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プロローグ

 その昔、邪竜によって世界は壊れかけていた。

 人々は絶望し、ただ、邪竜が暴れるのを見ているしかできない。

 止めようと果敢にも立ち向かう者もいたが、邪竜の圧倒的なまでの強さに、傷一つつけることすら叶わず、崩れゆくだけだった。


 次々に大切な人を、土地を、ものを亡くしていき、悲しみむせび泣く者達が絶えぬ中。

 邪竜はそんな人々の気持ちすら関係ないというように、世界を蹂躙していった。


 もう世界が壊れるのを待つしかない。

 そんな諦めが支配する中で一筋の光が灯った。


 世界の均衡を崩す邪竜討伐に立ち上がったのは、それまで人々から迫害されてきた、魔法という力を持つ魔導師と呼ばれる者達だった。


 魔導師達を率いたのは、まだ年若い一人の女性。

 圧倒的な力を持つ邪竜に唯一対抗する力を持ったその人を、人々は大魔導師と敬意を込めて呼んだ。

 しかし、そんな大魔導師の力をもってしても、邪竜との戦いは熾烈を極め、一進一退を繰り返した末に、見事邪竜を討ち取った。



 ドオォォンという大きな音を立てて巨体が地面に倒れゆくのを、魔導師達が歓声や雄叫びを上げながら喜びを分かち合う。


 けれど、誰よりも先頭に立って闘った大魔導師だけは違った。

 今にも息絶えそうな邪竜に向かってゆっくりと歩き出す。

 その足取りはおぼつかず、今にも倒れそうなほど力なかった。

 彼女の顔色もまた悪いことに、気がついている者はいるだろうか。



 今はまだ喜びの中で誰も気がつかない中、足を引きずるようにして邪竜の顔のところまでたどり着いた瞬間、がくりと膝が落ちる。



「ごほごほ……ごぼっ!」



 激しい咳とともに溢れてた血で手が真っ赤に染まった。

 それを見ても彼女は驚くどころか笑みを見せる。



「はは……。私ももう無理そう……。でも、あなたを一人で逝かせずにすむから、よかったのかな?」



 そう言って大魔導師は邪竜に微笑みかける。

 人々が恐怖した存在に向けているとは思えないほどに親しげで優しい眼差しが、邪竜を捉えた。

 そっと大魔導師の手が伸び、邪竜に触れ、優しく撫でる。



「大丈夫よ。最後まで……私が一緒にいるから……」



 そう言葉を紡いだ彼女の口からは血が伝っている。

 グルルルと、今にも消えそうなほど小さく邪竜の喉が鳴った。

 まるで、『ありがとう』と、そう告げるかのように。


 大魔導師は体勢を少し変え、邪竜にもたれかかった。

 もう自分で体を支えるほどの力がもう残っていないのだ。

 邪竜との戦いで、大魔導師は邪竜と相打ちとなる形で深手を負っていた。

 もう長くはないと、誰よりも大魔導師本人が分かっていた。

 しかし、大魔導師はこうなることは承知の上だ。


 邪竜を相手に自分が無事では済まないだろうと、邪竜と対峙した瞬間に――いや、それよりずっと前から感じていた。


 それを告げていたら、恐らく他の魔導師達は手を貸してはくれなかったという自信があったために、誰にも言いはしなかったが、やはり言わなくてよかったと安堵すら覚えていた。


 仲間は大魔導師を慕ってくれているからこそ、手を貸してはくれない。

 そう確信できるほどには、信頼関係が存在していたと思うのは、決してうぬぼれではないと思っている。


 きっと、彼らは悲しむだろう。

 大魔導師とて、死を望んでいたわけではない。

 それでも、放っておくという選択肢は端からなかった。

 自分以外に邪竜を止められる者などいないと知っていたから。

 他の誰でもない。自分でなくては駄目だったのだ。



「ねえ? 次に生まれ変わってきたら……その時は、あいつらに捕まる前に、私のところにおいで……」



 息も絶え絶えになりながら伝える大魔導師に、邪竜は真っ直ぐな目を向けた。



「私が守ってあげるから」


「ぐうぅ……」



 最後に小さく鳴くと、邪竜は静かに目をつぶった。

 そして、同時にその鼓動も止まる。


 それを確認した大魔導師は、いたわるように邪竜を撫でてから、仲間へと目を向けた。

 はしゃぐ仲間達を眺めながら、全員が無事であることを確認する。

 あれだけ元気ならなんら問題ないだろう。

 どうやら命の危機に瀕しているのは自分だけらしいと知って、嬉しいやら悲しいやら。



「ちゃんと守れてよかった……」



 世界なんてどうでもいい。

 大魔導師が守りたかったのは、もっと狭く、そして同時に大きな存在だった。

 それは誰しもがあるだろう、自分だけの大切なもの達のために。

 そのために多くの人々が邪竜と戦い、命を落としていった。


 そして、大魔導師もまた、多くの勇敢な英雄達のように命の灯火が消えようとしていた。

 けれど、まだ終わるわけにはいかない……。



「さてと……。最後の魔法を使いますか」



 もう上げる力さえ残っていない大魔導師の手に、分厚い魔導書が現れた。

 パラパラと、まるで風にたなびくようにページがめくられ、止まる。

 そして、大魔導師と邪竜を中心に、まばゆいほどの光が立ち上った。


 その時になってようやく他の仲間達が大魔導師の異変に気づき急いで駆けてくるが、もう一足遅い。

 大魔導師は別れの言葉の代わりに、精一杯の笑みを浮かべた。



 これは大魔導師にしかできない魔法。

 邪竜の持つ、第三者によっていじられたいびつな『闇』の力をこのまま放置すれば、均衡を失った大地が穢れ、生き物が住めない土地になる。

 そのままにしておけば、穢れが次第に拡大していってしまう。

 それを唯一止める力は、大魔導師だけが持つ『光』の力しかない。


 邪竜によって穢れた大地を浄化するとともに、邪竜の亡骸から発せられる力をその場に閉じ込めるため。

 そして、邪竜の力を欲する者達から邪竜とこの土地を守るため。

 大魔導師が最後の命をかけて張る、千年は保たれるだろう強力な結界。

 仲間の誰にも教えていなかった、神々から与えられた大魔導師の最後の役目であった。



 結界が完成するとともに、大魔導師は力なく倒れた。

 周囲で誰かが騒いでいるがよく聞こえない。

 声は段々と遠ざかり、代わりの声が聞こえてきた。

 朧気ではないはっきりとした声。

 大魔導師に役目を与えた憎たらしい人物ーーいや、神である。

 この世界の創造神であり最高神だ。



『よくやってくれたね』


「もう二度とごめんよ」



 口は動いていないはずだが、ちゃんと話せていることも、先ほどまであった苦しさもなくなっていることへの疑問を感じる暇もない。

 ただ感じているのは、疲れた……。ということのみ。



『命をとして世界を守った君に、神々を代表して感謝を伝える』


「別に世界のためじゃない。大切な人達を守りたいからしたことだもの」


『君はそう言うと思ったよ。でも、君が世界を守ったのは事実だ。私達はそんな君に褒美を与えたい。なにか望みはあるなら言ってくれ』



 もう死ぬというのに望みもないだろう。

 そう思いつつ、ふとした思いが浮かんだ。



「だったら、来世は平凡に生きたいな……。平凡に生まれて、平凡に家族と他愛ないことで笑って生きていけたら最高じゃない?」


『無欲だね。同時に強欲でもある。平凡というものがどれだけ難しいか分かっているだろうに』



 平凡がいかに奇跡であるかを知っているからこその切なる願い。



「だからこそご褒美になるんじゃない。それだけの働きはしたでしょう?」



 していないとは言わせない。



「頑張った私にそれぐらいしてくれてもいいと思うんだけど」



 平凡とは無縁の今世。

 ならば来世に賭けるしかない。



「あっ……。できるなら邪竜も同じように平凡に生きられるようにしてあげて。守ってあげるって、約束したの。あいつらに利用されなかったら幸せな人生を送っていたかもしれないのに……」



 大魔導師は知っていた。

 邪竜はもとはただの人だったと。

 いや、少し違う。

 最高神の加護を与えられた大魔導師と同じ、闇の女神の加護を与えられた、この世界でただ一人闇の力を持っていた人だった。


 その闇の力を利用され、強制的に邪竜にされてしまっただけなのだ。

 邪竜自身が望んだことなどではなかった。


 だからこそ、最高神の加護を持つ大魔導師の力が必要だったわけだが、邪竜を倒してそれで終わりなどと、あまりにも憐れすぎる。



『いいでしょう。受け入れます』



 そう答えを返したのは最高神ではない。

 柔らかな印象を持つ女性の声だ。



『運命の女神の名にかけて、あなたが邪竜の魂と出会えるように運命を紡ぎましょう』


「……ありがとうございます。あなたなら……きっと叶えてくれると、信じます……」



 神が名をかけて誓った。

 よほどのことがない限り破られることはない。

 安堵したせいか、大魔導師の言葉に力がなくなっていく。

 強烈な睡魔が襲い、意識は薄れていった。




 そうして邪竜は倒され、世界は救われた。

 大魔導師が命と引き換えにした、千年は続く結界を残して。






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