第2話 歓迎会のお誘い
「ねえねえ、みんなで有栖さんの歓迎会しない?」
長かった校長先生の話も終わり、始業式が無事終了した。
そしてあとは帰るだけ。
帰ってゲームでもやるか、と凪沙は思っていたのだが、クラスの陽キャがそう提案した。
『みんなで』とあるが、行くべきだろうか。凪沙が適当に理由をつけて断っても誰も何も気にしないだろう。
「いいねいいね、賛成」
「私のために? ええ、いいの?」
「うん、どうせならね。最近集まりもなかったしこの機会にみんなで集まって仲良くなろうよ~」
このみんなの中に含まれていないんだろうな~と凪沙は思う。
凪沙以外のクラスメイトは案外賛成的だった。
「昼にするのか?」
「夜にした方がいいんじゃない? 昼だとすぐに集まらなきゃだし」
「それもそうか。有栖さんは夜でいいか?」
「私はいつでも大丈夫」
「じゃあ夜集合にするか」
そんな会話を耳からもう片方の耳へと聞き流しながらそそくさと帰る準備をしていると、紡木が肩を組んできた。
「おい、何帰る準備してるんだよ」
「え、いやー、行けたら行くわ」
「行かないやつだろそれ! お前も来るんだよ」
「なんで? 俺なんか誰も求める人いないでしょ」
「おいおい今日はどうした。気楽に行こうぜ。少なくとも俺は求めてるしな」
こう言われると普通に嬉しい。しかし行ってもどうせ一人になるのだ。
紡木は本来ならクラスの人気者の立ち位置だ。
凪沙が本来なら関われるような相手ではないと思っている。
それに紡木はお人好しだ。
ぼっちで気まずそうにしている凪沙にわざわざ声をかけて美少女攻略の邪魔をしてしまうだろう。
いわば凪沙はいない方が良い存在......。
それならば家でのびのびとゲームをしたほうがいい。
凪沙にとってもクラスにとっても紡木にとってもこの選択が一番得がある。
凪沙自身こういう選択をよく取ってきたので慣れているし、全然苦ではない。
こうして気にかけてくれるだけでも良い。
「今日は本当に用事があるんだ。だから行けたら行く」
「......そうか。ま、無理強いはしない。来たくなったらこいよ」
「ああ、もちろんだ」
凪沙に行く気なんてサラサラないのだが。
「じゃあ店決まったらクラスチャットに送っておくね」
少し訂正。行く行かないの前に行けないが正解である。
そもそもクラスチャットに入っていないので、店の名前を知ることができない。
凪沙の豆腐メンタルに百の精神ダメージが入ったようだ。
「......そろそろ帰るわ。ばいばい、紡木」
「おう、そうか。俺は来るって信じてるからな」
***
「ぬああ、また負けた!」
バタッと凪沙はベッドに倒れた。
テレビにはゲームオーバーの文字が映し出されている。
明日から学校がいつも通りに戻ることを考えるとなんとも言えない嫌悪感に包まれてしまうのは言うまでもないだろう。
はぁ、と凪沙はため息をついた。
ゲームも飽きたため、凪沙は特に意味もなく手元にあったスマホを開いた。
すると、紡木から店の場所と待ち合わせ時間が送られてきていた。
『18時、永延園前集合』
わざわざ送ってきてくれるとはありがたいことだ。
行かないとわかっているだろうに。
(一匹狼に群れなんて必要ない。一人でも十分楽しめるし、一人の方が楽しい。心が痛くならないのかって? 黙秘権を行使するよ)
それにしてももう5時か。数時間ぶっ通しでゲームをやったことになる。
流石に疲れた。ただもう少し何か別のゲームをやりたい。
すると、1件の通知が来た。
「な、な、な......SSR、白髪エルフのエーフルガチャだと!?」
最近やっていなかったゲームだが、エーフルというキャラは凪沙の最推しキャラのため引かないという手はない。
凪沙はダウンロードを済ませて早速ガチャ画面を開いた。
そして手慣れた動作で10連ボタンを押す。しかし......。
「石が足りません......?」
そう、やっていなかった上に最後にガチャを引いて終わったのでガチャ石が全然なかったのだ。
今から貯めるにしても時間が勿体無い。となると凪沙にはあれしかなかった。
「コンビニ行こう、うん。別に天のカードを買いに行くわけではないけどね」
やると決めた時の凪沙の行動は早い。パパッと身支度を済ませて外へ出た。
「ん......インドア系にはこれでもかというくらい眩しい」
空は紅色で、綺麗な夕陽が凪沙を照らした。
無論、インテリ系には眩しい。はっきり言って目が痛い。
ゲームをやり過ぎた影響もあるだろう。
腕を上に引っ張り、体を伸ばして、コンビニへと歩いて行った。
(にしても休み中はコンビニすら行ってなかったからな。全然体動かしてないや)
紡木と遊ぶ予定だったのだが、いつのまにか長い休みが終わっていた。
凪沙はそろそろこの生活を変えなければならないと頭ではわかっているのだが、体はそう簡単にいうことを聞かない。
「......公園か」
しばらく歩いていると、ちょうど公園を通りかかった。そこで一度立ち止まる。
別にここで何かしたわけでもないのだが、懐かしさを覚えてしまったのだ。
金色の髪にサファイアのような魅力ある瞳。
無邪気で天真爛漫な子だった。
凪沙には幼馴染がいた。そして転校生の髪も瞳もその子と同じだったから昔のことを思い出してしまうのかもしれない。
凪沙の淡い初恋......。
「十数年も前のこと根に持ちすぎだろ。俺。大体小さい頃の思い出なんだし......」
しかしどうにももう一度あの笑顔を見たいと思ってしまう。
そんなことを考えていると、もう日が暮れそうだった。
さっさとコンビニへ行った方が良い。
凪沙は前を見て、再び歩き出した。
その時だった。
「......あれ?」
目の前から歩いてきた人があの子と重なった。
そんなはずはないと凪沙は思い、目を擦ってみれば、その人の正体は有栖だった。
(......流石に見間違えか、しかしどう接すれば良いものか)
私服だし案外バレないものかもしれないと思った凪沙は無視を決め込むことにした。
しかし一方、有栖は凪沙に気付き、手を振って微笑んだ。
こうなった以上、無視することなどできない。
「こんにちは」
凪沙はぺこりと頭を下げて、どうも、と一言。
「えーっと、ごめん、名前教えてくれる? 同じクラスの子だったよね」
「白鳥 凪沙です」
「あ、凪沙って言うんだね。よろしく凪沙くん」
いきなり名前呼びで呼ばれ、凪沙は少し戸惑ってしまう。
しかしお構いなしに有栖は続けた。
「今日凪沙くんも来るでしょ?」
「あー、いや、行かない......です」
「そうなの!? 何か用事?」
「はい、まあ。行けたら行きますけど」
「そっか......みんなでやりたいなって思ったけど、それは仕方ないね......残念」
有栖は少ししょんぼりと、哀しそうな表情を浮かべた。
そのせいで罪悪感に苛まれてしまった。
(う......そんなのされたら行くしかないじゃん)
「あ、あと、敬語禁止。同じクラスなんだからタメ口でいいよ!」
「は、はい......あ、うん」
「じゃあ私そろそろ準備しなきゃだし帰るね。来れたら来てね! ばいばい」
「さような......ばいばい」
そうして有栖は去っていった。
(が、外国の人って距離感近いんだな)
凪沙は有栖の後ろ姿を見ながらそんなことを思った。