第32話 助けてもらってばっかり
「白鳥くんってさ、結構かっこいいよね」
「わかる、気遣い効くし、紳士だし、容姿も結構整ってるし。あと結構落ち着いてるよね」
「白鳥くん彼女いないらしいし......私ちょっと狙ってみようかな〜」
そんな会話を聞きながら有栖は廊下を歩いていた。
(......なーくん、めっちゃモテてるじゃん)
有栖は自分に胸にモヤがかかって苦しくなっていくことを感じた。
少し黒い感情が生まれてしまったのは最近のことであった。
(私、嫉妬してるのかな......)
有栖の歩くスピードは段々と遅くなり、そして止まった。
窓の方を見てみればちょうど昨日凪沙が告白された場所であった。
「私がもしなーくんに告白したら、なーくんはオッケーしてくれるのかな」
有栖は目を瞑り、有栖が来てから今までのことを思い出した。
そして思い出すほどに自分に自信がなくなっていく。
「無理......だよね、今のままだったら。だって私助けてもらってばっかりだし」
容姿の面では有栖は普通の人より可愛いという自覚はあった。
いつも明るく振る舞って笑顔を見せた。おかげで『雲の上のアイドル様』などという異名をつけられるようにまでなった。
しかし凪沙と釣り合うような人物かと言われたら自信がなかった。
昔から有栖にとって凪沙はヒーローのような存在だった。
ハンカチを貸してもらったあの日から。
みんな、日本語が喋れず異国語を喋る有栖を嫌った。
だからひとりぼっちだった。
遊びの輪にも入れてもらえず、公園に行っても楽しそうに友達と遊ぶ同年代の子達を眺めることしかできない。
そしてある時、有栖はその集団にいじめられた。
彼らが何を言っていたのか当時の有栖は分からなかった。
しかし、彼らが酷く有栖に対して怒っていたことは表情から読み取れた。
有栖は彼らが去ったあと、遊具のトンネルの中で一人うずくまって泣いた。
そんな時に凪沙がハンカチを貸してくれた。
凪沙が暗い穴にいる有栖に手を差し伸べてくれた。
その日から凪沙は有栖にとってのヒーローだった。
言語がわからなくても毎日凪沙は有栖の元へ来てくれた。
孤独を救ってくれた。
あの集団がまた有栖を迫害しようとした時、凪沙は有栖を必死に守った。
子供ながら凪沙はフィンランド語を学んで、有栖と話せるように頑張ってくれた。
そんな凪沙を有栖は好きになった。
それは今も変わらないことだった。
階段から落ちそうになったところを助けてくれたり、有栖が男子生徒に迫られた時もすぐさま助けてくれた。
だからこそ助けてもらってばっかりの自分に有栖は自信をなくしていた。
(私、なーくんに対して何かしたっけ。助けてもらってばっかりじゃん......)
「有栖〜」
「......」
「有栖〜?」
「へ!? あ、ごめん、ぼーっとしてた」
声がした方を見てみれば楓華が立っていた。
「顔暗いよ〜、大丈夫〜?」
「あ、うん、ごめん、ちょっと寝不足かも」
「ふーん、そっか、けどなんか顔に悩みって書いてあるよ〜」
「......そんなに私わかりやすい?」
「いやまあ親友だし」
あっさりと楓華の口から言われた親友という言葉に有栖はどこか安堵した。
しかし親友といえどこの悩みを聞かせるわけにはいかない。
有栖が好意を抱いていることを凪沙本人に察せられてしまえば、関係が気まずくなってしまう。
それならば今の関係のままでいて自分の気持ちに蓋をしてしまったほうがいい。
「......別に何も、大したことじゃないよ」
「......あ、おーい、凪沙〜」
楓華は少し考え込んだあと、そう言って後ろを向いて手を振った。
有栖は体をピクリと震わせた。
そして楓華が手を振っている方向を見たが凪沙どころか誰もいない。
「あれ、だ、誰もいないけど」
「......はは〜ん、そういうことですか〜」
楓華はじーっと有栖の顔を覗き込んだあと、納得したように頷いた。
「な、何?」
「有栖、頬赤くなってるよ」
「え!?」
窓の方を見て反射で自分の顔を見てみれば、確かに少し赤くなっている。
「......楓華、私のことはめた?」
「人聞きの悪いことを言わないでほしいな〜。チェックしただけ〜」
楓華はニコニコと笑っている。
有栖は深くため息をついた。
「お察しの通り恋のお悩み。気づいてたの?」
「んー、まあある程度は。確証を得たのは今日だけどね」
「ごめんだけど、このことは誰にも言わないでほしい......今のままの方が絶対いいから」
「うん、それはもちろん......だけど」
楓華は有栖の暗い顔を見て少し驚いた。
だっていつも明るい笑顔をしている有栖の少し重い面持ちは見たことがなかったからだ。
しかし有栖はすぐに明るい顔になった。
「ま、私も恋する乙女ってこと。告るつもりはないけど」
「え〜、付き合っちゃいなよ〜」




