第25話 恋の芽生え
(なんだかんだ言っていつのまにかクラスに馴染めてるんだよな。前と違って話すようにはなったし)
昼休み。そんなことを考えながら教室を目指して階段を降りていく。
去年は紡木しか話せる相手がおらずクラスメイトとも滅多に話していなかった。
クラスで一人だけ孤立している状態だった。
しかし凪沙は今ではクラスに馴染むことができ、友達とまではいかないものの三人以外に話し相手は増えたのだ。
(これも紡木とか有栖、楓華がいなかったら馴染めていないんだろうな)
有栖が来てくれたおかげで全てがガラリと変わった。
有栖がいたから凪沙の学校生活は以前よりも明るいものになっていた。
有栖の性格や笑顔は無意識のうちに凪沙を変えていたのだ。
有栖は凪沙にとって大切な存在。
けれどもそれがどちらの感情なのかはまだ凪沙は理解できていなかった。
あの頃の感情と似ているようでどこか違う。
(憧れなのか恋なのか......いや、少なくとも恋ではないか『あの子』と重ねているだけ)
そんなことを思いながら歩いていると前で有栖とその友達が階段を下りていたので少し胸がドキッとした。
「有栖ちゃん今日なんか元気ない?」
「あー、うん、昨日あんまり寝れなくて。いつもは寝れるんだけどね」
「わかる。たまに寝れなくなる時あるよね。それでスマホ開いて時間潰してたらいつのまにか寝てたみたいな」
有栖は目元を擦っており、眠たそうにしている。
昼食後も相まって余計に眠気が襲っているのだろう。
にしてもあそこまで元気がない有栖は新鮮だ。
(だから今日の朝、机にもたれかかってたのか。昨日の雨でちょっと濡れてたから体調崩したのか心配だったけど安心)
有栖たちは凪沙に気づく様子はなく話を続けている。
すると有栖の「あっ」という声が凪沙の耳に入ってきた。
凪沙の視界に映っていたのは足を滑らせて階段から落ちそうになっている有栖。
凪沙は反射的に有栖に近づいて有栖を片手で抱き、それを防いでいた。
「あっぶな......」
「ふわっ......な、なーくん!?」
隣にいる友人も驚いたように目をパチパチとさせている。
凪沙は一息ついて有栖を放した。
「有栖、大丈夫? 怪我ない?」
「あ、え、うん。全然......平気」
「よかった。気をつけてね」
「う、うん。ありがと」
「じゃあ、また」
凪沙はそう言い残して階段を降りた。
(あれ、これ結構やってしまったパターンでは? いやいや、あれは見過ごせないし仕方ないだろ、うん)
凪沙は頭の中で色々と考え込んでいたので後ろから聞こえてくる会話も聞こえなかった。
「(有栖危なかったね。凪沙くんなんかクールだね。......って有栖、なんか顔赤くない?)
「(た、多分気のせい......)」
「(本当に~? 前々から思ってたけど実は......)」
「(き、気のせいだってば!)」
***
その日の午後。五限目終わりの休み時間。
「......」
「......」
(いや、気まずすぎません!?)
凪沙は普通に有栖のことを意識してしまい、話す言葉が見つからない。
有栖も同じように話す言葉が見つからないようだった。
故にお互いの関係に気まずい状態が続いている。
有栖が凪沙を見ていることに気づき、凪沙も有栖の方へ目を向けて何か話そうとするが、その前に有栖は席を立った。
(......不本意とはいえ一応謝っておいた方がいいかな)
有栖にあの一件が原因で凪沙から距離を遠ざけている雰囲気は見られない。
しかし、謝るという口実でこの気まずさから脱却しよう、という手段だ。
凪沙は色々と考えて、戻ってきた有栖に声をかけた。
「......」
「あのさ、有栖」
「っ......な、何?」
「昼休みはごめん。不本意とはいえ、その......嫌だったよな」
「あ、ううん、私は全然。謝らないで。なーくんが助けてくれなかったら階段から落ちてて怪我してたかもしれないし」
有栖は凪沙の目を見て誤魔化すように笑った。
「その......それに......」
「それに?」
そして有栖は髪をくるくるといじりながら目を逸らして言った。
「なーくんなら良いかな~......なんて」
「......!?」
いつも通りの表情や声色で言っていたら凪沙も何も意識することはなかっただろう。
しかし有栖は頬を赤くして少し照れながら言った。
その仕草に凪沙の胸はこれまでにないほどに早鐘を打っていた。
(これは......流石に無理......)
凪沙は耐えきれなくなり逃げるように前へ向いて姿勢を戻し、額に手を置いた。
多分ご存じの方は気づいたかな?
『憧れなのか恋なのか』個人的にすごく好きな言葉です。




