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20話 大魔導師が残していったもの

 

 ようやくイリスフィア、通称千年王国にたどり着いたレティシアは、王都がよく見える丘の上からそのあまりの大きさと町の美しさにぽかんと口を開けて驚いたまま固まった。



「レティ、口閉じろよー」



 はっと我に返るレティシアは、デュークに詰め寄った。



「え、本当にここが千年王国なの?」



 予想を遥かに超える発展した国に、レティシアは本当にともに戦った友人が作ったとは信じがたかった。



「うん、間違いないよ」



 そう断言するデュークは何故か不思議そうな顔で首をかしげる。



「デューク、どうかしたの?」



「うん……。前に来た時はこの辺りから調子が悪くなったんだけど、今日はなんともないなって」


「力が暴走しそうな感じはなさそうね……」



 デュークの提案で千年王国を目指したはいいものの、もしデュークになにかしらの影響があるのなら引き返して別の国に行くことも考慮していた。

 しかし、今のデュークは特に問題がなさそうに見える。



「変な感じはない?」


「うん」


「じゃあ、一応王都の中に入ってみる?」



 無理そうであればその時点で離れればいい。



「まあ、たぶんあれが原因なんだろうけど……」



 レティシアは王都のすべてを包み込む巨大な結界を目にする。

 それはかつて、邪竜の残した穢れから世界を守るために前世のレティシアが張ったものだ。

 邪竜の骸から発せられる穢れは、千年ものの時間をかけなければ浄化しきれないと、最後に残された生命力もすべて注ぎ込んで作ったものだ。

 邪竜と相打ちしなければ、その後レティシアが浄化していく予定だったが、致命傷を負っていたレティシアにはその時間がなかった。


 その代わりに張った結界だが、デュークによるとその結界により、千年王国自体を守ることに役立っているらしい。

 強力な邪竜の力を外に出さないということは、外からの攻撃にも耐えられるということ。

 建国当初は人も物資も足りない中で、大魔導師の結界があったおかげで外敵から守り、ここまで国が発展することができたという。

 残された仲間が苦労していないかが心配の一つではあったが、それを聞いたレティシアはほっとした。

 仲間にちゃんと残していけるものがあったと喜びを感じる。

 とはいえ、実際目の当たりにして、レティシアは少々頭痛を覚えた。



「デュークの調子が悪くなったのは絶対あれのせいね」


「だな」



 肩に乗るエアリスも迷わず同意した。

 離れたところからでも感じる闇の力――というよりは、穢れ。

 それは邪竜の骸から発せられているものだろう。


 レティシアは邪竜の骸を中心に結界を張った。

 あれから二百年しか経っていないならば、あの王都の中心にはまだ邪竜の骸が存在しているはずだ。

 デュークは恐らくその影響を受けたのだろう。

 レティシアが結界を張っているので、浄化は常にされているが、穢れとして歪まされる前は純粋な闇の力だったものだ。


 邪竜の生まれ変わりであり、闇の女神の加護を持つデュークが影響を受けないはずがない。

 前回は中にまでは入らなかったというので、最悪な結果に繋がらなかったのが幸いだ。

 そして今は大丈夫なのかというのが問題ではあるが、様子を見ていてもいたって普通そう。

 穢れの影響を受けているようでもない。

 レティシアがそばにいるため、レティシアの光の力が相殺しているのだろう。


 それに、ここにたどり着くまでの間に、デュークにはある程度魔力の制御の仕方や使い方などを教えていた。

 それによって、以前より魔力が安定している。

 デューク本人も、楽になった感覚を持ったようだ。



「デューク行ってみよう」


「うん」



 念のため手を繋ぎ門へ向かう。

 門では出入国の管理をしているようで、長い行列ができていた。

 少しずつ進む中、レティシアはデュークを注意深く見守る。



「なにか異変があったら言ってね」


「うん」


「その時は捨てていってやるよ」



 けけけっと笑うエアリスに、デュークは迷わず短剣で切ろうとしたが、結界で阻まれる。

 まだ魔力の制御や使い方を覚えたてのデュークでは、エアリスの結界を壊すほどの力はないようだ。

 暴走状態になれば話は別なのだろうが、そうならないためにエアリスとも仲良くなってほしいのに、お互いまったく寄り添う気配はない。

 レティシアはやれやれと思いながらそっと息を吐いた。



 そしてレティシア達の順番がやって来た。

 門番に身分証などを見せるが、レティシアにそんなものはない。

 それでも、お金を出せば一時的に入国の許可は下りる。

 門番に二人分だと渡したお金は、ここに来るまでの間に立ち寄った村で、換金してもらったものだ。

 森で狩った魔物、果物や木の実、さらには魔導書の中に詰め込んでいたあれやこれやだ。


 魔導書は強力な魔法を使う媒体であると同時に、収納機能がついている。

 レティシアもどういう構造か分からないが、魔導書はもともと神の世界のもので、それをレティシアに預けている。

 神とレティシアのいる世界とを繋ぐ扉でもあり、その狭間の世界に物を収納しておけるのだという。

 レティシアにはさっぱり意味が分からなかったが、そういうものかと受け入れていた。

 人間時には諦めが必要である。

 ただの人間が神の遺物を理解しようとする方が無理な話なのだから。



「ん?」



 必要な金額に間違いがないはずだが、門番はレティシアを見ると慌てて走って行ってしまった。

 そしてすぐに上司と思われる人と一緒に戻って来た。



「もしかしてアカシトロビからなにか言われたのも……」



 一気に緊張感に包まれる。

 先程の門番と上司と思われる人は、レティシアを何度も確認してヒソヒソ話している。

「なに言ってるか分かんない」

 眉間にしわを寄せ耳を澄ませるが、レティシアの耳には聞こえてこない。

 そもそも周囲に人が多くてうるさいのだ。

 距離があれば聞こえないのは当然である。

 しかし……。



「上から通達のあった少女か? って話してるよ」



 なんてことないように平然と答えてみせたのはデュークで、レティシアは驚く。



「上からの通達? それよりもデューク、今の会話聞こえたの!?」



 レティシアにはまったく聞こえなかったので、驚きとともに少々疑いの目が向けられる。



「読唇術が使えるから」


「……デュークってできないことある?」


「あるよ」



 当然だろうと否定するデュークだが、ここまでの行程をともに過ごしてきたレティシアは疑惑の目で見ている。

 レティシアは身体強化しながら森の中を駆けまわるだけで手いっぱいだというのに、デュークはその最中に食べれそうなものを収穫しつつ、時々現れる魔物も一瞬で片付けてしまう。

 さらにはその獲物を慣れた手つきで解体し、疲れ果てて動けないレティシアの食事のお世話までしてくれるのだ。

 至れり尽くせりなデュークはきっといい旦那さんになるだろう。


 村にいた男性陣でも、デュークのように軽々となんでもこなしてしまう者はいなかった。

 デュークの優秀さがよく分かる数日間であった。



「なんか考えごとしてるとこ悪いけど、マズいんじゃね? 上からの通達って、アカシトロビアが関連してるかもしんねえぞ」


「逃げる準備はしていた方がいいかもね」



 レティシアが警戒してるのを察して、デュークは腰に差した短剣に手を置く。



「やっちゃう?」


「いや、駄目だってば! 魔物狩るのとはわけが違うんだから」


「ぞう……」



 ややしょんぼりしたデュークを見て、少々言いすぎたかもと反省するレティシアが言い直すより先にエアリスが口を開いた。



「非常識人め、叱られてやんのー」



 あきらかにデュークをからかう目的の声色に、デュークの目つきが鋭くエアリスを捉え、鷲掴みしようとしたがあっさりとかわされている。

 決してデュークの動きが遅いわけではない。

 むしろ早過ぎてレティシアは目で追うので精一杯なほど俊敏だ。

 それなのに避けてしまえるエアリスの身体能力はさすが聖獣だからなのだろうか。


 デュークはケラケラと頭上から高笑いするエアリスを恨めしそうに見上げてから、レティシアを振り返る。



「レティ、やっぱりあいつ焼き鳥にしよう」


「あー……。それはちょっと困るかも……」



 せっかく魔力を最大限流して再召喚した聖獣を焼かれたら困る。

 レティシアから色よい返事がもらえず、むうと不満そうにするデュークは、出会った頃より比べるとずいぶん感情が表情に出るようになった。

 それはエアリスの貢献度が高い気がする。

 なにせ、すぐにちょっかいをかけてはデュークを怒らせるので、デュークも冷静でいられないようだ。

 それが果たしていい傾向なのかは分からないが、一番最初に見た『無』だけのデュークよりはよっぽどいいとレティシアは思った。



 そうこうしていると、門番が近づいてきて思わず身構える。

 アカシトロビアの手が回っていることは想定していたことでもあるので、逃げる準備は万端だったが、門番は小さな迷子に話しかけるように穏やかで優しい笑みを浮かべた。

 警戒していた分、反応に困った。



「ようこそ、イリスフィアへ。お嬢さんは保護者は一緒じゃないのかい?」


「はい。もう……亡くなったので……」



 やはりまだ口にするのは心が痛み、躊躇ってしまう。

 理由を聞かれたらどう誤魔化そうか。

 そんなレティシアの心配は杞憂に終わり、門番は申し訳なさそうに謝ってきた。



「すまない、嫌なことを聞いたね」


「え? いえ、別に……」


「そっちの男の子は家族か親戚かい?」


「いえ、他人ですけど大事な人です」



 それを聞いたデュークがほんのりはにかみ嬉しそうにする。



「そうか、そうか。一人じゃなくてよかったね。千年王国にはなにをしに来たのかな?」


「できればここで暮らせないかと思って」



 まだ確定ではない。

 この国でデュークがなんの影響も受けずにいられるか、確認してからだ。



「なるほど。なら教会に行ってみるといいよ。成人までは面倒を見てくれるから。そっちの男の子は年齢的に難しそうだから、職業斡旋所に行くといいよ。腕に覚えがあるならギルドで登録するなりして稼ぐのも一つの手だね」



 その言葉にレティシアは首をかしげる。



「あの……。成人って何歳ですか?」


「十五歳だね」


「私十六歳なんですけど……」


「…………え? ええ!?」



 たっぷりの沈黙の後、門番はレティシアを頭から足までじっくりと見て驚きの声をあげた。



「いや、そこまで驚かれると傷つくんですけど!」


「そ、それもそうだね。いやすまない。てっきり十一、二歳とばかり……」



 レティシアが抗議も込めてじとっと見つめると、門番は居心地悪そうに視線を逸らした。



「えーと、それだと教会でお世話になるのは難しいかもなぁ。病気やなにかしらの理由があるなら大丈夫だけど、見たところ健康そうだし……」



 筋肉痛には苦しんでいるが、確かに健康そのものである。

 レティシアもデュークも神の加護をもらっているおかげで、健康体なのは間違いない。



「どうしようかな……」



 何故そこまでレティシアのことを気にかけるのか分からないが、少なくとも今すぐアカシトロビアに引き渡されることはなさそうだ。

 むしろ今後の生活の心配を本気でしてくれている。

 どうしてだろうか、疑問だけが残ったが、レティシアとしてはこの国が敵に回らないならそれで十分だ。



「大丈夫です。自分の食い扶持は自分でなんとかできますので。ギルドに行けば仕事の斡旋とかもしてくれるでしょうか?」


「あ、ああ。受付に言えば丁寧に教えてくれるよ」



 ほっとした顔をした門番を見る限りでは悪い人ではなさそうだった。



「じゃあ、ギルドに行ってみます」


「そうするといいよ。一応忠告だけど、イリスフィアは他国に比べても治安がすごくいいんだ。でもならず者がまったくいないわけじゃないから気をつけるんだよ」


「はい」



 レティシアは殊勝に頷いてみせたが、内心では苦笑いだ。

 邪竜すら倒したレティシアを害せる者がこの世界にいるとしたら、同じく神の加護を持っている者だけだ。

 だが、そんな説明をしても笑い飛ばされるのがおちである。

 レティシアは笑顔を張りつけて門番に手を振り、自らが結界を張った地に作られた千年王国へと足を踏み入れた。






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