16話 追っ手
どうどうと、エアリスを落ち着かせて改めて冷静になってみる。
「てか、あの二人が王様と王妃やってるなんて世も末だ……」
「想像ができん」
「まったくよ」
レティシアとエアリスはともに同じ感想を抱いた。
ラディオとフローレンス。
ともに邪竜と戦った盟友だ。
歳は二人の方が上だったので、兄や姉のような存在でありつつも、二人は魔導師としてレティシアを慕ってくれていた。
レティシアが邪竜討伐を神々から頼まれたことに対しても一番憤っていたのがラディオである。
好戦的でやんちゃな性格だが、人懐っこいところがあって、皆の兄貴分という感じだった。
王様となって、落ち着いているというのだが……。
そんなラディオとは反対に冷静沈着なのがフローレンスだ。
彼女もまたレティシアより年上だったが、大魔導師としてのレティシアに少々入れ込んでいるところが困ったところであった。
いつもは何事にも冷静なのに、レティシアが絡むと我を忘れて、時にはラディオですら止める側に入るほど暴走する時があった。
だがまあ、彼女が王妃としているならば、ラディオが王様でもなんとかやっていけているだろうと納得できる。
だが、二人に共通しているのは他にもある。
アカシトロビアを存在を消したいほど毛嫌いしているというところ。
「ねえ、デューク。千年王国とアカシトロビアは仲悪い?」
「うん。すっごく」
「ははは、やっぱり……」
なんの驚きもなく、むしろ納得の答えが返ってきて、レティシアからは乾いた笑いが漏れ出る。
「まさか戦争中とかじゃないよね?」
「違うけどいつ起こってもおかしくない状態。そもそも千年王国建国当初から対立関係にあったから……」
レティシアにはその様子が目に浮かぶ。
なにせ千年王国なんてものがある前から魔導師と獣人は仲が悪い。
けれど、それだけではないことをデュークが教えてくれる。
「理由はいくつかあるけど、たとえを出すとしたら、アカシトロビアが他の国に侵略を目論むと、必ずと言っていいほど千年王国お抱えの魔導師達はが相手国に味方して阻止する。それによって、もともと邪竜から世界を救った英雄達の国だって好感度が高かったのに、周辺国を守ることで国としても地盤と支持を確かなものにしていったんだ。アカシトロビアはそれが気に食わない」
目の上のたんこぶといったところか。
だが、ラディオとフローレンスを知るエアリスは別の方向から見ていた。
「絶対国のためとか関係なしに、ただの嫌がらせがしたかっただけじゃね?」
エアリスはぼそっと呟いたが、レティシアの耳のそばにいるためにしっかりと聞き取れた。
レティシアも激しく同意見だ。
アカシトロビアの計画を阻止して、愉悦に浸っていたに違いない。
フローレンスの高笑いが今にも聞こえてきそうである。
「信頼を高める千年王国とは逆に、アカシトロビアの非難は大きいよ。いくら返り討ちにされても戦争をやめないからね」
「その状態だと、アカシトロビアは相当な恨み買ってない?」
「うん。だから依頼を受けた俺が暗殺にきた」
「捕まってやがったけどなぁ」
と、最後にエアリスが余計な一言をつけ加えると、デュークの目が鋭く光る。
器用に羽でデュークを指してゲラゲラ笑うエアリスに、デュークはムッとした表情でエアリスを捕まえようとしたが、ひらりとかわされていた。
そして、木の枝の上からさらに大笑いして、二人してやり合っている。
「なんでそんなに仲悪いの?」
レティシアも不思議なほど最悪に相性が悪いようだ。
「……それにしても、アカシトロビアが今になって邪竜を作ろうとしてるのも、千年王国をどうにかしたいからかもなぁ」
とはいえ予想の範囲を出ない。
「うーむ」
いろいろと考え込んでいると、ようやくじゃれ合いを終えたデュークが戻ってきてレティシアの隣に座る。
まるで猫のように触れと催促するように頭を寄せてくるデュークに、レティシアはクスリと笑って撫でてあげる。
レティシアの方が確実に年下だが、これではどちらが上か分からない。
「ねえ、レティの家族はどんな人達?」
突然の質問。
これからレティシアの家族に会いに行くので気になるのだろう。
「私の家族? えっとねぇ、無駄に陽気なお父さんと、怒ると怖いけど優しいお母さんとの三人家族なの。それでそれで、うちは農家をしていてね……」
「レティ」
デュークがそっとレティシアの手を握る。
不思議そうにするレティシアだが、すぐに気がついた。
(あれ、なんでだろ……)
レティシアの手は小刻みに震えていた。
まるでなにかに怯えるように、止まらない震えにレティシアはなにかとても大事なことを忘れているような気がした。
(お父さんとお母さんの話をしてるだけなのに、どうしてこんなに怖いの……?)
自分でも理解不能な恐怖心が込み上げてくるが、レティシアにはどうしてだか分からない。
「どこか痛いの?」
心配そうにレティシアを覗くデュークを安心させるように笑みを浮かべる。
けれど、泣き笑いのような不格好な笑みになってしまった。
「レティ、大丈夫?」
「うん、平気。ちょっと気が緩んだだけだと思う。それよりそろそろ――っ!」
はっとしたレティシアが気づくとほぼ同時にデュークも気がつき、レティシアを抱いて飛ぶ。
レティシアを抱きながらも軽やかに着地したデュークは、警戒心をあらわに睨みつける。
先程までレティシアが座っていた場所は、なにかの力により破壊され、木に大きな穴が空いていた。
木は衝撃に耐えられず、そのままずんっと衝撃を地面に伝え横倒しになった。
「ほほっ、外しましたか」
その声とともに姿を現したのは、灰色のローブを着た獣人。
己の肉体を武器に戦う獣人の中において、動きが制限される裾の長いローブを着る獣人は珍しい。
さらにその後ろからカシュが現れ、レティシアは目を見開く。
「嘘……」
信じられないとその目が語っていた。
「レティ、ちゃんと結界張ったんじゃなかったのか?」
「張ったよ! 追いつかれないために、しっかりと。なのにどうして……」
驚きすぎて思考が止まる。
「偽物?」
「ああ、そうだ。あのパーティーにいた方がな」
不敵な笑みを浮かべて答えるカシュに、レティシアは自分の失態を悟る。
「くっ……」
レティシアは己の詰めの甘さに悔しくなり、唇を噛んだ。
「そっちの方が偽物だったなんて……」
「逃げおおせたと得意げになっていたのだろうが、所詮子供だな。考えが甘い」
その通りだったので、レティシアは反論ができず、悔しさでいっぱいになる。
「牢にもわざわざ身代わりの人形を置いてきたようだが、時間稼ぎにもならなかったな」
くくくっと嘲笑うカシュ。
愉悦に浸るその顔が憎らしい。
だが、好機でもある。
レティシアが己を持ち直すのは早かった。
「つまり、またその憎たらしい顔面をボッコボコにできるってことよね」
ものは考えようだ。
どうせならいい方へ考えよう。
「まだ殴り足りなかったところよ」
ふっと笑うレティシアは、拳をパンッと合わせてやる気をみなぎらせる。
しかし、そんなレティシアに炎がぶつ蹴られ燃え上がった。
突然のことに驚くレティシアだが、その炎はレティシアがパタパタと虫を払うように動かしただけで消え去った。
それに関心を示したのは、レティシアに炎で攻撃してきたローブの獣人である。
「ほう、素晴らしい。それならこれはどうかね?」
まるで試験をするようにレティシアに向けて持っていた木製の杖を向けると、水の刃が飛んできた。
それをレティシアは動じる様子はまったくなく、素早く張った結界で防ぐ。
そうしてレティシアがあっさりと対応してみせると、ローブの獣人はなにやら興奮しだす。
「素晴らしい、素晴らしいぞ! 魔法が使えるとは聞いていたが、聞いていた話と少し違うようですな」
「おい、無駄話はいい。さっさとその贄と番を捕まえろ」
「これは失礼を。しかし、獣人の中では魔法での戦闘訓練をする機会がめっぽう少ないものでしてて、少し興奮してしまいましたな」
「さっさとしろ。今日中に邪竜を復活させて、千年王国へ侵攻するんだからな」
二人の会話をじっと聞いていたレティシアは、こいつら馬鹿か? と口に出しそうになるぐらい目の前の二人は口が軽い。
「そんなこと言っていいわけ? 私が千年王国へ伝えるとは思わないの?」
千年王国へ侵攻を計画しているなど、普通は隠すものだ。
だというのに、レティシアがいてもお構いなしに内情を話してくれる。
呆れるレティシアに対し、カシュはふんっと鼻で笑った。
「どうやって伝えると? お前達は千年王国にたどり着くことなく戻るというのに」
よほどの自身があるのだろうか。
己の勝利を確信して疑ってすらいない。
レティシアからしたら、よくまあ勝てると思っているなと生暖かい眼差しを向ける。
「そう思うならそれでいいから、早くしてくれる? 先を急いでるの」
「その強気な態度が崩れるのもまた一興」
ひゃひゃひゃ! と、森の中に響き渡る不快な笑い声に耳を塞ぎたくなった。
ローブの獣人は魔法を使えるらしく、レティシア目がけて魔法を打ってきた。
「レティ!」
デュークが慌てて駆け寄ってくるのが見えたが、レティシアはそれを手で制する。
まるで主に忠実な騎士のように、従うデュークは、ハラハラした様子で、今にも飛んできそうにしている。
だが、不安を感じるなど不要だ。
レティシアにとっては、ローブの獣人がしていることはおままごとの延長でしかない。
レティシアはすっと手を挙げると、バチバチと指先に雷電が集まる。
「これちょっとしびれるわよ」
ニッと笑ったレティシアは、人差し指に集まった雷電を、その強大な魔力とともに放つ。
いまだ雨が降っているからか、放つ雷は地面を伝い、ローブの獣人だけでなくカシュにも襲いかかった。
慌てて結界を張ったローブの獣人だが、されはレティシアの攻撃に当たるとあっさりと破壊され、全身に衝撃を受けた。
「ぎゃ、ぎゃぁぁぁ!」
「麻痺に痛みも増し増しにした特別な仕様よ」
普通魔法に効果を付与するのは至難の業で、熟練の魔導師のみができる技術であるが、レティシアはあっさりと、さらには二種の効果を織り交ぜてより強力なものとした。
ただし、相手に苦痛を与えるだけなので殺傷能力は低い。
本当は過去の教訓を生かさずに、邪竜を作ろうとしている目の前の男達など消してもいいのではないかと悪魔が囁くが、やはり命を簡単に奪うのは気が引ける気持ちもあるのだ。
邪竜によって多くの命がけ失われていった様を見ているからこそ、安易に命を奪う行為には躊躇してしまう。
それはどんなに獣人が悪かったとしても。
そして、どんなに甘い考えだと責められたとしても、レティシアは己の感情に忠実に動く。
それはたとえ最高神であろうと、侵害することができないレティシアの心だ。