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どこにでもいる佐藤さんは、俺にとっては世界でただ一人の女の子

作者: 墨江夢

 クラスメイトの佐藤葉子(さとうようこ)さんは、どこにでもいるような平凡な女の子だ。

 

 特別成績良いわけではなく、かといって赤点常連というわけでもない。

 運動神経抜群というわけではなく、かといって運動音痴というわけでもない。

 外見や内面に関しても、特筆すべきことが何もない。


 絵に描いたような普通さを持ち合わせており、個性がないことこそ個性である。それが佐藤葉子という女の子だった。


 ある日の放課後、俺・遠藤理生(えんどうりお)が本屋に立ち寄っていると、一緒に下校していた友人に話しかけられた。


「なぁ、遠藤。あそこにいるのって、佐藤さんじゃないか?」


 そう言いながら友人は、高校参考書コーナーで英単語帳を選んでいる女子高生を指差す。

 

 地味さを全面に出したあのオーラは、確かに佐藤さんに酷似している。しかしあれは、佐藤さんではない。

 なぜなら……あの女子高生の着ている制服は、我が校の制服ではないからだ。

 

「制服をよく見ろ。ウチの高校のやつじゃないだろ?」

「あっ、本当だ。それじゃあ、あれは佐藤さんじゃないね」


 俺に指摘されて、友人は納得する。


 別に英単語帳を選んでいる女子高生が、佐藤さんと瓜二つというわけではない。俺から言わせれば、顔はそこまで似ていなかった。


 しかし佐藤さんにはこれといった特徴がなく、寧ろ特徴がないという点が際立ってしまっているから、世の中の地味な女の子は全て佐藤さんのように見えてしまうのだ。


 今回のような出来事は、結構頻繁に発生する。

 

 例えば誰かがクラスメイトに、「佐藤さんどこにいる?」と尋ねるとしよう。

 すると数人の生徒が、「佐藤さんを見た」と手を上げる。……各々、全く別の場所で。


 急用なので猛ダッシュで全ての場所に向かってみるも、そこにいたのは皆別人。

 結局佐藤さんは最初から教室にいたりする。


 佐藤さんはどこにでもいる。だからこそ、本物の佐藤さんは誰にも見つけられない。


 そう、俺以外には。


 翌朝。

 俺はいつものように、友人と共に登校する。


 電車に乗り、吊革に掴まり。友人との会話を遮って、目の前に座る女子高生に目を向ける。そして先に乗車していた彼女に声をかけるのだった。

 

「おはよう、佐藤さん」

「おはよう、遠藤くん」


 俺が佐藤さんと挨拶を交わしたのを見て、友人は「よく気付いたなぁ」と感心する。


 そりゃあ、気付くさ。

 仮に似たような女子高生を100人集められたって、俺は本物の佐藤さんを一発で見つけられる自信がある。


 だって佐藤さんは、俺にとって――



 


 二学期に入り、我が校では文化祭が迫っていた。


 文化祭では、各クラスがそれぞれ出し物を企画する。

 メイド喫茶やお化け屋敷、大講堂を使っての演劇なんかが専ら人気だ。


 文化祭では集客数上位3クラスが表彰され、見事1位に輝いたクラスには賞金10万円が支給される。

 文化祭の打ち上げ代を確保するべく、どのクラスも全力で文化祭に取り組むのだった。


 俺たちのクラスも、例外ではなく。

 学級委員である俺を主体に、出し物についての話し合いが行われていた。


「文化祭の出し物について、案のある人はいますか?」


 案が出なければ、選びようがない。

 俺はまず、「何でも良いから」とクラスメイトたちに出し物の案を募った。 


 案自体は、簡単に集まった。

 予想通りのメイド喫茶にお化け屋敷。あとは縁日やヒーローショー。

 しかしどの案も他クラスと被ってしまいそうだったり、インパクトに欠けていたりするものばかりだった。


 そんな中、一人の男子がこんなことを言い出す。


「他のクラスに真似出来なくて、かつインパクトのある出し物が良いんだろ? だったら、『佐藤さんを探せゲーム』なんてどうだ?」


『佐藤さんを探せゲーム』。その名称が表す通り、校内のどこかにいる佐藤さんを探すというゲームだ。

 単に佐藤さんが逃げ隠れするだけでは普通の隠れんぼと変わらないので、独創性を持たせるべくクラスの女子たちは皆佐藤さんに変装して校内に散らばる。


 ……成る程、面白いゲームだな。

 それに難易度もかなり高いと思う。文化祭期間中で、果たして何人の挑戦者が本物の佐藤さんを見つけられるだろうか?


 話題にはなると思う。集客数も、かなり見込める。

 しかしこの出し物には、一つ大きな問題があった。


「……ということなんだが、佐藤さん。君はこの出し物について、どう思う?」


 肝心の佐藤さんが「嫌だ」と言えば、この出し物は成立しないのだ。

 

 まぁこの出し物って、見方を変えれば佐藤さんの地味さを利用しているようなものだからな。彼女がそのことを面白くないと思っていても、不思議はない。


 因みに俺は学級委員として、佐藤さんに無理強いさせるつもりはなかった。

 彼女が「嫌だ」と言うのならば、別の出し物を考えるまでである。


 果たして、佐藤さんの答えはというと――


「逃げている途中、私は文化祭を楽しんでも良いのかしら?」


 それは暗に引き受けるということだった。





 文化祭を3日後に控えた日の放課後、俺たちのクラスは、試しに自分たちで『佐藤さんを探せゲーム』をプレイしてみることにした。


 制服だと他クラスの女子生徒とも見分けが付かなくなってしまうので、被服部の女子たちが衣装としてセーラー服を作ってくれた。

 その数は、全部で10着。つまり本人を合わせて10人の佐藤さんが、常時校内を徘徊することになる。


「逃げる際のルールなんだが、顔を隠したり別の服に着替えたりするのは禁止。どこかに隠れるのは構わないが、トイレや職員室といった挑戦者全員が入れない場所はなしとする」

「わかったわ。それで、挑戦者はどうすれば私を見つけたことになるの?」

「そうだなぁ……佐藤さんを教室まで連れて来るとか?」

「そんなの嫌よ。私は何度教室を行ったり来たりしなければならないのかしら?」


 確かに佐藤さんの懸念はごもっともだな。

 まぁ、そんなに沢山の人間が本物の佐藤さんを見つけられるとは思えないけど。


「それじゃあ佐藤さんとツーショットを撮ったらクリアってことにしようか。勿論その写真をSNSに上げたりはさせないから」

「現実的に、それが妥当かもね」

「あと佐藤さんは、常に生徒手帳を持ち歩いてくれ。君が本物の佐藤さんである証明になるから」

「了解よ」


 本物を含む10人の佐藤さんが校内に散らばり、始まったお試しゲーム。


 佐藤さんたちが教室を出てから5分後、クラスメイトたちが本物の彼女を探すべく立ち上がる。

 

 皆が教室を出て行く中、俺は一人教壇に立ったままだった。

 そんな俺を不思議に思ったのか、友人が声をかけてくる。


「あれ? 遠藤は探しに行かないの?」

「全員参加しちまったら、誰がゲームの管理をするんだよ。俺はここでタイムキーパーをしているさ」


 それにもし俺がこのゲームに参加したら……10分経たずして、本物の佐藤さんを見つけられる自信がある。


 お試しゲームの制限時間は、1時間。

 俺は自分のスマホに、佐藤さんとのツーショットが送られてくるのを待っていた。


 ――30分経過。

 まだ誰からも、ツーショット写真は送られて来ない。


 ――40分経過。

 何枚かツーショット写真が送られてきた。しかしどれも本物の佐藤さんと一緒に撮ったものではない。


 ――50分経過。

 惜しい! 一緒に写っているのは偽物の佐藤さんだが、すぐ後ろに本物の佐藤さんが写り込んでいる。

 しかしこれではツーショットとは言えないので、残念ながらクリアにはならない。


 1時間が経過した。

 終ぞ、誰も本物の佐藤さんを見つけることが出来なかった。


「おい、このゲーム思いの外難しすぎるぞ? クラスメイトの俺たちですらこれなんだ。一般の来場者が見つけられるとは思えない」

「でもそれは、制限時間が1時間しかなかったからじゃない? 文化祭は二日間あるし、それだけ時間があれば誰かしらは見つけられるでしょ」


 クラスメイトたちが、口々に感想を述べる。

 様々な感想が飛び交ったが、皆が共通して言っていたのは「難しい」だった。


「それじゃあ当日は少し難易度を下げて、10人の佐藤さんたちに大きなリボンでもつけてもらうか。そうすれば、いくらか目立つだろ?」


「どうだ、佐藤さん?」と、俺は教室内にいる佐藤さんに尋ねた。


『!?』


 別におかしなことをしたつもりはないのに……なぜかクラスメイトたちは、驚いていた。


「佐藤さん……もしかして、本物? いつの間に教室に?」

「ゲーム終了5分前には、戻ってきていたぞ」


 皮肉なことに、見つけられる対象の佐藤さんが誰よりも早く教室に帰ってきていた。


「気付かなかった……」

「私は佐藤さんがいることには気付いていたけど、てっきり偽物だと思ってたよ……」


 まぁ誰も佐藤さんに話しかけないし、多分そうなんじゃないかと思っていたけどね。


 ほら、お試しでも俺がゲームに参加しなくて良かっただろ? 

 見分けたり、見つけたりするのが得意なのさ。佐藤さんに関しては、な。





 文化祭当日がやって来た。

 

 俺たちのクラスの出し物『佐藤さんを探せゲーム』は、開始早々大盛況だった。


 在校生は、文化祭が始まる前から「面白そうだ」と狙いをつけていたらしい。

 一般来場者も、物珍しさに立ち寄ってくれたりしている。


 既に10人の佐藤さんは、校内の至る所に散開済み。

 今頃たこ焼きを食べたり、演劇を観たり、文化祭を謳歌していることだろう。

 

 因みにゲーム参加者には、明確な制限時間を設けていない。

 文化祭に参加している間はいつでも佐藤さんを探して良いし、なんなら捜索中に他の出し物を覗いても良いことになっている。

 片手間でも参加出来るところも、俺たちの出し物の売りなのだ。


 アクシデントが起こったのは、正午を過ぎた辺りだった。

「佐藤はいるか?」と、担任が教室を訪ねてくる。

 

 佐藤さんは、今教室にいない。

 まだゲーム参加者の誰も彼女を見つけていないから、居場所を知るのは本人のみだ。


「先生、急用なんですか?」

「まぁな。……佐藤を呼び出すことは出来ないか?」

「ちょっと待っていて下さい」


 女子生徒の一人が、佐藤さんに電話をかける。しかし、


「嘘! 佐藤さんのスマホ、電源切れてる!」


 ……おいおい、マジかよ。


 佐藤さんの衣装に発信機が仕掛けられているとかそんなスパイ映画的なご都合主義はなく、俺たちは彼女と連絡が取れない状況に陥っていた。


 一刻も早く佐藤さんを見つけなければならない。

 しかし皆3日前のお試しゲームのことを思い出しており、彼女を見つけるのに消極的だ。

 というより、「どうせ見つけられない」と半ば諦めている。


 そんな中、ふと佐藤さんに電話をかけた女子生徒が呟いた。


「そういえば、お試しゲームした時に委員長だけ佐藤さんのことを見つけられたよね? もしかして……委員長だったら、今回も佐藤さんのこと見つけられたりする?」

「……多分な」


 俺だって佐藤さんを絶対に発見する自信はない。

 でももし、佐藤さんを見つけられるとしたら――それはきっと、俺しかいないだろう。


「委員長、頼んだ! 佐藤さんを見つけて来て!」

「あぁ! 任せとけ!」


 期待を向けるクラスメイトたちに拳を突き出し、俺は駆け出す。

 教室を出たところで、


「って、おぉ! 佐藤さん!?」


 ばったりと、佐藤さんと出会した。


「教室の前を通ったら、何だか騒がしいんだけど……何かあったの?」

「……いや。問題は、たった今解決した」


 意気込んで佐藤さんを探しに出かけたというのに、なんというオチだろうか?

 気まずそうに逸らしたクラスメイトたちの視線が、なんとも痛かった。





 文化祭が終わった。

 大体の後片付けも終わったので、屋上で一息入れていると、突然頬に冷たい何かが当てられた。


「お疲れ様」

「……何だ、佐藤さんか」


 俺は佐藤さんから冷たい何かもとい缶ジュースを受け取る。

 何ともまぁ、青春っぽいやり取りだった。


「文化祭期間は大活躍だったわね、委員長?」

「活躍したのは佐藤さんの方だろ? お陰でウチのクラスは集客数第1位だ」


 あとで聞いた話だが、SNSでは「絶対にクリア出来ない人探しゲーム」と言われていたとか。

 確かに文化祭期間で佐藤さんのことを見つけられた参加者は、一人いなかったからな。


 ……いや、それは違うな。

 一人だけ、彼女のことを見つけた人間がいる。


 その人物が誰なのか? 無論佐藤さんもわかっているみたいだった。


「結局この2日間で本物私を見つけられたのは、遠藤くんだけだったわね」

「だな。クリア報酬とか、何かないのか?」

「ないわよ。だって、私を見つけただけでクリアはしてないじゃない」


 ……あっ。

 言われてみれば、俺は担任に言われて佐藤さんを見つけただけで、ツーショットは撮っていなかった。


「こうなるんだったら、あの時ツーショットを撮っておけば良かったな」

「……じゃあ、今から撮る?」

「……えっ?」


 不意に佐藤さんに言われて、俺は驚く。


「だから……ツーショット写真を撮るかって聞いているのよ」


 そう言う佐藤さんの表情は、夕日を背景にしてもわかるくらい赤くなっていた。


「……それじゃあ、お願いします」


 余所余所しくしながらも、俺と佐藤さんは隣同士並ぶ。

 少し肩が触れただけだというのに、心臓が爆発するんじゃないかというくらい鼓動が速くなった。


「撮るわよ。はい、チーズ」


 撮影した写真を見返すと、笑顔というには。いささかぎこちない表情だ。

 だけど今はこれで良い。これが良い。


「ねぇ、遠藤くん」

 

 佐藤さんが問い掛ける。


「何で私のこと、見つけられるの? 何で私のこと、見つけてくれるの?」


 どうして佐藤さんを見つけられるのかって? そんなの、決まりきっているじゃないか。


「佐藤さんは、どこにでもいるわけじゃないだろ? 俺にとって佐藤さんは、世界でたった一人の……好きな女の子だからさ」

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