第35話 供給過多
「はう......」
昼休み、食堂にて。
有栖は声にならない声を出して、胸がズキズキと痛むのを感じた。
(......なーくん、また楽しそうに女の子と話してる)
今の凪沙は前の凪沙からは考えられないくらい雰囲気が違う。
故に少々女子からの人気が上がり始めている。
有栖は凪沙を見るのをやめ、楓華に視線を移した。
「有栖、どうしたの~? 今日......というか最近元気なさげじゃん......」
「別に、いつも通りだよ」
有栖は気分を落ち着かせるために水を喉に流し込んだ。
(......胸が苦しい、でももう諦めないとダメなのかな)
楓華はため息をついた後、有栖に言った。
「わざわざ凪沙と距離取る必要なかったんじゃない~? 別に凪沙が拒んでいたわけじゃないんだし」
「別に距離は取ってるつもりないんだけどね......けど接し方が分からなくなったっていうか」
「ふーん、まあどっちでもいいんだけど~......凪沙、結構今人気上がってるし、早くしないと彼女の座取られるんじゃない?」
「......なーくんの彼女になる気なんてないし」
有栖は最後の一口を口の中に放り込み、トレーを持って立ち上がった。
「あー、ちょっと待って~、有栖~! 私まだ食べ終わってない~!」
楓華も急いで食べ終え、有栖の後を追いかけた。
***
「あれ? ......有栖?」
次の日の昼休み。
凪沙が校舎裏のベンチに向かうと人が一人座っていた。
よく目を凝らしてみれば有栖だと分かった。
校舎裏はほとんどの人が足を運ばない。
けれども生徒は自由に立ち入りすることができる。
だから告白スポットになったりしている訳なのだが、同時に悩みが軽くなる場所でもある。
それは人がいないから悩みが軽くなるのであって、それに加えてその悩みの種の張本人がいてしまっては落ち着けない。
(......もういいや、教室戻ろ)
そうしてきびすを返そうとした時だった。
ふと、あることを思った。
(......ていうかなんで有栖がここにいるんだ?)
いつも有栖は笑顔だ。一見悩みなんてなさそうではある。
しかしここに来ているということはそれなりの悩みなのだろうか。
そしてもう一つ、紡木の発言を凪沙は思い出した。
「有栖に直接聞いてみたら......か」
今は有栖と凪沙以外この校舎裏にはいない。
聞くとしたら絶好の機会だろう。
凪沙は有栖の方へ向かって足を運んだ。
有栖は足をぶらぶらとさせて正面の木をぼーっと見ていた。
「有栖、こんなところで何してるの?」
「なーくん......? あ、えっと、ちょっと疲れたから休もうかな~って」
有栖はぎこちない笑顔で笑った。
やはり有栖の顔は晴れていない。
凪沙は有栖の横に座った。
「なーくんこそなんでここにいるの?」
「教室が騒がしかったから、かな。たまにはこういう場所に来たくなる」
「ふーん......」
「......」
そこで会話は止まった。
凪沙は有栖に対するドキドキと緊張によるドキドキで胸がいっぱいだった。
(......聞かない選択肢はないよな。このままの関係は俺は嫌だ)
「有栖、一個聞いてもいい?」
「ん、どうしたの?」
「......有栖さ、最近俺のこと避けてる?」
「っ......そんなこと......」
有栖は言いかけて止まった。
思い当たる節があるのだろう。
「俺、なんかした?」
「なーくんは何もしてないよ! 私の......問題だから」
「俺が有栖に対して嫌われるようなことをしたなら謝るし.......とりあえず何か言って欲しい。今の関係は何かぎこちないし......俺は今まで通り仲良くしたいけど有栖が嫌だっていうんだったらそれは仕方ない......とりあえず遠慮せずに言ってくれると嬉しい」
「......」
有栖は口を閉じたままだった。
しばらく沈黙の状態が続いた。
凪沙はただただ有栖の言葉を待った。
そしてしばらくして有栖は口を開いた。
「なーくんはさ、私のことはただの友達だと思ってる?」
「えっと、それってどういう......」
凪沙が答える前に有栖は凪沙の首元へ腕を回した。
そして有栖は後ろへ倒れてベンチで仰向けの体勢になった。
故に側からみたら凪沙が有栖を押し倒したような形になった訳だ。
「......あ、有栖?」
「......」
有栖は頬を赤くして凪沙の目をみた。
そして視線を横に移動させた。
凪沙の胸はこれでもかというほど荒ぶっていた。
澄みきった青色の瞳に引き込まれ、凪沙は有栖の頬に手を伸ばした。
そして思いっきり引っ張った。
「ふぐっ......」
有栖は再び凪沙の方をみた。
凪沙は空いた手でもう一方の頬をつねった。
「はふ、ひひゃいっ」
「男子に色仕掛けをするんじゃない」
締めに凪沙は有栖の額にデコピンをしておいた。
「いてっ......」
「俺じゃなかったら多分色々アウトな展開になってたぞ、有栖は可愛いんだからこそ気をつけないと......」
「......なーくんじゃなかったらやってない」
頬を膨らませて有栖は言った。
「そ、そっか......」
「......うん」
もうすでに凪沙の胸は供給過多でどうにかなりそうだった。




