1話 囚われの身
少女は暗く窓もない部屋で空虚を見つめていた。
神の花とも呼ばれるファーリの花を溶かしたようなピンク色の髪を持っている。
本来ならそういった子は最高神の加護を与えられた者とされ、重畳される。
しかし、少女の今の状況は、とても大切にされているとは言いがたかった。
暗い部屋の中にある大きな鳥籠は異様に映り、鳥籠の中には大人が三人は余裕で眠れる大きなベッドと、小さなテーブルと椅子がある。
少女はそんな鳥籠の中で囚われている。
どうしてこんなことになったのだろう……。
少女はここに囚われてから何度そう思ったかしれない。
そして、あいつが今日もやって来る。
鳥籠の扉に付けられた大きな錠をカチャカチャと音を立ててゆっくりと開ける。
そんなことをせずとも、少女の足には動かすのも大変なほどの重い鉄の鎖で繋がれているというのに。
滑稽なものだ。
心の中ではおかしいと感じつつ、男を前にすると自然と体が震えた。
「また食事を食べていないのか」
その一言だけで、びくりと反応して恐怖に襲われる。
けれど、誰も助けてはくれない。
「ふん」
不快そうに鼻を鳴らした男は、テーブルの上に載っていた食器を手で振り払った。
ガチャン! という大きな音を立てて食器と入っていたスープがぶちまけられる。
そこにカトラリーが一つもないのは、少女がそれを使って何度も抵抗したからである。
抵抗できないように、また、少女が自らを傷つけようとしないように。
ここはまるで監獄だ。
けれど、少女はなんら罪を犯したりはしていない。
「あまり手間をかけるなよ。誰のおかげで息をして生きていけると思っている。お前は誰のものだ?」
決して怒鳴っているわけではないのに伝わる威圧感に、身がすくむ。
さらには、大きな音で怖がらせようとしているのか、テーブルを足で蹴り飛ばした。
「答えろ」
そう言って痛いほどに顎を掴まれる。
「あ、あ……」
恐怖で言葉にならない少女に、男の手はどんどん強くなり、息をするのも苦しくなっていく。
苦しみから逃れるため、少女は言葉の代わりにコクコクと何度も頷いた。
「笑え」
命令のようなその言葉。
いや、正しく命令に他ならない。
少女は自分の所有物だと疑っていないのだ。
「早く笑え」
こんな状況で笑えるはずがない。
けれど、この男の命令に従わねば、もっと酷い行動に移っていくと、身をもって知っている少女は、強張る頬をなんとか動かして笑顔を作った。
恐怖以外の感情はない、そんな歪んだ笑顔でも満足したのか、ようやく少女から手を離した。
「お前はそうやって俺の機嫌を取って笑っていればいい。それがお前の存在意義だ」
まるで呪いのように言葉を吐き捨てて、男は出ていった。
残された少女から、涙がはらはらと伝い落ちる。
「誰か助けて……。お父さん……。お母さん……っ」
助けがくるならとうの昔に来ているはずだ。
あの男に捕まってからどれだけの時が経っただろうか。
いまだ誰も来ないということは、きっと助けられないということなんだろう。
自分は一生この鳥籠の中で、あの男の機嫌を窺い、無理やり笑顔を作り続けなければならないのか。
それぐらいなら死んだ方がましだ。
そう思って、食事についていたナイフで胸を突き刺したことだってあった。
ある時は花瓶を割って。
ある時は食器を割って。
けれど、そのすべてが完遂できなかったのは、今生きている少女の姿を見れば明らかだ。
自死を防ぐために、カトラリーは廃され、食事はそれらを必要としないスープとパンに食事内容が変えられた。
花瓶は排除され、食器は割れない金属のものに取り替えられた。
少女が抵抗する度に、その原因となるものは取り除かれていったのだ。
だからといって、こんな人の尊厳を踏みにじられた生き方を一生したくはない。
「今度こそ……」
誰も入ってこないことを確認し、前々から考えていたことを実行する。
倒れたテーブルは壊れないように金属でできている。
普通なら少女の力ではびくともしないほど重く頑丈だ。
けれど、先ほどの男のおかげで、テーブルは横倒しになっている。
その側面は、当たりどころが悪ければきっと願いを叶えてくれるはずだと少女を突き動かす。
少女はなんの躊躇いもなく頭をテーブルに向けて、ベッドから飛んだ。
直後感じる激しい痛み。
そして、朦朧とする意識に、少女はやっと自由を手にできると笑みを浮かべながら気を失った。