第41話 追放返し
「さて、最後の仕上げに入ろうか」
まだ。
これ以上。
なにか、あるのか……?
ラウドは絶望した。
呼吸と絶望。
今のラウドにできるのはその二つだけだった。
「これにてお前に対する復讐は成された。だが、まだ腹八分目ってところだ。だから、これから最後の仕上げに入る」
「これ以上、なにを……」
「マリーナちゃんと契りを結べ。当然だが断ったら【痛み】を与える」
「…………内、容は」
「一生農民として働き、ダクヴェルム領に尽くすこと。ダクヴェルムの民に一生を賭けて償うこと」
「農民?」
「そうだ。お前はこれから先、自分で働き口を探さなければならない。死に物狂いでな。そして働き口を見付けたら死ぬまで働くんだ。農民として、領民のために」
「無駄、だ。俺の顔を見れば……領主と、分かる。身分は、農民……でも、扱いは、領主のまま、だ」
「そうならない方法は考えてあるから気にするな!」
「まぁ、もう、どうでもいい。【痛み】がないなら、俺は奴隷にでもなるさ」
マリーナちゃんが足手纏いでないというのはこういう意味だ。
俺とサティは契りを結んでいる。
つまり、ラウドと契りを結べるのは他の第三者のみ。その存在としてマリーナちゃんほど相応しい人間はいないように思えた。
「では、この羊皮紙に魔法の羽根ペンでサインをお願いします」
ラウドは素直に従った。
こうして契りは結ばれた。
そして最後はサティの出番だ。
「サティ、待たせたね。あとは頼むよ」
「お任せください」
そして。
サティはラウドに『擬態魔法』を付与した。
ラウドの姿はみるみる内に変形。
取り柄のイケメンフェイスは台無し。
異常なまでに細い目と太い鼻、そして腫れあがった唇。
出っ張った腹部にゴワゴワの体毛。
背は低くなって足も短くなってしまった。
その姿はさながら――オークだった。
サティは水魔法を発動。
ラウドは水面に映る自分の姿を見て、そして……失神した。
#
「そんなに自分の顔に自信があったのか。まさかショックで失神するほどとは思わなかったよ。まぁいい。これでお前は別人になった。親父に縋ることも兄に縋ることもできない惨めな豚だ」
「う、うう……うあああああ……」
「ラウド・ダクヴェルム。あえて言おう。本日を以てお前をダクヴェルム家から追放する――ッ!!」
肉体的な【痛み】。
その次はに与えるのは精神的な【痛み】。
これでラウドへの復讐は、完遂された。
「あ、あ……、あああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!」
悲痛に満ちたラウドの絶叫は、大宮殿全域の空気を震わせた。
#
御者を捕まえ、ラウドを荷台に乗せる。
行き先はジャラッダの町の最西部。
砂まみれで環境が悪く、息をするのも苦しい地域だ。
「それじゃ、これから頑張って働くんだぞっ!」
返す言葉もなく。
ラウドは死人のような顔で連れられていった。
「はぁ~~~」
そして。
俺はドサッ、とその場に尻餅をつく。
「大丈夫ですかっ!?」
サティとマリーナちゃんが心配の声を上げた。
正直言うと、大丈夫ではない。
気丈に振舞ってはいたが、結構キツかった。
ラウドの姿。
そして魔法。
その全てが肉体に刻まれた恐怖を呼び起こした。
それを悟られては、ラウドに勢いを与えてしまう。
だからこそ、気丈に振舞う必要があった。
結果、その疲労がここにきてドッサリやってきた感じだ。
「ははっ、ダセぇ~。見てよこれ、手が震えて――」
瞬間。
サティが抱きついてきた。
「サティ?」
「ソード様、もう大丈夫です。……申し訳ありません。お傍に仕えると誓ったのに、その内にある悲しみに気付いてあげられなかった。これでは従魔失格ですね」
「ど、どうしたんだよ急に」
サティは泣いていた。
俺を抱きしめながら、涙を流していた。
「ずっと辛かったでしょう。ずっと苦しかったでしょう。一人で全てを抱え、誰にも助けを求めることができない……そんな環境に置かれていたのですね」
「…………」
「でも、もう大丈夫です。これから先は私がいます。それにユニだっている。血の繋がった家族にはなれません。でも、ソード様の内にある傷を癒すような、そんな存在になることはできるはずです」
「……」
「だからもう大丈夫。大丈夫ですからね」
気付けば俺も泣いていた。
必死に声を押し殺した。
でも、限界は早かった。
こんな……。
こんな言葉を投げ掛けられたら、もう、無理だ。
今までゴミのように扱われてきた。
属性【無し】。
たったそれだけで奴隷のような人生。
「ぐっ、く……ぅう、ううう……」
「私が全部受け止めてあげます。大丈夫、大丈夫ですよ」
「うぅぅぅうう……っ!」
思えば。
俺は、ずっとこうして欲しかったのかもしれない。
誰にも愛されずに死ぬと思ってた。
誰にも見向きされず必要とされずに。
心の底。
深淵を覗けば、そこにはいつも5歳の俺がいる。
そして、身を屈めながら泣いている。
泣きながら家族を呪っている。
5歳の男の子とは思えないほどの悍ましい表情で、涙と共に怨嗟の言葉を連ねている。
いわば亡霊。
その亡霊が、消えつつある。
「ずっと……ずっと、こうして欲しかった」
俺は願望を口にした。
誰にも言えなかった、内に秘めた思いを。
「俺はずっと、誰かに愛されたかったんだ。それだけでよかったんだよ……ッ!!」
「これからは私がいます。私は誰よりもソード様を愛しています。何度でも言ってあげますよ。好きです。愛しています、ソード様――いえ、ソウ・ダクヴェルム様」
深淵に光が灯される。
そして。
怨嗟の言葉を連ねる5歳の少年は。
慈愛に満ちた温かい光に包まれ、今、完全に消滅したのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
面白い、続きが気になる、期待できそうと思って頂けた方には是非、ページ↓部分の☆☆☆☆☆で評価してほしいです。☆の数は1つでも嬉しいです!そしてブックマークなどもして頂けるとモチベーションの向上にも繋がりますので、なにとぞ応援よろしくお願いします!!




