第24話 無自覚な恋
「......雨か」
放課後。
凪沙は屋根の下、すっかり本降りになってしまった雨を見て少しため息をついた。
ただただ雨の音だけが聞こえてくる。
(......こんなことなら早く帰るんだった)
天気予報で降水確率がかなり高かったので少し大きめの傘を持ってきていて正解だった。
しかしそれでも濡れてしまいそうな勢いである。
止む気配もないので腹を決めてこの雨の中、帰るしかない。
(うわー、一面水たまりだし。絶対靴下濡れるじゃん)
そんなことを考えながら傘を差し、歩き出そうとした時だった。
ふと、横を見てみれば少し離れたところで困った様子で雨を見て有栖が立ち尽くしていた。
手には傘を持っておらず、雨が止むのを待っている様子だった。
(有栖、傘持ってきてないのか)
もはや凪沙に貸さないという選択肢はなかった。
凪沙は有栖の元へと向かった。
「有栖、傘ないの?」
「あ、なーくん......う、うん」
「良かったら一緒に入る?」
「いいの? 私入れたらなーくんが濡れちゃうんじゃ......」
「俺は別にいい。有栖がこのままずぶ濡れで帰るより俺が濡れた方がまし」
そう言うと少し有栖は視線を逸らした。
「そっか、じゃあ入れてもらおっかな」
有栖は凪沙の傘へと入り、二人で足並みを揃えて歩き始めた。
段差を降りると、足にひんやりとした少し嫌な感触が伝わってくる。
しかし、凪沙はそんなことなど気にも留めていなかった。
(これ、相合傘......)
ゆっくり考え直してみれば世間体でいう相合傘というものである。
そう思ったところで凪沙の胸は少しドキドキとしていた。
なんだか意識してしまい会話することが見つからない。
「......」
「......」
お互いに無言である。
雨音だけがただただ聞こえてくる。
(あの頃と同じ感覚......いや、気のせいか)
ふと有栖の方を見れば、肩に雨が少し当たっていた。
凪沙は傘を横に移動させて有栖に雨が当たらないようにした。
代わりに凪沙が雨に当たる面積は増えたが、問題はない。
それに有栖の制服が濡れて透けてしまうというなんとも言えない構図は凪沙としても避けたいところだった。
「あ、なーくん、肩......」
「ん? ああ、別に大丈夫。濡れてるって言っても多少だし」
「......ありがと」
有栖の頬が若干赤くなっているのは気のせいなのだろうか。
いつものような調子ではない。どこか具合が悪いのだろうか。
(体調悪いのかな)
「有栖、大丈夫? なんか体調悪そうだけど。顔赤いし」
「え!? あ、いや、別に......だ、大丈夫」
「本当に?」
「う、うん」
やはりいつものような会話のリズムになっていない。
しかし、家も近い上、本人が大丈夫だと言っているのだ。
そこまで心配する必要はないだろう。
そんなことを考えていると、有栖から話を切り出された。
「なーくんはさ......私のことどう思ってる?」
「どうって言っても......」
(有栖のこと、どう思ってるって言われても......普通に友達だし)
容姿の部分で言えば普通に可愛いと思ってるし、性格の面で言えば明るくてどこか無邪気。
「どう答えれば良いかは分からないけど、大切な友達だとは思ってるよ。有栖といると楽しいし。流石に昔みたいな関係ではないけど、今の有栖との関係でもいいのかなって」
年月が経ち、昔のような関係ではないのは確かだ。
それでも凪沙は有栖のことを変わらず大切な友達だと思っている。
「容姿も可愛いし......あ、思ったんだけど有栖、彼氏本当にいないの?」
「あ、うん。それどころか今までいたことない」
(有栖の容姿ならすぐできそうなのに。......でもそれで苦労してきてるんだろうな)
楓華の言っていたように、友達だと思っていたけど相手から好意を持たれていて気まずくなってしまうなど容姿で苦労してきた面もあるのかもしれない。
「あー、彼氏欲しいな〜」
「有栖に好きな人ができたら俺は応援する」
有栖も年頃の女子高生。好きな人が一人いても何もおかしくはない。
「(......なんか複雑)」
有栖が何かを呟いたような気がしたが、雨音でかき消されてしまった。
***
「なーくん、わざわざありがとね。私の家まで送ってくれて」
「別にいいよ。濡れて風邪引かれても困るし」
凪沙は有栖の家の前まで送っていた。
雨が降り止まなかったので致し方ない。
有栖は制服は濡れておらずなんとか耐えたようだ。
変わりに自分の制服が濡れてしまったがシャツを着ているので問題なしである。
「じゃあね、なーくん。また明日」
「うん、また明日」




