第9話 バッタリ
「うわ......まじか」
夜、家に帰っても今日はどうせ誰もいないのでファミレスでご飯を済ませてしまおうと考えていると、有栖含む陽系女性陣がいた。
それだけなら気づかれないように遠くの机に座るだけなのだが、有栖たちの横の机しか空いていないのだ。
(参ったな......別の店にでも行こうかな。でもそんな理由で変えるのも気が引けるしな)
凪沙は少し迷ったが、私服に着替えていたし、持ち前の陰の薄さでバレないと踏んで、そこに座ることにした。
......やはりバレなかった。
凪沙は一息ついた。バレても問題はないが、少し気まずくなるのだ。
「そうだよね! うちの男子そういうところあるからさー......」
何やら有栖たちは学校の話題で盛り上がっている。
凪沙がこれを聞いても良いものか。
イヤホンをつけて誤魔化そうにも今日に限って凪沙はイヤホンを持ってきていなかった。
(聞かないことにしておこう)
凪沙はメニューを見ることに意識をする。
「そういえばさ、隣のクラスの清盛くんかっこいいよね!」
「え? どんな子?」
「背高くて、学級委員の子。うちあの子好きなんだよね~」
しかし、いやでも耳に入ってきてしまっていた。
さらに話題が話題......恋バナである。
(なんかごめん。許して)
凪沙とて盗み聞くつもりはないのだが、罪悪感を感じてしまう。
(ここで聞いてしまったことは自分の内に収めておこう。俺は最初からここにいない存在だったと)
聞いてしまうのは仕方がないこと。
というわけで割り切った凪沙はささっとメニューを決めて、呼び出しボタンを押した。
「はい、ご注文お伺いしまーす」
「え? 本当に!? 意外なんだけど~」
横からやはり話し声が聞こえてくる。
(ああ、そっか。声でバレるか。ちょっと変えないとな)
「う゛う゛ん! ......え~、『さ゛い゛こ゛ろ゛す゛て゛ー き゛のせ゛っ と゛』で」
(あ、やべ、ミスった)
店員は少し困惑しながらも承諾した。
「か、かしこまりました。サイコロステーキのセットがおひとつ、お飲み物はどうなさいますか?」
「あ、すいません、メロンソーダでお願いします」
「かしこまりました。サイコロステーキのセットがおひとつ、メロンソーダがおひとつですね。以上でよろしかったですか?」
「はい」
(まあ、向こう喋ってたしバレるわけないか)
注意しすぎて少し恥をかいてしまったような気もするが、あまり気に留めないでおこう。
先に来ていた水を一杯、凪沙は口へと運んだ。
「そういえば紡木くんいるでしょ?」
しばらく携帯をいじりながらサイコロステーキが来るのを待っていると、紡木について話題になった。
凪沙は自然と耳を傾けていた。
「あーいるね」
「あの子さ、顔は整ってるしいいんだけど、ちょっと性格がね......。友達としては楽しいし、優しいんだけど、なんか......ね」
「うんうん、ちょっと露骨にモテようとしているのがわかるって言うか。なんて言えばいいかあれだけど恋愛対象としては見れないよね」
「え? あ? そうなの? あれが素じゃないの?」
「有栖ちゃんちょっと鈍感なところあるよね~」
(紡木......お疲れ......)
紡木がこれを聞いたら、きっと紡木の心にポッカリと穴が空くだろう。
さらに意識しているから余計にである。女子に言われてしまうと傷ついてしまうと言うのが男子という生き物だ。
有栖の方はというと少し驚いていた。
少し鈍感なところがあるらしい。
「そうなもんなのかな?」
「そうだよ。だから有栖ちゃん気をつけないと~。特に有栖ちゃん可愛いから付き合う相手は見極めないといけないんだよ~」
「うーん、私そもそも誰とも付き合う気ないんだけどね」
有栖は男女関係なく喋るタイプである。それに少し天然で鈍感な部分がある。
だから男子を余計に虜にしてしまうのだ。
しかし有栖本人はというとそんな気はない。
届きそうで届かないもどかしい位置にいる。
(そりゃあ紡木も諦めるわけだ)
数日前、紡木は凪沙に有栖攻略を諦めると根を上げて言った。
本人曰く『高嶺の花すぎる』だそうだ。
「そういえば......有栖ちゃん好きな子いるの?」
聞く気はないのに自然と隣の会話に耳を傾けてしまう。
「お待たせしました、メロンソーダになります」
「ありがとうございます」
(有栖に好きな子......ま、誰とも付き合う気がないんだったらいないよな。しかも前聞いたけどいないって言ってたし)
「いないかな......まあ初恋というか、それが忘れられないから誰も好きになれないんだよね~」
「えー、そうなの? 有栖ちゃんの初恋気になる!」
「聞きたい?」
「聞きたい聞きたい!」
(有栖にも初恋があったのか、普通に気になるな)
凪沙はメロンソーダを一口飲み、話を聞いてみることにした。