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第36話 助け合い

 一学期終業式の日の学校帰り。

 

 凪沙との距離がますます分からなくなり、ぎこちない関係のまま入ってしまった夏休み。

 有栖はため息を漏らしながら家に向かっていた。


 目線は下の方を向いている。


「どうしよう、これから......ていうかなんで私あんなことやっちゃったんだろう」


 有栖はほんの数日前にしたことを思い出すだけで、顔が真っ赤になってしまっていた。

 あのあと、さらに距離がわからなくなってしまった。


 なぜあのようなことをしたのか、有栖自身もわかっていない。

 凪沙に対する嫉妬と焦りから生まれたのかもしれない。

 どちらにせよ、あの件については謝る必要がある。


 有栖は自分に対する嫌悪と凪沙に対する恋、そしてそこから生まれた嫉妬の感情でいっぱいになっていた。

 

 バッグの持ち手をさらに強く握りしめて、先ほどよりも早く歩いていく。

 有栖の胸は熱くなっていた。早く帰って部屋に閉じこもりたい一心だった。


 しかし、そんな有栖の足は公園の前で止まった。


「降りてこーい」


 そんな声が公園から聞こえてきたのだ。

 

 よく見てみれば猫が木の上で立ち往生をしていた。

 どうやら登ったはいいものの、降りれなくなったらしい。


 木の下にいる男の子は心配そうに猫を見ている。


 おそらく有栖なら登って猫を助けてあげることができるだろう。


「なーくんなら絶対助けるもんね......それに困っている人を見過ごしにはできない」


 有栖は自分にそう言い聞かせ、公園の木の下へ向かった。

 そして男の子に声をかけた。


「あの猫、君の飼い猫?」

「う、うん。で、でも登ったまま降りれなくなっちゃって、それで......」

「よしわかった、お姉ちゃんに任せておいて」


 有栖はバッグを置いて木に登り始めた。


 (け、結構きつっ......)


 少しずつ足場を探しながら登っていく。


 そして猫のいる枝に手を掴み、あと少しというところだった。


 猫が有栖に近づき、有栖の頭を経由してそのまま下へジャンプした。

 それに驚いた有栖は手を滑らせて足から落ちた。


「あう......いっててて」

「お、お姉ちゃん、だ、大丈夫?」

「うん、私は大丈夫、とりあえず降りれてよかったね」


 だいぶ足が痛むが平然を装いそんな返事をする。

 猫は男の子の腕の中に収まっていた。

 

 猫は落ちた有栖を煽るように鳴いた。


「うん! ありがとう! お姉ちゃん!」


 男の子は礼をしてそのまま公園から去っていった。


「寄り道しちゃったけど早く帰ろう」


 人助けしたあとというのは非常に気分が良い。

 軽快な足取りで帰路につこうとした時だった。


「っ......」


 左足首がズキっと痛んだ。

 どうやら落ちたときに少し捻ってしまったらしい。


 何度か歩いてみたがとてもじゃないが 耐えられなかった。

 有栖はなんとかベンチの方まで行き、そこに座った。


「いっててて......」


 有栖は軽く足を上げた。ズキズキと強烈な痛みが走ってくる。

 

 有栖は左足の靴を脱ぎ、靴下も脱いだ。


「あちゃー、腫れてる......っ」


 少し動かすだけでも激痛が走った。

 有栖の足首は腫れており、あざができていた。


 (どうしよう......このままだと帰れないし)


 この痛みでは到底歩くことができない。

 

 そんな時だった。

 

「有栖? どうしたの?」


 聞き覚えのある声がした。

 見上げてみれば凪沙が立っていた。


 (なーくん......)


 有栖は助けを求めようとした。

 しかし有栖は踏みとどまった。

 そして平然を装った。


「あー、えっと、なんでもない」


 (......私助けてもらってばっかり)


 情けないところを見せたくなかったのだ。

 有栖は凪沙に今まで助けてもらってばかり。


 故にもうそのような一面を凪沙には見せたくなかった。


「......足、腫れてるのに?」

「それは......」


 しかしそんな有栖とは裏腹に凪沙は有栖の足の怪我に気づいた。

 胸がズキリと痛むのを有栖は感じた。そして自分への嫌気が増した。


 凪沙は有栖に背中を向けてしゃがんだ。


「とりあえず恥ずかしいかもしれないけど、俺がおんぶする」

「え......?」


 凪沙は有栖に対して処置することができなかった。

 保冷剤などがあれば別だが、そんなものはない。


 だから家で治療してもらうのが一番だろうと考えた。


「多分そのまま歩いたら悪化するよ?」

「......うん、そうだね」


 向けられた優しさを無碍にすることはできない。

 有栖は痛みながらも靴下と靴を履き、凪沙の背中に乗った。


「うっ......おもっ」

「女の子に対して重いって言うんじゃありません」

「ごめんごめん」


 そんな冗談混じりのトークをしながら歩いていく。

 しかしそれでも心は晴れなかった。


「......私、なーくんに助けてもらってばっかりだな、情けないや......迷惑かけてばっかりだね、ごめん」


 有栖は独り言のように自虐的にそう言った。

 そうでも言わないと気が済まなかった。


 ただ、凪沙は有栖にとって思いがけない回答をした。

 

「俺も有栖に助けてもらってばっかりだよ」

「私がなーくんを......? そんな覚えないけど......」

「だろうね。けど俺は有栖に元気付けられた。有栖がいたから今の俺がある。有栖がいなかったら不登校になってるかも」


 そして凪沙は話を続けた。


「俺さ、一年前はめっちゃ暗くてさ。紡木以外友達なくて、人と話すのはぶっちゃけ嫌いだった。自分に自信がなかったし、ずっと奥手でどうしようもないやつだった。けど有栖が来て全部変わった。有栖の笑顔に、有栖の明るさに俺は変えさせられた。有栖が幼馴染ってわかって、前の俺を思い出してさ。こんなんじゃ有栖に幼馴染って打ち明けた時に幻滅させられるだろうなって」

「なーくん......」


 有栖は顔を少しうずくめた。そうでもしないと胸から熱いものが込み上げてきそうだったからだ。


「恩返しっていうか......だから謝る必要ないんじゃない? 有栖がまた笑顔でいてくれるなら、明るくいてくれるなら俺は有栖を何回でも助けるよ。だって親友だし、それに俺も有栖の笑顔に助けられてるし......もしかしてずっと気にしてたの?」

「っ......う、うん」

「有栖だったら......有栖が望むなら俺に甘えたい時は甘えていいよ。弱いところだって見せたっていい」

「......うん、そうする」


 有栖は目元の涙を拭いそう言った。


 (やっぱり......なーくんはかっこいいな)



 






 



 


 


 

 


 

 


 


 

 

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