第23話 嫉妬
「なーくん、おっはよ」
「ん......おはよう」
凪沙の正体がなーくんだと有栖に打ち明けてから、凪沙と有栖はさらに距離を縮めていた。
元々有栖の距離感が近いのもあるのだが、前よりも有栖と接する回数が増えた。
あの頃のような関係ではない。お互いに成長しているからだ。
しかし凪沙は有栖にとって親友の存在に近いものだった。
「もしかして眠いの?」
「......うん、眠い」
「昨日どうせ遅くまでゲームしてたんでしょ?」
「そ、そ、そんなことないですよ~」
(昨日夏目のゲームの探索に三時まで付き合わされたからな......夏目め......)
と、凪沙と有栖が話していると、紡木が凪沙の前のまだ空いている席に座った。
そして無言で有栖に目を向け、ゆっくりと凪沙の方に視線を戻した。
「......ん? どうした?」
「いや、有栖と凪沙って最近めっちゃ仲良いよなっていう」
「なーくんとは気が合うし、話しやすいからね〜」
「ふーん......」
『おい、なんであだ名呼びで呼ばれているんだ』とでも言いたげな視線を紡木は凪沙に向けた。
凪沙は耐えきれず目を逸らした。
凪沙自身そこまで距離感は変わらないのだろうと思っていたのだが気づけば近くなっていたのだ。
「(思ったんだけどさ、幼馴染ってこと言ったの?)」
紡木は凪沙に耳打ちをした。
凪沙はそれを聞き、首を小さく縦に振った。
「なるほど......って、あっやべっ、予習やってねえ。やらなきゃ」
紡木はそう言って自分の席に戻って行った。
なぜか去り際に下手くそなウインクを紡木にされた凪沙は苦笑いするしかなかった。
「そうだ、なーくん、今度さ一緒に遊ばない?」
紡木が去ったあと、有栖は凪沙にそう提案した。
「たしかに。なんだかんだで予定合わなくて最近遊んでないし。俺はいつでも遊べる。あとは二人だけど......」
凪沙は四人で遊ぶと思っていた。しかし有栖の考えはどうやら違うようだ。
「じゃなくて、二人......で」
「有栖と俺で?」
「うん、ダメ......かな」
有栖は目を逸らして言った。そんな顔をされては断れるわけがないというもの。
(有栖と二人でか......前も勉強会みたいなもんだったけど遊んだし、断る理由もない。普通に遊びたい)
「別に俺はいいよ。暇だし」
「本当!? やった」
有栖はニコッと笑った。凪沙は前よりもその笑顔が眩しく見えた。
***
「ちっ......なんでお前なんかが」
昼休み。少し教室の中が暑いので涼みに図書室にでも行こうと廊下を歩いて、ある男子生徒のそばを通り過ぎた時、小声で嫌味を言われた。
(......なんで舌打ちされてんだ、俺)
足を止めて振り返れば殺気がダダ漏れで睨まれていた。
凪沙は影が薄いので当然のことなのだが、凪沙とその生徒は接点がないし他クラスなので初めましてである。
(俺なんかしましたっけ〜)
その生徒が発した『お前』が凪沙ではないかもしれない。
過去になんらかのストレスが溜まる出来事に巻き込まれて、それを思い出して腹を立てているだけかもしれない。
凪沙は気にせず歩くことに決め、再び足を進めた。
しかし凪沙は肩を思いっきり掴まれた。
「......本当になんでお前なんかが」
凪沙は生唾を飲み込んだ。面倒ごとになりそうな予感である。
内心、凪沙の心臓は緊張で荒ぶっている。
「お前、有栖とどういう関係?」
「え? いや、普通に友達だけど......」
「うざっ」
その生徒は足を何度もトントンと床に叩き、苛立ちを見せていた。
(なんで俺がそんなこと言われなきゃいけないんだよ......)
「あだ名呼びされてるぐらい仲良いし、なんなんだよお前。パッとしないし、俺の方が顔立ち整ってるのに」
初対面なのにいくらなんでも失礼すぎる人である。
凪沙は少し考えてみることにした。何故自分がこの生徒に恨みを持たれているのか。
そして僅か数秒で結論が出た。
この生徒は有栖のことが好きなのだ。だから友達である凪沙に腹を立てて嫉妬していると。
あだ名呼びもされているし、有栖と男子の中で一番距離が近い。
そんな凪沙に嫉妬をしているのだ。
(こっちにそんな気はないし、向こうもないから嫉妬しなくても良いのに)
「安心してくれ、そんな関係ではないしただの友達だ」
「嫌味かよ、うざっ......」
そしてその生徒はとんでもないことを言い始めた。
「お前もう有栖と関わるのやめてくれね? それか有栖に俺のことを紹介するか」
「......え?」
流石にこれには凪沙の堪忍袋の緒が切れた。
「なんで俺に嫉妬するんだ。ただの友達だって言ってるだろ。それにそんなに羨ましいなら自分からアタックすれば良い。別にそれ自体を邪魔する気はない」
「ムカつく、お前陰キャだろ。陰キャのくせに......」
言いかけたところで、また誰かがその生徒と凪沙の間に割って入った。
「はい、そこまで。春翔、落ち着け」
「お前も思わないのかよ。なんでこんなやつと有栖が......」
春翔と名乗る子を押さえている生徒は坊主で少し背が小さい。
(なんかどこかで会ったような......)
少し記憶を辿ればある生徒に行き着いた。
有栖に告白をした人物だ。
「すまん、凪沙。迷惑だったよな」
「あの時の.......」
「本当あの時はありがとう。俺あれから自分を見直したんだよ。お前の介入がなかったら俺が暴走していて大事になっていただろうな......鳳条さんにもお前にも迷惑をかけた」
グッとその生徒は拳を握った。
だから坊主にしたのだろうか。この前とは雰囲気が違って見えた。
「そろそろ行くぞ、春翔」
「......おう」
春翔と名乗る生徒は渋々連れて行かれた。
恋とは怖い。その上、有栖はかなりの美少女でモテる。
楓華が心配する理由がよくわかった。
凪沙は胸を撫で下ろして、図書室へと向かった。
恋は人を盲目にする、よく言いますよね。




