意外な出会い
だが、着いた途端、腰を抜かすように驚いた。そこにはなんと人がいた。
「え?マジ?」
私はギャルか。そんな自分の反応に自分でびっくりした。そしてこの子は、中学生くらいの青年…、だろうか。独り、ぽつん座っている。
目にかかるほどの長い前髪で顔はよくは見えないが、切れ長な目と整った顔立ち。その風貌から表れるミステリアスさも彼の魅力に思える。
少し目線を下にずらすと、スキニーが流行っている今では考えられないほど太いパンツに、所々穴のあいたスウェットと傷だらけの体。よく見ると顔にも傷がついている。大丈夫だろうか。とてもそうには見えない。
そんな彼をジロジロと見ていると、目があってしまった。
…気まずい。
話すしかない、そう覚悟を決めた私は、彼と同じ目線になるよう、しゃがんで口を開いた。
「こんな所でどうしたの。何かあった?」
聞いてしまった。かれこれ誰かに話しかけるのは何日ぶりだろうか。
「…」
なるほど、無反応か。尚更気まずいムードが流れる。
「私、心羽。貴方の名前は?」
「レイ」
「レイくんか。素敵な名前だね。漢字どう書くの?」
「礼儀の礼…。というか僕、女です」
「ァ」
桜場心羽、十五年の人生の中で最悪の失敗。叫びたかった。人の性別を間違えるなんて、どうしたら良いのだろうか。でもちょっと待て。この女の子、超かっこいいんだけど。
「あはは、ごめんね。凄くかっこいいから間違えちゃった…。てへぺろ♡」
軽くウインクを交える。
何やってんだ私。こんなの絶対引かれるだろう。とっさに出てしまった気持ち悪い反応に後悔していたが、礼ちゃんが笑みを浮かべているのが分かった。
「あ、礼ちゃん笑った。かわいいね!」
「あ、ありがとうございます」
「そんな、お礼なんていいの、ほんとかわいい!」
さっきまでクールで冷静な感じがしたが、今の印象は百八十度変わった。笑顔が素敵な可愛らしい少女というところだろう。
そんな思いもある。でも、やっぱり聞かなきゃいけない。そう思った。
「それと、この傷どうしたの?」
礼ちゃんは、無言で首を横に振った。どういうことだろうか。分からないということだろうか。こんな沢山の傷が、自分が気づかないうちについている。そんなはずがない。
「分からないってこと?」
「覚えてない。全部」
「え」
場が凍りついた。覚えていない。つまり記憶喪失ということ?大変だ。一刻も早く病院に連れて行かないと。
「今から、病院へ行こう」
手を引いて、立つように促す。想定していたよりも怪我も酷い。
「病院…」
一方、礼ちゃんは小さな声でつぶやいていた。何か引っかかったのだろうか。もしかしたら、過去に病院に何かしらの関係があったのかもしれない。
「そこはダメ。行かないで!」
「礼ちゃん?」
礼ちゃんは、大きな声で叫び、さっきの様子からは想像ができないような様子ええあった。でも、もし本当に記憶喪失に陥ってしまっているのであれば、今すぐ病院へ向かわなければ。
「礼ちゃん、一回落ち着いて。何があったか話せる?」
できるだけ刺激を与えないように、ゆっくり優しく話す。だが、それは礼ちゃんに伝わらなかった。
「できない!離して!」
「待って、行かないで!」
どうしたらいいのか。礼ちゃんが走って向こうの通りへ行ってしまった。
案の定、私はそこまで足が速いわけではない。今から行ったって間に合わないだろう。無意味だろう。礼ちゃんだって今の関わりがなければ、ただの赤の他人だ。
でも気づいたら私は走っていた。なぜだろう。自分でも分からないが、礼ちゃんを守りたい。そう思っていた。あんな短い会話だけで、人はこんなに行動に移すのかと自分の行動力に感心している暇もなく、私はただただ走った。どこだ、どこにいるんだ。絶対に見つけ出してみせる。
しばらく走っていると、細い路地を見つけた。ここもさっきと同じように滅多に人が通らなそうで、暗い路地だった。もしかして、と思い恐る恐る中に入る。でも、中に入るとさっきの路地より、暗くて、怖かった。そして、私の勘は的中した。そこには地面に倒れ込んだ礼ちゃんが居た。
「え、嘘」
「礼ちゃん、礼ちゃん!」
体を揺らしても、大声を上げても返事はない。嘘でしょ。だめ、だめ、泣いちゃだめ。あの日からもう泣かないって決めたから。最後の微かな希望を抱えて、恐る恐る脈を確認する。お願い、この願いよ、届いて。そっと首に手を当てた。
ドクドク
脈が感じられた。
「良かった...」
安堵のせいか、涙が零れた。膝からガクッと地面に着く。本当に良かった。しかも、さっきは動揺しすぎていて全く気づいていなかったが、息もしていた。とりあえずは、これで一安心だと思って良さそうだ。
だが、これからどうすれば良いのか。絶対に病院に連れて行くべきだが、目を覚ました途端に大声を上げ、周りの患者さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。それに病院に連れて行くなと脳内から命令が来ているように思えた。しょうがないか、と言わんばかりに私は礼ちゃんを抱いた。やはり、とても体が軽く、痩せている。少し力を加えてしまえば、簡単に骨が折れてしまいそうだ。慎重に、でも早足で歩きながら、家へと向かった。