1 それは普遍的な日常
キーンコーンカーンコーン。
「それでは今回の授業はここまでにする。今日の部分までがテストの範囲だから、しっかりと復習するように」
六時間目の授業終了を告げる鐘の音が響き渡り、担任の先生が教室を去ると、静かな教室は間を置かずして若者達の声で溢れかえる。
「終わったああああああ!」
そんな中、喜びの声とともに椅子に座ったまま伸びをしている赤髪の生徒、曽我天多は、真っ先に後ろの席に座ってる友人の方へ体を向ける。すると、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている小柄な男子生徒がそこにはいた。
今日も今日とて気持ちよさそうに居眠りしている彼は、普段からこんな調子ながらなぜかテストでは毎回上位に入っている変態野郎だ。
こいつは起こさないと何時まで経っても寝続けるので、誰かが起こしてやらないといけないんだが……仕方ない、今日も起こしてやるか。
「起きろー、起きろダニー。もう授業終わってるぞー」
そういって彼の肩をゆすると、ねむかきをしながら大きなあくびと共に俺の親友であるダニー・マルコフが目を覚ました。
「ふぁぁ……おはよう、天多。もう昼食の時間か?」
こいつ寝ぼけてやがる。
「さっき昼食食べたばかりだろ、寝ぼけてないでさっさと生徒会室に向かって仕事してこい。中間テスト前に学園祭のミーティングやるんじゃなかったのか」
「あー……めんどくせえな」
露骨なまでに嫌そうな顔をしたダニーは少し考えるような仕草をしたのちに再び机に向かって突っ伏し——、
「よし、もう一度眠ろう」
そう言い放って再び眠りにつこうとした。
「ほんとお前は……」
ダニー・マルコフ。小さい頃に親の都合でこの宮城県に海外から引っ越してきたアフリカ人で、普段はクールっぽく振舞っているが、実際にはただ物静かで天然な、つついた分だけボロの出る奴。話すと案外ノリがよく、困ってる人を見かけると率先して助けようとする俺の自慢の友人だ。
まあ、その心根の優しさと日本ではあまり見ない外国人の同年代男子である点と、低身長ながら文武両道であるギャップから女子人気が高いことだけは気に食わないが。
それでいて顔までいいときた。
そんなことを考えていると、俺の自慢の友人は既に2度目の惰眠を貪っていた。ああ、どうやら今日もあの人がこいつのことを迎えに来るんだろうなと思った瞬間、突如おもむろに教室の扉が開かれた。
「失礼する」
そういいながら俺たちの教室にずかずかと踏み込んできたのは眼鏡をかけた高身長の女子生徒、3年の成田来夏先輩だ。彼女はこの学校の生徒会の一人であり、副会長を担当している。
そんな成田先輩は俺たちのそばまで来ると、頭を抱えながらため息をついた。
「来るのが遅いと思っていたが、やはり今日も眠っていたか。今日もこれを連れて行って構わないか」
質問のように聞いてきてはいるがこちらが何かを言う前にすでにダニーを片脇に抱えて連れていく体制は整っていた。
女性に担がれる情けない姿の友人を見ながら俺は当然こう答えた。
「どうぞご自由に」
日常のように訪れるこの光景を見慣れたから当たり前に見えるが、冷静に考えて片腕で男性を持ち上
げるこの人の腕力はどう考えても普通じゃない。この人には絶対に逆らわないようにしよう。
コトッ。
「ん?」
情けない姿の友人を見送っていると、青いブレスレットのようなアクセサリーが成田先輩のポケットから滑り落ちるのが見えた。
「先輩、何か落としましたよ」
「何?」
俺はそれを拾い上げて先輩に渡すと、何故か先輩は驚いたような顔をしながらそれを受け取った。
「あ、ああ、すまない。拾ってくれてありがとう」
「先輩もこういったアクセサリーを身に着けることあるんですね。ちょっと意外です」
「……女子である私がこういったものに興味があって問題があるのか」
しまった、完全に口が滑った。
「いえいえいえいえ! なんも問題なんてありませんよ! そ、それよりも早く行かなくても大丈夫なんですか」
「む、確かにここで時間を無駄にする余裕はなかったな。すまない、それではこれを借りていくぞ」
先輩はそういうとダニーを抱えなおして教室を後にした。
……死んだかと思った。
口は禍の元とはよく言ったもんだ。次から発言には気を付けよう。うん。
「さてと、これからどうすっかなー」
天多は連れていかれちまったし、今日は部活もバイトも無いから今日はダニーと遊びに行こうと思ってたんだが…。あの調子だと夜まで解放されなさそうだよなぁ。
「しゃあねえ。どっかで暇つぶしでもするか」
ゲーセンにでもいけばちょうどいい暇つぶしになるだろう。とりあえず学校を出て適当にふらついたら行くとするか。
目的地を決め、机に出ている教科書を片付けて帰宅の準備を済ませて忘れ物がないことを確認すると、手に持っていたスマホをポケットに入れ、教室を後にした。
**************
「よっ、天多。今帰りか?」
教室を後にして、帰宅するために下駄箱前まで向かうと、俺のクラスメイト、赤碕結叶が話しかけてきた。
「赤崎、やることも特にないからゲーセンにでも行こうと思ってたところだ」
「お、丁度いいや。俺も一緒についていっていいか? せっかく今日はバイトがないからどっかで遊びたくてさー」
「構わねえよ。んじゃとっとと行くか」
赤崎は「今日は何遊ぶかな」なんて言いながらテンション高めに下駄箱へと進んでゆく。俺もその背中を追って下駄箱から靴を取り出したところで、背後から声を掛けられた。
「こんにちは、曽我さん」
「なんでしょう。って御朔艿さん!!?」
そこにいたのは、隣のクラスの御朔艿美鳥という女子生徒だった。柔らかな物腰や、その可憐な見た目から男子生徒からの人気は非常に高い。
「はい、御朔艿です。曽我さん、先ほど廊下でスマホを落としたのが見えたので届けに来たのですが」
「えっ、あれ、本当だ」
どうやらいつの間にか落としていたようだ。普段なら落としても落下音なんかで気づきそうなものだが……と、そこまで考えて先程成田先輩も落とし物をしていたのを思い出す。人間以外とわからないものだ。
「どうぞ。見た目では傷などはついてないと思いますが、一応ご確認ください」
「うん、傷は特になさそうだ。わざわざ届けてくれてありがとう。御朔艿さん」
「いえ、当然のことをしたまでです。それでは、私はもう少し学校でやることがあるので」
「わかった。それじゃさようなら。御朔艿さん」
「はい。今日も一日お疲れ様です。曽我さん」
小さく手を振る御朔艿さんに見送られながら学校を後にすると、それまで静かに黙っていた結叶がニヤニヤした顔で俺の方を見ていた。
「へぇ~。そっかそっかお前はあんな感じの子が趣味なんだな」
「なんだよ。文句でもあるのか」
「まさか。いやー青春だなぁと思ってさ」
「お前絶対馬鹿にしてるだろ」
予定変更、今日やるゲームは対戦ゲームオンリーにしよう。絶対ボコボコにして泣き言言わせるまでこいつを返さない。
「俺なんだか対戦ゲームやりたい気分になってきたわ。当然付き合ってくれるよな?」
「お? いいぜ、最近鍛えてきたんだ。今日こそは天多に泣き言言わせてやるぜ」




