第34話 遠くなる距離
「......どうしよう」
凪沙は深くため息をつきながら机の上にもたれかかった。
その様子を見た紡木が凪沙の前の席に座って話しかけた。
「どうした? だいぶお疲れのご様子で」
「......うん、まあ」
凪沙は再度ため息をついた。
側から見たらそこまで気にするほどのことではないのかもしれない。
しかし凪沙からしたら少し心に穴が空いたような感覚だった。
「恋のお悩みか?」
「あー......うん」
「俺でよければ相談に乗ってやろう」
紡木は腕を組み、得意げに笑った。
過去の行いから紡木に相談したところで的外れな回答が飛んでくるだけだと思ったが、凪沙は相談してみることにした。
「端的にいうと有栖が最近俺のことを避けているような気がする。距離が前より遠くなった」
「凪沙を? 俺から見たらいつも通りだぞ?」
「前と同じような関係に戻ったというか、幼馴染って打ち明ける前の友達みたいな距離感に戻った......いや、ちょっと違うか。けどなんか有栖から避けられてる気がするんだよ」
ほぼ毎日のように一緒に帰っていたのだが、凪沙は最近ひとりで帰ることが多くなった。
そしてスキンシップも話す機会も減った。
最初はあまり気にしていなかったが、避けられているのではないかと思うようになった訳である。
しかし凪沙に心当たりはない。
少し前の記憶を辿ってみるがいつも通りの日常を送っていただけである。
「俺なんか嫌われるようなことしたっけ......」
胸が苦しい。
(あの時と似た感覚......)
凪沙はこの感情を一度だけ感じたことがあった。
有栖があの公園に何の知らせもなしに突然来なくなった時だ。
あの時と状況は違うが、有栖との距離がだんだんと離れていっているのを実感していた。
自分が何かをしてしまったのではないか。嫌われてしまったのではないか。
しかしそれを考えようともなんの手がかりもない。
紡木は少し考え込んだあと、ひとりで納得し始めた。
「一回有栖に直接聞いてみたら?」
「無理、どストレートに聞けない」
「即答かよ......けど原因がわからない以上聞いてみるしかないだろ? 凪沙の思い違いだったらそれで良いし、凪沙が何かをしたなら謝るべきだ。ま、後者の可能性は低いけど、とりあえず聞いてみたらどうだ?」
紡木の意見も一理あるものだ。自分だけではどうしようもない。
こればかりは直接聞くしかないだろう。
「わかった、そうする」
凪沙は机にもたれるのをやめて、起き上がり、自分の気持ちを紛らわすために別の話題を振った。
「そういや話変わるけど最近怪物ハンター5を始めた」
「お前も始めたのか! あれ楽しいだろ!」
凪沙がそう言うと紡木は食い入るように目をキラキラとさせた。
紡木からおすすめされたゲームで、前に夏目とアニメイトに行った時に買っておいたのだ。
買ったはいいもののプレイはしていなかったのだが、宮内がやっているという影響もあって始めてみたのだがとても楽しいものだった。
(紡木に宮内を紹介してくれって言われてるし、ここでちょっと名前を出しておくか)
「最初のボスもう攻略した? あれ協力プレイじゃないと難しいからよかったら手伝ってやろうか?」
「いや、もう攻略した」
「......あ、そっか、お前ゲーマーの妹いるもんな」
「いや、後輩もやってたから一緒にやってもらった」
そう言うと紡木は先ほどの目つきからは考えられないほど鋭くなった。
「......男? 女?」
「女」
「ぬあああ......ずるい......モテたい」
紡木は声にならない悲痛の叫びを言い、凪沙の机を何回も叩いた。
(いや、その後輩は紡木のことが好きなんだけどね)
凪沙は内心で紡木にツッコミを入れておいた。
「ちなみに誰?」
「宮内 日向って子」
「え? あのセンター分けの子? 失礼だけど......あの子、女子だったの?」
「......おう。知ってたんだな」
「まあ、一応、何回か話したことはある......ってあの子も怪物ハンター5やってたのか」
凪沙としては宮内の恋を応援したいところだった。
何故なら友人であるモテない紡木に彼女ができる唯一のチャンスかもしれないからである。
***
「わかる! あのストーリーはめっちゃ感動したわ!」
昼休み。
紡木と共に凪沙は昼食を食べていた。
話題はもちろん怪物ハンター5についてである。
「ゲーム性もいいのに、ストーリーもいいんだよな~」
紡木は感嘆の声をもらした。
(......ここまでは順調)
凪沙はこれからの作戦を頭でイメージした。
凪沙は実はとある作戦を立てていた。
凪沙と紡木が食べているところに、たまたま宮内が来て流れるように話題に入って一緒にご飯を食べようというもの。
これが成功すれば後は凪沙としてやることはない。
凪沙が手伝うのはあくまで二人の出会いまでだ。
しかし、一向に宮内はやってこない。
紡木と凪沙はもう半分は食べ終わっている。
(......あれ? 来ないな)
凪沙は後ろを向いて宮内を探した。
すると、なんとちょうど真後ろに宮内がいた。
話しかける勇気が出ないのだろうか。
好きな人に話しかけることが何気に緊張するので無理もない。
凪沙は宮内の背中を人差し指で押した。
「......凪沙? どうした?」
「あ、いや、なんも。ちょっと俺の周りに虫が飛んでたもんで」
「あー、なるほど。この時期蚊多いもんな」
凪沙は宮内が話に入りやすいように怪物ハンター5の話題に戻した。
「そういえばさ、怪物ハンター5の話に戻るけどサイドストーリーめっちゃ良くなかった?」
「あー、わかる」
紡木がそう言い終えると同時に宮内が手に持っているスプーンを置く音が聞こえた。
そして宮内は後ろを振り向いた。
「わ、分かります! 特にレイファのサイドストーリーに感動しました!」
宮内は少し緊張気味なように見てとれた。
そしてセンター分けではなくなっていた。
ボーイッシュ感は抜けないが、普通に可愛さがあっていい。
紡木も少し驚いており少し強引さがあるような気がするが、フォローすれば問題ないと凪沙は考えた。
「あ、えっと、すいません、突然首突っ込んじゃって......宮内 日向って言います。怪物ハンター5私もやっていて、大好きなんですよ」
宮内が名を名乗ると、紡木が思い出したように頷いた。
そしてジト目で『なんでこんな可愛い子と一緒にゲームできるんだよ』とでも言いたげな視線を当てられた。
紡木の反応を見るに容姿に関しては紡木好みで成功と言ってもいいだろう。
そこから怪物ハンター5についての話題が広がり、ご飯を食べ終わった後も語り合うことになった。
無事紡木と宮内は仲良くなれたようで、連絡先も交換したらしい。




