表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/43

10話 邪竜の生まれ変わり


 光で足元を照らす中をゆっくりと進む。

 石造りの階段はほんのり湿っていて気をつけないと滑りそう。

 慎重に階段を降りて進み行くのに従い強くなる闇の気配。



「人の姿の邪竜に会うのは初めてね。どんな子だろ?」



 レティシアが前世で闇の女神の加護を持つ邪竜に出会った時は、すでにかの者は人の姿を失くし禍々しい竜の姿となっていた。

 だからかの者が竜になる前にどんな人だったのかレティシアは知らない。

 けれど、神から愛されるほどの人なので悪人ではなかったはずだ。


 邪竜のことを考えながらひたひたと階段を降りきると、さらにその先に進んでいく。

 最奥の檻の中、蝋燭の火すらない闇の中にあって、自身も濃密な闇の力をまとう青年が捕らわれていた。

 レティシアの目的の人物。

 まるで野生の獣のように鋭く、人に気を許さぬ壁を持った目をした青年は、見えないはずのレティシアの方を無感情に見つめた。



「誰?」



 低く警戒するその声。

 青年の手足に繋がれている鎖の重たい音がじゃらりと鳴る。

 レティシアは五感が優れた獣人からすら隠れてみせた己の存在があっさりと見破られたことに目を見張った。


 しかし、すぐに気持ちは感心へと変わる。

 さすが闇の女神の加護を与えられた者だと。

 それに、レティシアは自分の中にある、光の力が青年の闇の力と惹き合うのを感じていた。

 光と闇は対極にありながら、表と裏の存在。

 切っても切り離せない力なのだ。



「……こんな簡単に見破られるなんて思わなかった」



 レティシアは小さく笑いながら魔法を解いた。

 そうすれば現れるレティシアの姿に、それまで『無』しか浮かんでいなかった目に驚きが見える。



「子供?」



 こてんと首をかしげる青年の言葉に、レティシアは憤慨する。



「子供じゃないし! もうすぐ十六だもん!」



 それを知ったのはつい最近だが、十六歳ともなれば子供と呼ばれるほど幼くはないはずだ。

 レティシアの村ではとっくに独り立ちしている年齢なのだから。

 それなのに青年は――。



「嘘だ。十二歳ぐらいにしか見えない」



 青年から向けられる疑いの眼差しが痛い。



「嘘じゃないから! 多分……」



 急に自信をなくして尻すぼみになったのは、実際に確認していないからである。

 あくまでレティシアを世話していた者の会話を盗み聞きして得た情報にすぎない。



「……別にどっちでもいい」



 その諦め切った青年の目は、どうでもいいと言っているように感じた。

 今、青年が置かれている状況すら関心がないような空虚さがある。



「ねえ、あなたはそんなところでなにをしてるの?」



 レティシアよりもさらに悪い環境に置かれているのは見ればわかる。



「ここの主を暗殺しようとしたけど返り討ちに遭って牢にぶち込まれた。どうして殺さなかったか分からないけど」



 淡々と語られた内容は、レティシアがぎょっとするものだった。

 ここの主というのはカシュのことで間違いはないだろう。



「どうして……?」


「依頼があったからそれに従っただけ。別に特別な理由なんてないよ」



 命を殺めることへの躊躇いはその声からは感じられなかった。

 それが酷くレティシアはショックだった。



「依頼されたの?」


「うん」


「どうしてそんな依頼なんか受けたの?」


「どうして?」



 きょとんとする青年は思ってもみない質問を受けたという様子。



「暗殺を生業としているなら、人を殺すのが仕事だし、そうしないと生きていけない。生きるためには仕方ないことだ」



 生きるため。

 そう口にしているのに、青年からは生きる意志というものが伝わってこなかった。

 その様子を見たレティシアは、爪が食い込むほど拳を強く握りしめた。

 湧き上がってくるのは激しい怒り。



「……全然幸せそうじゃないじゃない」



 ボソッと呟かれた言葉は、青年に対してではなく、もしかしたらどこかで様子を窺っているかもしれない神々に向けてだ。


 レティシアは邪竜を倒した後、平凡を望んだ。

 そして邪竜にもそうあるように最高神に願った。

 それなのに、レティシアも邪竜の生まれ変わりも、平凡とも幸せともほど遠い環境にいる。

 青年のなにも感じていない表情からは、レティシアよりももっと過酷な環境で生きてきたのではないかと思わせるものがあった。



「あなたは生きたいの?」



 思わずそう問いかけてしまうほどに、青年から生きる気力というものが感じられない。



「……さっきから君はおかしなこと聞くんだね」



 青年はどこまでも深く吸い込まれそうな漆黒の瞳でレティシアを見つめる。



「おかしなことじゃないわ。あなたの今の気持ちが知りたいだけ」


「どうして?」



 青年は不思議そうにする。

 レティシアと青年が会ったのはこれが初めてなのだから、レティシアがどうしてそこまで青年を深く知ろうとするのか理解できないはずだ。

 だが、青年に理解できなくともレティシアは知りたい。



「いいから教えて」



 青年は考えるようにして少し沈黙した後、口を開いた。



「……生きたい。……のかな? よく分からない。ただ死ぬ理由もないから」


「死ぬ理由があったら死ぬの?」


「うん」



 迷わず肯定してみせた青年の言葉に、レティシアは息を呑む。

 ここまで追いつめて、何故最高神は……、いや、闇の女神は動かなかったのか。

 自らが愛し、加護を与えた者がこれほどに死の匂いを漂わせているというのに、どうして放置していたのか、レティシアには理解できない。


 それはレティシアが人間で、神々とは違う価値観で動くからなのかもしれないが、それにしたってもっと早くに守ることはできたのではないのかと思ってしまう。

 確かに青年は生きているが、心は死にかけている。



「こんなの、私が望んだものじゃない……」



 レティシアが望んだのは、邪竜が今度こそ誰にも利用されることなく平凡な幸せを送ることだった。

 それなのに――。



「どうして泣いてるの?」



 青年からそう言われて初めて、レティシアは自分が泣いていることに気がつく。



「あなたが泣かないからよ」


「ん?」



 意味が分からないというように、青年はこてんと首をかしげる。



「あなた、名前は?」


「三番」


「……それは名前じゃないでしょう?」


「名前は個を判別するためのものでしょう? だったら番号でなにも問題ないよ」


「そんなわけないでしょう!」



 思わず声を荒らげるレティシアだが、そんな反応されることすら意味不明と言わんばかりの青年。



「ないなら私がつける。それでいい?」


「うん」



 あっさりと了承する青年に、これまた怒りが湧く。

 もちろん最高神に対してだ。



「とりあえず今度目の前に現れたらぶっ飛ばそう」



 レティシアはそう固く決意した。



「えっと、名前、名前……」



 最高神のことは今は置いておき、青年の名前を考える。



「むむっ」



 すぐにいい案が浮かんでこず、考え込むレティシアを、青年は興味深そうに見ていた。

 それは先程までの暗く諦めきった目ではない。

 強い『生』を感じさせるほどに、人間味がある眼差しだった。


 レティシアが惹き合うのを感じたように、青年もまたこれまでとは違う感覚をレティシアに感じているのだろう。



「よし、デュークってのはどう?」



 考え込んだ結果、思い浮かんだ名前は特に意味があるわけではない。

 けれど、口にしてみて改めて目の前の青年によく似合っていると思った。



「どう?」



 先程までの暗く重苦しい空気を吹き飛ばすような快活なレティシアの笑顔に、デュークは目を奪われていた。

 それをレティシアは不満と判断して眉尻を下げる。



「気に入らなかった?」


「ううん」



 青年は慌てて首を横に振り、否定する。



「よかった! じゃあ、今からあなたはデュークね」



 にこっと花が咲いたように笑うレティシアの笑顔に目を見張るデュークは、小さな声で口ずさむ。



「デューク……」



 まるで宝物を渡されたように優しい声。

 無表情ではあるが、先程までとは違いまとう空気が柔らかくなり、どこか気恥ずかしそうにも見える。

 そしてすぐにはっとしたようにレティシアを見た。



「あ、あの、君は、その……」



 躊躇うように視線を彷徨わせる挙動不審な行動に、レティシアはなにかを察した。



「もしかして私の名前?」



 どうやら正解だったらしく、デュークはコクコクと激しく首肯した。



「私はレティシアよ。親しい人からはレティって愛称で呼ばれたりもするから、デュークも好きに呼んで」


「うん。レティ……」



 俯きがちなのは、わずかに緩んだ口元を見せないためだろうか。



 それからレティシアは、デュークについていろいろと問いただした。

 どんな環境で生まれ育ってきたか。

 これまでどうやって生きてきたのか、気になる疑問をどんどんぶつけた。

 それに対してデュークは嫌な顔一つ見せることなく素直にきちんと答えてくれるが、やはり相当悲惨な状況の中で生きてきたようだ。


 けれど、そんな辛さを感じさせないデュークは、最初と違い、今や前のめりになってレティシアの側に寄っている。

 まるで二人の間を隔てる檻の鉄柵が邪魔でならないというほどに近い。

 どうやら話をしていくうちにレティシアに心を開き始めているようだ。


 最初の暗く無感情な目が嘘のように、レティシアへの興味に溢れ、輝いているようにすら見える。

 そんなやり取りの中から伝わってくるデュークの素直さと純粋さに、それまでレティシアが邪竜の生まれ変わりに対して感じていた不安はなくなっていく。

 生まれ変わりがどんな人か分からないが、手に余るような性格を持つ者だと予定を考え直すつもりだったが、必要はなさそうだ。

 予定通り進めることにしたレティシアは、デュークに優しく語りかける。



「ねえ、デューク。私はもう少ししたらこの屋敷から出ていくつもりなの」


「えっ……」



 デュークは唖然した顏をする。

 すると、それまで素直にレティシアに受け答えしていたデュークの表情が固まる。



「出ていくの?」


「そう、だから――。って、ぎょわっ!」



 レティシアは思わず変な叫び声が出た。

 それも仕方ない。

 突如デュークから闇の力が溢れ出てきたのだ。

 周囲を巻き込んでいくほどの濃密な魔力がデューク自身をも覆いつくそうとしていく。



「ちょ、待っ……!」



 レティシアは大慌てで光の力でその闇の力を打ち消した。

 ほっとするレティシアの手を、檻の中からデュークが掴んだ。



「嫌だ。一緒にいる……」



 緊張と切実さを含んだデュークの様子に、レティシアは安心させるように微笑む。



「ちゃんと聞いて。私は近いうちにここから出ていくから、その時デュークも一緒に――」


「行く」



 まさに即答だった。

 まだレティシアが言葉を言い終える前に被せてきた。

 さすがのレティシアも戸惑うほどである。



「あー、もう少し考えてからの方がよくない?」


「いい。レティと一緒に行く。離れたくない」



 ぎゅうぎゅうと手を掴むデュークからは、先程暴れ回るような闇の力はなりを潜めていた。

 どうも、デュークの精神状況と力の暴走には繋がりがありそうだ。

 今のようにデュークが心を乱すと闇の力も不安定になると分かっただけでも僥倖である。

 だだ、その暴走具合が普通の魔導師が起こす魔力暴走とはけた違いに強い。

 これはレティシアでなければ止めるのは不可能だろう。

 まあ、そもそも闇の力を抑えらるのは光の力だけなので、他の者には任せられない。



「分かった。その代わり、約束してほしいことがあるの」


「なに?」


「人の話は最後までちゃんと聞くこと。それと、私が駄目って言ったら気に食わなくても言ったことを守ること。できる?」



 デュークは声を発するのを忘れるほどに必死に首を上下させた。

 態度でもって聞き入れたことを訴えたデュークに、レティシアも安堵する。



(暗殺業してたって言うし、知らないところで暗殺されたら困るもんね。話を聞いてるとデュークって、なんだか一般常識に欠けてる感じがするし、ちゃんと私が手綱を握ってないと)



 会って何時間と経っていないのに、レティシアはデュークの性格をなんとなく把握しつつあった。


 なんにせよ、デュークが共に来てくれることはレティシアにとってもありがたい。

 デュークはカシュを暗殺しようとして失敗したにもかかわらず生かされている。

 レティシアの知るカシュという者はそんな甘い考えをする者ではない。

 自分に敵対する者にはどこまでも残酷になるような奴だ。


 しかも、デュークは見たところレティシアと同じ人間。

 獣人至上主義のカシュが慈悲をかけるとは思えない。

 ならば考えられることは、最高神が伝えてきた言葉。



『また邪竜を作ろうとしている』



 そのためにデュークがここに捕らわれているならば、早急に逃げ出さなければならない。

 新たな悲劇を生まないために。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ