プロローグ
午前二時四十分
……見つけた。
人々が寝静まる宵闇の中、とても地球上の生物とは思えない「それ」はそこにいた。影のように揺らめくその姿と、普通の人間には視認することのできない特異性から「ファントム」と呼ばれるそれは、何かを探すように市街地を蠢いていた。
奴らが来るまであまり時間は無い……が、ファントムをこのまま放置すれば一般人に被害が出るのは時間の問題だ。
マンションの屋上からその姿を認識した黒い衣を纏った小柄な人物は、ほんの数秒の思案ののち、自らの獲物である刀身の捻じれた短剣、ツイストダガーを構えた。
一撃でコアを破壊できなければ、この場で仕留めることは困難になるだろう。
ならば。
狙うは必殺、一撃で仕留める。
足に力を込め、一気にコンクリートを蹴り相手のコアへと向かってマンションの屋上から急降下する。
捉えた。
ファントムとの距離を一気に詰め、ダガーを弱点へと向かい一気に突き立てる。確実に仕留められたであろうその一撃を放った瞬間、火花を散らしながら自分の体ごとはじき返された。
「!」
黒衣の人物は攻撃を仕掛けたタイミングは完璧であった。ファントムの反応が追いつく前に短剣をコアへと突き立てたにも関わらず、その一撃が何かで防がれたことに衝撃を受ける。
初撃を防がれ、黒衣の人物の動きには一瞬のラグが生じたものの、ここまで肉薄した以上、ファントムを射程圏内に捉えていることには変わりはない。
すかさず空中で体を翻しながら予備のナイフの刀身をファントムに向け三本投げ飛ばしながら体制を整える。それとほぼ同時に近くにあった電柱を蹴り飛ばすことで再び高速で接近し、二撃目を繰り出した。
しかし、その刃が届くことはなく、投げたナイフははじき返されてしまう。代わりに黒衣の人物の前にはいつの間にか白いローブを纏う何者かが現れており、渾身の二撃目はその何者かに防がれていた。
「……ッ!」
白ローブからの攻撃を防いだ直後、突如「それ」の瞳が視界に入り込んだ。その瞬間、まるで時間が止まったかのように自らの体が空中で停止した。
この能力は……プラント……いや、ギフトか。
こちらの動きが停止した瞬間、白ローブの人間が「それ」を掴むと、瞬く間に視界から姿を消した。
逃がすまいと相手のギフトを自らのギフトで強引に解除し、即座に追いかけようとするも、既にそこに「それ」の姿は既になかった。
……逃げられたか。
一瞬だが影が見えたことから恐らくだが瞬間移動の類ではないだろうが、奴らが来る前にここを離れなければ面倒なことになる。どうしたものか……
追跡するか思案していると、腕に着けている時計型通信機が起動した。自動で起動するということはどうやら緊急の連絡のようだ。通信機を顔に近づけると、聞きなれた相棒の声が聞こえてきた。
「こちら8₂、そちらの状態はドローンで把握している。そんなことよりもユスティスの奴らに嗅ぎつかれた。奴らと接触する前に帰投するんだな」
……了解。
「なあに気にするな。逃亡した信徒とファントムはこちらで引き続き追跡する。お前はさっさと戻って明日の学校の準備でもしてお……」
ブチッ。
話が長すぎる。そう思い彼は通信を途中で切断すると、渋々ながら命令に従い帰投した。
彼はまだ、この日逃がしたファントムが二人の男の運命を大きく動かすことになるとは、まだ知る由もなかった。