第10話 あれ? 幼馴染じゃね
「昔ね、日本に住んでたって言ってたじゃん?」
「小学校の途中でフィンランド行ったんだっけ」
「そうそう、その時まで仲の良い男友達がいたんだけどね......」
「......もしかしてその子が?」
「うん、私の初恋の相手だね。私さ、日本語喋れなくて幼稚園の頃いじめられてたっていうか、みんなに距離を置かれてたの。それで公園で泣いてうずくまってたらその子がハンカチ貸してくれて......それがあの子との出会い。あの子もフィンランド語喋れなかったんだけど毎日公園に通って私と遊んでくれてね。懐かしいなー」
(あの子と似てる......?)
凪沙は、もしや、と思った。しかしまだ確信が持てていなかった。
地元でもないのにこんな所で再会するはずがないと思っていたのだ。
「でさ、その子フィンランド語喋れなかったのに、勉強したのか知らないけどある日私にフィンランド語で話してくれてね」
「有栖ちゃんのために勉強したってこと? まだ幼稚園の頃なのにその子すごい!」
「でしょ? そこからだいぶ距離が縮まってさ。小学校上がって、学校は違ったけど放課後になったら毎日公園で遊んで、楽しかったな」
(......おや?)
凪沙の胸はドキドキとしていた。
(まさか......まさかだよな?)
「当時あだ名で言ってからその子のフルネーム忘れちゃったんだけど『なーくん』って呼んでたな」
(......!?)
「うわー! な、なんかもう結末聞きたくないー! けど聞きたい!」
「あはは......それでね、ある日急に親から2週間後にはもうフィンランドに帰るって言われて......その子ともう会えないんだなって思って公園に行かなくなってさ」
「......」
女子たちは食い入るように話を聞いていた。
「でもやっぱりなーくんにお別れ言いたくて、直前に公園に行ってみたの。そしたらなーくんが来て......泣かないって決めてたけどやっぱりなーくんの姿見た時は泣いちゃったな。......で、最後にある約束をしたの」
「約束って?」
「うーん、確か、次会った時は『Myosotis scorpiodes』って私に言って。的なことを言ってたと思う。合言葉的な?」
「うわー......甘酸っぱい」
その時、凪沙の記憶が次々と掘り起こされた。
そして『あの子』の名前も。
『わ、私の名前は有栖』
(有栖......思いっきりあの子じゃん!? なんで今まで忘れて.......)
思えば全てがつながる。金色の髪にサファイアのような瞳。
彼女の話していた経験も全てがつながる。
(というか、なんで俺今まで気づかなかったんだ)
確かにあの子と有栖が重なる部分が多く合った。しかし同一人物だとは思いもしなかったのだ。
「もう一度あの子に会いたいな。会ったらお互い大きくなってるけどね......でも忘れてたら流石にショックかな~。忘れないでって言ったのに」
(忘れてないです。気づかなかっただけです。あともう会ってます)
凪沙は有栖との思い出は片時も忘れることがなかった。
凪沙の初恋の相手でもあるから。
(いや、昔は向こうも同じ気持ちだったとは......それが原因で本当に恋できてないんだったら申し訳ないな)
相思相愛だったことは普通に嬉しいことだ。
しかしそれが鎖となって恋心を失わせているのだとしたら話は変わる。
ただ、今ここでカミングアウトしたところで話を盗み聞いた上でさらに初恋の幼馴染のフリをするという最低野郎になりかねず、信じてもらえないと思うので、それはできない。
凪沙は一度心を落ち着かせて、整理するためにメロンソーダを飲み干した。
「お待たせしました。こちらサイコロステーキのセットになります」
「あ、ありがとうございます」
(隣の席の転校生が幼馴染だったとは流石に思いもしないよ?)
***
「お前どうした? 今日なんか変だぞ?」
「......いや、別に何も」
次の日、流石にあんなことを知ってしまっては有栖を意識せざるを得ないというもの。
どう接していいか分からず、凪沙の頭は混乱していた。
人に話してもいいが、紡木は信じてくれるのかどうか。
凪沙の唯一の友達からの信頼を失いかねない。
「疲れてる? しっかり休めよ?」
すると、有栖も会話の輪に入ってきた。
「そうだよね、凪沙くん今日元気ない。というか態度がよそよそしいような......」
(......うう)
向こうは凪沙が有栖の幼馴染だということを知らない。
知らないから態度を変える必要もないのだが、凪沙の心にモヤが残っていた。
「うん、えっと、多分気のせい......」
「気のせいじゃないよ~」
凪沙は有栖を直視できず目を逸らしてしまった。
その時、有栖のことを友達が呼んだようだ。
「有栖ちゃん、ちょっとこっち来て~」
「あ、はーい」
有栖はその友達の方へ行った。
「まさかお前......有栖に......」
「それはない」
「即答かよ。ええ、でも聞かせてみろよ」
(まあ、紡木ならいいか)
人に話せば気持ちが楽になることがある。
そう思った凪沙は昨日の出来事を話すことにした。
そして凪沙の過去についても。
聞き終えた紡木は目を丸くした。
「......ガチ?」
「ガチ」
「お前がフィンランド語喋れるのもなんか納得だわ」
「嘘ついてるって疑わないのか?」
「嘘? お前が嘘をつくとは思えない」
「つ、紡木......」
「まあ、お前が単純で嘘ついてもすぐにわかるっていうのはあるけど」
「......」
「とにかく信じがたいけど信じる......けどよ、お前。なんでそんなに意識をする必要がある。アイドル様から見たら凪沙は『友達』だろ? 初恋の相手でもなければ幼馴染でもない」
「心がモヤモヤってする」
「......まあいいや。じゃあ次、なんでカミングアウトしようとしない」
「勇気がない」
「ヘタレかよ!」
(......正直、今の俺は有栖が恋するほどの相手でもない。きっと今のぼっちで陰キャラの俺が有栖の初恋相手だったと知れば彼女はどう思うのか、それが怖いんだよな)
昔の凪沙の方が友達がいたしコミュ力もあったし、勇気も自信もあった。
しかしどうだろうか。今の凪沙は、ぼっちで陰キャでコミュ力の高い人たちがいなければ会話にすらならない。
そう思うほど、有栖を見た時に心にモヤがかかる。
有栖が恋したのは昔の凪沙。今の凪沙を見れば幻滅するかもしれない。
凪沙は深くため息をついた。
ネガティブヘタレ主人公。




