよ。人には誰しもわずかながらに魔力を持っていてね、その魔力の成熟度で年齢を計るの」


「ほえぇ」



 ずいぶんと便利な魔法具があるものだとレティシアは感心する。



「だからね、嘘の申告はすぐにばれるの。分かる?」



 幼い子供に言い聞かせるような女性の言い方に、レティシアもカチンとくる。

 実際に年齢を偽って登録に来る者がいるのだろう。

 だから女性は、未成年は登録できないと教え、ちゃんと仕事をしているだけである。

 だが、レティシアの心は深く傷ついた。



「だーかーらー、私は十六歳だってば!」



 言っても聞かないレティシアにやれやれという女性は、仕方なさそうに登録の準備を始めた。



「たまにいるのよね、言っても聞いてくれない子が」



 完全に疑っている。

 レティシアの見た目なら仕方ないかもしれないが、中には子供に見える大人だっているはずだ。

 決めつけられて気分は最悪である。



「くそぉ……。今は子供みたいな見た目だけど、いつかはボンキュッボンの大人のお姉さんになってやるんだから」


「ボンボンボンにならないように気をつけろよー」


「羽をむしり取るわよ」



 余計な一言が多いエアリスに、レティシアはデコピンした。

 じゃれるようにしただけなので痛みはないはずなのに、「いてっ」とわざと言うあたりが性格が悪い。



「はい、確認するわね」



 女性がカウンターの上に紙を置いた。










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