第17話 変な邪推
「こんにちは、凪沙くん」
凪沙がドアを開ければ有栖がバッグを持って立っていた。
中間テストも、もうすぐ近づいていたので一緒に勉強しようということになったのだ。
本当は紡木と楓華も入れて四人で図書館で勉強するつもりだったのだが、誘ったところ二人は用事があるらしい。
というわけで凪沙の家で有栖と共に勉強することになった。
なぜ凪沙の家に変更されてしまったかというと、有栖の要望である。
『凪沙くんの家行ってみたいな~』
とのことだったので渋々了承し、凪沙は急いで散らかっていた部屋を片付けたのは有栖には内緒である。
「こんにちは、どうぞ、上がって」
「お邪魔しまーす」
「......母さんと父さんはいないけど、妹は......いる」
「夏目ちゃんだっけ?」
夏目はまた変な邪推をし始めるのだろう。
そんなことを思っていると、階段をドタドタと駆け降りる音が聞こえた。
「あ、おにいが女を連れ込んでる!」
「おい! その通りなんだけど勘違いされるような言葉のチョイスはやめい!」
「こんにちは、お邪魔させてもらいます。この前にもあったよね」
「あー、あの時の。......へー、友達とは言ってたけど家に遊びに来るほど仲が良いんだね」
夏目はジト目で凪沙を見ている。
(......やっぱ邪推してるな)
有栖が帰ったら尋問されるのだろう。
***
涼しい環境の中、凪沙はペンを走らせていく。
有栖は英語がネイティブ並みにできるので、英語に関しては有栖から多く教えてもらえる。
「凪沙くんってまあまあ賢いんだね。フィンランド語できるあたりから、あれ? って思ってたけど」
「フィンランド語はただの趣味」
「あはは、趣味でフィンランド語勉強する人あんまりいないよ」
(そういえば最近、フィンランド語勉強してないな。......だって有栖、昔と違って日本語めちゃくちゃできるし)
凪沙は、もう一度あの子に会った時のためにフィンランド語を必死に勉強していた。
しかし、あの子が有栖だと気づいてからはモチベが湧かなくなったのだ。
有栖と似たような理由である。有栖も凪沙のために日本語を勉強していたようなものだった。
から回って別のところで役に立っているのだから笑えてしまう。
凪沙はあの子のために頑張った。もう一度会うために。
しかし、有栖があの子だと気づいても、凪沙は言いだせない。有栖も気づいていない。
だから再会したとは言えない。それでは意味がない。
(いつまで渋ってるんだろうな)
いざ言い出すとなるとやはり怖いのだ。
(でも......な)
凪沙は少し深く息を吸った。
「......ねえ、有栖」
「ん、どうしたの?」
有栖は手を止めて凪沙の方を見た。
「......」
凪沙もペンを置き、有栖の方を見た。
「......そろそろ休憩しない?」
***
(ああ、俺のヘタレ......)
先ほどを紡木が聞いていたら、きっと紡木に『おい、ヘタレ』と凪沙は言われていたことだろう。
凪沙は深くため息をついた。
そんなことを考えていると、夏目からメッセージが送られてきていた。
『さてさて、おにいはナニをしているのかな?』
(......あいつの脳内どうなってるんだ)
『別に何も』
そう返すと直ぐに新しいメッセージが送られてきた。
『本当かな~』
『別に、今は休憩中だけど』
『ふーん......あっブレーカー落としてあげよっか?』
『え、なんで?』
『ブレーカーが落ちることにより、クーラーが使えなくなる。やがて部屋はだんだん暑くなっていき、「この部屋暑くない?」そう言って有栖は少しずつ脱ぎ始める。そこでいい感じになってしまって、二人はさらにさらにお暑くなってしまうのであります』
(考えること思春期男子かよ!)
『そんな展開ないから安心してくれ。あとブレーカー落とすのはやめた方がいい。冷蔵庫の中の食材が腐る。それで母さんに怒られても知らんぞ』
『や、やけに現実的......やろうと思ってたのに』
『やろうとするな!』
夏目のテンションは常時高い。そして凪沙はそんな妹に振り回されている。
励まされているのもまた事実なのだが。
(さて、そろそろ勉強を......)
このまま休憩していたら、勉強に戻れなくなりそうだ。
凪沙はそう思った訳なのだが、有栖の方はそうではないらしい。
「ねえねえ、凪沙くん、なんか息抜きない?」
勉強しようかと言ったところで有栖がそう凪沙に問いかけた。
(......勉強だけしててもあれか)
「......夏目が新しいゲーム買ってたし、それ一緒にやる?」
「いいの?」
「多分。夏目の部屋行ってくる」
凪沙は自室を出て、直ぐ真横にある夏目の部屋をノックした。
「夏目、入っていい?」
「おにいよ、どうぞ入りたまえ」
夏目の部屋に中に入ると何やらニヤニヤとした顔で夏目は凪沙の方を見ていた。
「おにい、声が聞こえておりましたぞよ。随分とお盛んだったことで」
「何の声だよ、何もしてない」
「ちぇっ、女子連れ込んでおいて何もしないとかヘタレかよ」
「......漫画じゃないんだ。そういう展開はない」
(一体、俺の妹は何を想像しているのだろうか......)
夏目はかなり清楚な見た目をしているのだが、言動からは清楚さは全く感じられない。
「それで、何の用?」
「夏目が先週アニメイト行って買ったゲームあるだろ?」
「ああ、あの新しい対戦ゲーム?」
「あれを貸して欲しいなと」
「......私あれまだやってないんだよね。時間なくて」
夏目は腕を組んで少々考え始めた。
「嫌ならいい。夏目のやつだし」
「......あ、そうだ、私も一緒にやっていい?」
「夏目と?」
「うん」
「俺はいい、むしろ貸しの恩が大きいし」
***
「夏目ちゃんと? 良いよ! むしろ貸してくれてありがと!」
「いえいえ」
有栖は言うまでもなく夏目と一緒にプレイすることに対して喜び、笑みを見せた。
「(......ねえねえ、流石に美少女すぎない? 眩しいよ!? おにい、何とも思わないの?)」
「(もう慣れた)」
可愛いと思うが、内面は大人びたこと以外は昔のあの子とさほど変わりはないのだ。
結局、そこからは勉強することなく、ゲームを楽しんだ。
夏目と有栖はかなり仲が深まったようで、有栖が帰った後も満足げな表情だった。
「性格良いし、美少女だし......そんな子と仲良いのにも関わらず、おにいが興味なさげなのが不思議」
ただ、何故か夏目は凪沙に呆れられた。




