第9話 真の力
気付いたら窪みから飛び出していた。
もう日は落ちている。
視界に入るのは、火を起こすために使用した材料の残骸。
それらが屍のように横たわっているだけだった。
「……神頼みなんかするもんか。俺が信じるのは俺だけだ」
思えば魔法の勉強などしてこなかった。
だから俺は魔力の扱い方なんて知らない。
だから、俺がやるべきことは――思い出すべきは二つ。
炎を前に高揚していたあの気持ち。
そして、苦痛を与えられ恐怖していたあの気持ち。
俺の予想が正しければ。
多分、俺という人間は無意識に魔法を発動していたのだと思う。
自分でも気付かない。
そして父ですら気付かない。
なぜなら意識してなかったから。
「俺は火を獲得して嬉しいと思った。そして痛みを与えられそれから逃げたいと思った。俺がいま最も欲しているもの、それは――」
両手を残骸に向けて翳す。
そして精神を集中させ、目を閉じる。
数秒後、風が凪いできたのが分かった。
ただの風じゃない。
この風は俺を中心に発生している。
これは……。間違いない。これこそが魔力!
「……っ!!」
イメージする。
失われたモノ。
火が、もう一度出現するイメージ。
もし俺にも闇魔法のようなものが宿っているのならば、この魔力はきっと俺の気持ちに応えてくれるはずだ。
やがて、魔力の風が止まった。
その代わりとでもいうかのように。
「あぁ――」
俺の両手からは炎が解き放たれていた。
不思議と熱さは感じない。
あるのは得体のしれない何かが体内を駆け巡る不思議な感覚だけ。きっとこの得体のしれない何かが魔力というものなのだ。
なんとなくだが、俺はそんな直感を抱いた。
「ははは、すげえ!」
炎は俺を照らす。
放出の勢いで髪が乱れる。
目頭が熱くなって涙が出る。
そして俺は、
「は、はは、はははははっ!」
泣きながら、笑っていた。
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魔法には数多くの属性がある。
ダクヴェルム家は闇系統の属性を獲得しやすい家系だった。
リンドは正反対の光を獲得したが、別に珍しくはない。血統が得意とする属性と対を成す属性を獲得することはよくあることなのだ。
水を得意とする家系から突如炎の魔術師が生まれる。
昔からそういう事例は確認されていた。
闇系統の最下級は黒属性。
黒魔法は攻撃も防御も中途半端だ。
そしてその上が影魔法。
影魔法は有用性が高い。
鍛えれば影に出入りできるのだ。
そして影の上位が闇。
本人の魔力に依存するが、様々なモノを出し入れできる魔法。そして闇ともなると概念の出し入れも不可能ではない。
ダルヴェンディ・ダクヴェルム。
ソウ・ダクヴェルムの父は『感覚』の出し入れを可能にした魔術師だ。
だが、世界は未知で溢れている。
属性鑑定の儀は完璧ではない。
時に未知の属性が現れた時、鑑定士は判断を誤ることもある。
ソウ・ダクヴェルム。
その属性は闇属性の完全上位互換。
あらゆるモノをゼロへと還し、また、ゼロへ還したモノを復元することもできる。
ソウ・ダクヴェルムは、虚無属性を獲得していた。
ソウは幼少期の頃より【痛み】を与えられ育った。
そして成長するに従い、無意識の内に虚無属性魔法を発動。それら全ての【痛み】はソウの内側――虚無空間に漂っている。
まだ誰も知らない。
リンドも。
ラウドも。
そして、ダルヴェンディも。
やがてその【痛み】が自分たちに向けられることになるとは。
彼らには知る由もなかった。
#
ヴェルムの森のヌシ。
魔人・サティエル。
その力は一軍団を滅ぼすことすら容易い。
サティエルは魔力を糧にする。
だが、元居た世界に比べ、この世界は魔力量が少ない。そしてとある契りのせいで森からも出られない。
魔力が溜まるまでの時間、サティエルは休眠状態に入る。そしてその周期は十年に一度、そのはずだった。
だが、ある瞬間。
異常なまでの魔力が森の中で解き放たれた。
サティエルはその魔力を吸収し、そしてすぐに異変に気付いた。
なんだ。
この私が……吸収しきれない!?
あ、あり得ない!
なんて魔力量なの!?
ヴェルムの森には結界が張られている。
外部からの魔力の侵入を阻み、サティエルの餌にしないための結界。
その結界はダルヴェンディが作ったものだ。
なお、その結界を作ったダルヴェンディは一年もの間寝込んだという。ソウが生まれる数年前の話だ。
ダルヴェンディほどの強力な魔術師。
その魔術師が一年寝込むほどの魔力を込めて作り出した結界。
それが――。
パリィンッ!
跡形もなく消し飛んだ。
ソウの魔力に耐えられずに。
なにーーーっ!
ダルヴェンディの結界……ヤツが死に物狂いで作り出した結界が、結界そのものがァーーーっ!?!??
サティエルは恐怖した。
一体全体どんな化け物がこの森にやって来たのか。
きっと神龍とか堕天使とかそんなのが来てしまったのだろうと思った。
地獄では三番目に強い。
そう恐れられたモンスターがサティエルだった。
上には上がいるという。
けれど自分の上にいるのは神龍・ガルギオンと堕天使・エルゼムくらいのものだと思っていたし、その二匹+αを含め四天王なんて言われていたものだから、ぶっちゃけ有頂天になってた。
人界にやってきた時、魔力の少なさに絶望した。
「しかし罰なのだから仕方がない」と自分を納得させた。そんな折ダルヴェンディが現れ、彼はそこそこの強さだった。
自分には及ばない。
だがなかなかの勝負ができる。
そんなダルヴェンディにサティエルは友情にも近しい感情を抱いていた。
だから契りを結んだ。
「定期的に私と戦うこと。それを誓うなら、人に危害は加えないし森からも出ないわ」
と。
つまり。
ダルヴェンディが森のヌシを鎮めたというのは嘘。
実際は森のヌシから持ち掛けられた取引を満身創痍のダルヴェンディが了承し、その結果、ダルヴェンディ凄い! みたいな風潮になっただけ。
確かにダルヴェンディは実力者。
それは事実だが、国から土地を貰えるほどではなかったのだった。
ああ、頼む。
この化け物じみた魔力の持ち主よ。
どうか私のところにだけは来ないで!
お願いだから!!
そんなサティエルの願いも虚しく。
数日後、彼女の元にはその『化け物じみた魔力の持ち主』が姿を現す。
そして『化け物じみた魔力の持ち主』は意外なお願いを申し出てくるのだった。
ダルヴェンディの結界について。
外部から魔力を遮断する効果があります。
森のモンスターは弱いので、結界内部で莫大な魔力が放出されることは考慮していませんでした。というか、内部で魔力が放出された際にそれを弱体化するほどの結界は作れなかった感じです。そこまでの技量は持ち合わせていませんでした。