第3話 暖かい場所
「え? で? 何? それで来たの?」
紡木は凪沙が絶対に来ないと思っていたのだろう。
待ち合わせ場所に凪沙が顔を見せると凪沙は紡木に本気で驚かれた。
「うん、まあ、はい。それで罪悪感に苛まれたわけです。はい」
「お前純粋だな!」
隣に座っている紡木は腹を抱えて笑っている。
「何はともあれ、お前が来てくれて良かったわ、嬉しい。俺の誘いだと来なかったんだろうけどな」
「そ、そんなことないっすよ~......」
「見え透いた嘘を」
(とてもじゃないが言えない。俺がいない方が楽しめるのかなと思って、なんてこんな笑みで迎えられてたら言えない!)
凪沙にとって紡木は眩しく、暖かい居場所で、それが逆に心地悪かった。
しかし気にすることはないのだと凪沙は前向きな気持ちにさせられた。
しばらくすると、主役である有栖がやってきた。
「ごめんなさい、遅れちゃいました」
それに反応できたのは女子だけだった。
男子はみんなほぼ固まっていた。
おそらく、有栖の私服姿があまりにも可愛過ぎたからである。
(いくらなんでも見惚れすぎだろ......)
凪沙は気にせずお茶を口に含んだ。
横を見てみれば固まっている人が1人。
(こいつもかよ......!)
「あ、凪沙くん来れたんだ! よかったー!」
(......今の状態でその声はまずいっす。有栖さん)
案の定、男子の硬直が一斉に解けて、こちらに鋭い視線が飛んできた。
紡木はそれに気づいて苦笑いしている。
紡木には凪沙がきた理由を話したので、紡木が反応するほどのことでもなかった。
その後、歓迎会は何事もなく進められた。
紡木は話題を作って有栖含むクラスのほとんどを話に参加させている。
有栖の歓迎会ということもあり、有栖メインで話をしている。
クラスの人気者はやはりレベルが違う。こういうところは凪沙にないところなので凪沙は羨ましさを感じた。
そして時々凪沙を気にかけて話を振った。
(別に気にかけなくて良いのに......)
凪沙にとってやはり紡木は眩しい存在だ。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「おう」
凪沙はそう言って席を外した。
***
外に出ると、明るい満月に少し雲がかかっていて、凪沙はそれを見て精神的な落ち着きを得た。
凪沙は人の多い場所が苦手だ。単純に疲れて人酔いするからである。
すうっと深呼吸して新鮮な空気を吸った。
「やっほ、凪沙くん」
ドアを開ける音が聞こえたので見てみれば有栖がいた。
有栖も少し疲弊したのだろう。それもそのはず。
学校に来て早々にみんなに囲まれているのだから。
大変だな、と凪沙は思う。
「どうも」
「日本の人って距離感近いんだね。転校して早々にみんなに優しくしてもらってるし、話しかけられるし」
(いやあなたも大概だけどね!?)
距離感が近い、というより有栖に周りの人を引き寄せる力があるのだろう。
コミュ力高いし、環境適応能力もおそらく高い。
「1つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「家でも日本語なのか?」
「家ではフィンランド語か英語だね。お母さんはどっちも喋れるし、お父さんも少しなら日本語喋れるけど」
「......その割には日本語上手くない? ネイティブ並みだぞ」
「ありがとう。結構日本のアニメとかドラマ見るし、日本語は練習してるからね。私昔日本に住んでいたって自己紹介の時言ったでしょ? その時友達がいたんだ。でもその時拙い日本語しか喋れなかったから次会った時にちゃんと喋れるようにって思って練習してるの......まあ会いたくても会えないんだけどね」
(そう言えばあの子もそんな感じだったっけ、あの子がフィンランド語喋ってるってわかってから俺もフィンランド語勉強して......そっか、そう言えばあの子もフィンランドと日本のハーフだっけか)
小さい頃の忘れかけていた記憶が芋づる式に掘り出されていく。しかし名前は思い出せない。
「どうしたの?」
「あーいや、俺の小さい頃の友達もそんな感じだったから。懐かしいなって」
「そうなの? ちなみに凪沙くんはどこ出身......」
有栖がそう言いかけたところで扉が開いた。
クラスの女子だった。
俺を見て少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻して有栖に話しかけた。
「有栖ちゃん、頼んだやつ来てるよ~」
「本当? ありがとう」
有栖はそう言って中へ入っていった。
凪沙はまだ少し酔いが残っていたので、少ししてから中に戻った。
***
20時半ごろに歓迎会は解散となった。
「なあ、俺、有栖さん送ってこうかな?」
「やめとけやめとけ。その前に女子に取られてるぞ」
有栖の方を見てみれば女子に囲まれていてもうすでに帰路についていた。
「うげっ、しかも帰り道違うし」
「というわけで俺と帰ろう。紡木」
「ん、お前からその提案来るの珍しいな」
「プリペ買い損ねたからコンビニ寄ってくぞ」
「えー俺付き合わなきゃいけんの? まあアイス買いたかったからいいけど」