10 『「戦闘」』
オートモードへと移行した天多は、その思考を自分ではない何かに支配されていた。今自分が何をするべきかが脳裏に過り、その通りに天多が反応する。意識レベルの低下した今の天多は、それを自分の判断のように感じ、その通りに動くだけの出力装置となっていた。
今なら、やれる。
大地を蹴って間合いを詰めると、機械刀を斜め下から一閃し、化け物の腕を切り落とそうとするが、先程の戦いで警戒していたのか、咄嗟に飛ぶことでその攻撃を回避する。
『「想定内」』
しかし、それを予期していた天多は鋭い反応速度で二撃目を繰り出し、右腕を切り飛ばした。
化け物の警戒心が敵対心に変わる。切り飛ばされた右腕が空中で突然止まったかと思うと、天多目掛けて飛んでくる。
天多はそれを迎撃することなく、刀を前方へと構えてそのまま踏み台にすることで再び間合いを詰める。
化け物を射程内へと捉え、刀を突きだすことで心臓部へと突き刺そうとしたその時、赤黒く輝くその目と天多の目が合った、いや違う、あいつが強引に合わせに来たのだ。
すると今にも攻撃を仕掛けようとした天多の動きが、時間が止まったかのようにその場で突如停止した。しかし———。
『「無駄」』
突如として機械刀が変形し、刀身の一部分が展開する。すると、そこからは機械刀に走る光と同じ色をした黄色の光の刃が現れ、その刃はそのまま化け物を貫いた。
天多の身体に再び自由が戻る。すかさず突き刺した刀を切り返し、頭部へと向かって斜めに切り裂いた。
すると、その頭部からは先程黒衣の人物が切断したものと同じ赤い玉が姿を見せる。今の天多は、機械刀の動きを出力するだけであり、あくまでも物の認識や理解は天多個人に依存する。だが、先程の戦いを見ていたことで、それが何かわからなくてもそれが弱点であることは理解していた。
しかし、それは眼前の化け物も理解していたこと。弱点を晒した化け物が揺らめくと、夜の闇に少しずつ溶けてゆく。それは今までの身体が再生するときとは違う。霧のような全身が、風に乗ってどこかへと飛んでゆくようであった。
『「逃がさない」』
状況が天多の方に傾いていることを感じ取った化け物は、このまま戦えば自分の方がやられると判断したのか、戦闘を中断しこの場から逃走しようとしていた。だがそれは同時に、天多がファントムを倒すための最大の隙を生むということ。
天多もこれが最後にして最大のチャンスだと理解する。後退しながら逃走を図る奴を前に、空中ではこれ以上決定打となる追撃は望めないと判断し、次の着地に合わせるために体勢を立て直す。
ここで、決める。
体勢を立て直す。既に地面までわずか数センチの時点で、『「俺」』は限界まで集中力を高める。狙うは一点、奴の頭部に次の一手の照準を合わせる。俺の足が地面へと到達し、その感触が伝わってきた。勝負を決める最後の一撃を繰り出すために、大地を強く踏みしめ、それと同時に一気に———
『「捉えた」』
地面を蹴り上げ、その一撃を繰り出す。その時、天多は自分では考えられないほどの速度でファントムとの間合いを詰めていたが、機械刀に組み込まれたシステムによる最適行動を出力し続ける今の彼がそれに気づくことはできない。
今の彼の目に映るのは、相手の弱点のみ。刀を振りかぶり、決着の一撃を放つ———!
「惜しいが、悪手だ」
「『え?』」
その耳に、よく知った人物の声が届いた。「『俺』」があっけにとられていると、突然首根っこを掴まれて後ろへと引き戻される。その直後、ほんの僅か前まで俺がいたところに、黒い電撃を発生させながら鋭い斬撃が叩き込まれ砂埃が巻き上がる。
「なっ———!」
不意に強引な力で引き戻されたせいか、一気に意識が覚醒する。危なかった。今の一撃は、完全に想定の外側からの一撃、その威力がどれほどか推し量ることはできないが、もし食らっていれば間違いなく俺は死んでいた。
だから俺はその時油断していた。それほどの威力、それほどの攻撃を仕掛けた相手が、次の一手を仕掛けてくる可能性を想定できなかった。それを放った相手を隠すように舞っている砂埃が晴れる間もなく、その内側からは先程と同じ黒い電撃が放たれる。
しかし、その電撃がこちらへと直撃することはなく、俺を引き戻した何者かが展開した盾によって防がれた。
少しして俺は、その盾が傘を開いたものだと気づく。だが、それに気を取られた一瞬の隙、それを放った相手は俺達の背中に回り込んでいた。
後ろを向こうとした視線の端には、既に先程のような黒い電撃を帯びた短剣をこちらへと繰り出していた。
「借りるぞ」
声の主は俺の手に握られている機械刀を強引に奪い取ると、後方から迫るその一撃に対して、素早く、そして正確に斬撃を繰り出し、攻撃の主を跳ね返していた。空中へと吹き飛んだそいつは白いローブを身にまとい、その素顔をフードによって隠しているが、その内側でニヤリと笑っているのが見えた。
白ローブは空中で身体を強引に捻り、いつの間に取り出したのか、その手に持った銃をこちらへと向けて六発連続で放ってきた。
しかし、こちらも次の一手を想定していたのか、どこから取り出したのか、六本のナイフを投擲してその弾丸を全て撃ち落とす。
ほんの僅かの出来事。予測と反射の連続、互いにたった一度しか刃を交えていないが、その攻防戦が今の俺にとって別次元の戦いであることは理解できた。
そしてその戦いを繰り広げ、俺から強引に武器を奪った人物の正体にようやく理解した。いや、その声を聴いた時点で本当は既に気づいていたんだ。
だけど何でお前が———。
「ダニー……?」
「よく耐えたな。あとは任せろ」
そこにいたのは、俺の友人であるダニー・マルコフその人だった。




