第16話 やっぱり距離近いよね
「にしても珍しい。有栖が提出物忘れるなんて」
「本当だよ~。でもさー、先生厳しすぎない? 別に家に忘れただけであってやるのを忘れた訳じゃないのにそんなに量ある訳じゃないから放課後残ってやってけって」
有栖はため息をつきながら机にもたれかかった。
放課後。凪沙と有栖は教室に残って一緒に課題をしていた。
二人とも提出物を忘れたのである。
教室には有栖と凪沙の二人きりで、もうすでに夕日が差し込んでいる。
「ま、有栖が悪いかな」
「むう、凪沙くんまで。凪沙くんだって課題提出忘れてるじゃん」
有栖は口を少し尖らせている。
「......先生が厳しすぎるんだよ」
「凪沙くん、ブーメラン」
「......」
「とりあえず、私はもう課題終わったので先生に提出して帰りまーす」
有栖はそう言って片付けを始めた。
(俺もそろそろ終わらさないとな。あと残り二ページか。......この調子だとすぐに終わりそうだな)
閉門まであと二十分はある。充分間に合うだろう。
凪沙は一度背筋を伸ばして、ペンを走らせ始めた。
「じゃあね、凪沙くん」
「ばいばい」
「お先に失礼しま......」
これで教室にいるのは凪沙だけになる。
かのように思われたが、有栖は足を止めた。
(......有栖?)
凪沙はペンを止めて有栖の方を見た。
少し顔は青く、足は震えている。
「わ、私やっぱりちょっと残っていこうかな~」
そんなことを言って有栖は自分の椅子に座った。
「......え、どうした?」
「いや......別に。えっと、凪沙くん、今日一緒に帰らない?」
(......!? 素直に嬉しい、けどさ、どうした?)
まだあの一件にトラウマがあるのだろうか。
そうは思ったものの、ここ数日そんな気配は見せていなかった。
「いい......けど」
「あ、ありがと」
「何かあったのなら話聞こうか?」
「......凪沙くんさ、学校の七不思議って知ってる?」
凪沙がそう聞くと、有栖は突然七不思議について話し出した。
「それ、思い出しちゃって......ね」
「もしかしてだけどさ。有栖、そういうの苦手?」
有栖はビクッと体を動かして視線を逸らした。
「......なるほど。別に幽霊なんていないでしょ。いたとしてもイタズラ好きなだけで危害を加えたりはしないんじゃない?」
凪沙は基本的に幽霊を信じないタイプだ。
だからお化け屋敷に行っても子供の頃から怖がりさえしなかった。
(そういえば昔もそうだったっけ。有栖が一人で帰るのが怖いって言って一緒に帰った時もあったな。......って変わってないな)
「ちなみにどういう話なの?」
「放課後、18時15分になると教室と廊下の窓から手形が浮き出るって話」
「手形?」
「うん、赤色の。それでそこから五分以内に学校を出ないと窓の外から、髪の長い全身ボロボロでびしょびしょの幽霊が......そ、想像しただけでも怖い......」
「うーん、創作じゃない?」
「そ、それでもやっぱり怖いものは怖い......」
(動物好きで、幽霊が怖くて......あれ、萌え要素多くない?)
凪沙はペンを走らせて最後のページを終わらせた。
記号問題は全て勘で書いた。
「よし、終わったし提出しに行きますか」
「う、うん、なんかごめん」
「別に、俺は有栖と一緒に帰りたかったし」
そうして凪沙は片付けを終わらせて、教室を一緒に出た。
(幽霊、いたら見てみたいな~。まあどうせいないんだろうけど)
「そ、そういえば中間テストもうすぐだけど勉強の方はどう?」
有栖は怖さを紛らわせるように凪沙に話題を持ちかけた。
たしかに雰囲気がある。
日はもうすぐ暮れそうだが、廊下の電気はまだ付いていない。
「まあまあ、かな。得意科目は取り切れるようにしないとね」
「ひゃっ......い、今音が、したような......」
「た、ただの物音だし、大丈夫だよ」
そしてやがて、甘い香りが鼻腔を掠めた。
有栖との距離が近いのである。
(ち、近くないですか? 有栖さん)
怖さから来るものとはまた違った緊張で、凪沙の胸は早鐘を打っている。
「はうっ......」
そして風が窓に向かって吹いた時、有栖は過剰に反応して、凪沙の手を握った。
(......!?)
「は、早く行こうよ......凪沙くん」
「う、うん」
凪沙としても、この状況を他の男子生徒に見られては大変なので早く行きたい一心だった。
それに凪沙の胸は慌てふためいていたのだ。
有栖は少し歩くスピードを早めた。
「ちなみに今何時......?」
「今は......18時14分だけど」
凪沙がそういうと有栖は歩くスピードを早めた。
***
「ああ、よかった~、何もなかった」
「......だから言ったでしょ? 幽霊なんていないって」
「うん、そうだね」
有栖は一息ついた。
距離も手ももう離れている。凪沙の胸は落ち着きを取り戻していた。
(こちらとしては色々あったけどね!?)
「さて、先生にも課題提出し終わったことだし......家に帰って何しようかな~」
有栖は独り言のように呟いた。
その時、凪沙がかすかに人の気配がしたので振り返った。
振り返ると、遠くて少し見えにくかったが、赤い手の形をしたナニかが窓に何個か張り付いていた。
(気のせい......だよな。夕日の反射だろ)
凪沙はそう言い聞かせて、有栖と共に校門を出た。




