第2話 追放
魔法の効力は三十分。
何度も【痛み】を受けることで俺はそれを理解した。
だが、虐待行為はその程度では終わらない。
「へへっ、修行相手になってくれるだなんて最高だぜ」
「頼むから簡単にヘタれてくれるなよなっ!」
俺は対人訓練の相手に指名された。
相手は二人の兄。
長男――リンド・ダクヴェルム。
光属性を獲得した将来有望の魔術師だ。
光の魔法に目覚めると同時に、髪が金色になった。
次男――ラウド・ダクヴェルム。
影属性を獲得したリンドに次ぐ魔術師。
影の魔法に目覚めると同時に、髪が紺色になった。
「対人訓練……。そ、そんなの無理だよ、怖いよ」
怯え切った俺の姿を二人の兄は笑った。
ひとしきり笑うと、魔法攻撃を繰り出した。
ボッ! と黒色の玉が出て。
ドッ! と光り輝く玉が出た。
「うう、うわぁああああああっ!!」
俺は必死に二つの玉から逃げた。
だが、二人はダクヴェルム家の人間。
魔法操作などお手の物だ。
「ほらほら、頑張って逃げてみろよ」
「おっと、そっちは危ないぞー?」
逃げた先の足元に、黒色の玉が、まるで罠のように設置されていた。
「うわあっ!」
俺は躓き、ドテン! と転ぶ。
その隙を狙って放たれた光の玉が直撃。
「がっっっ!!」
俺は苦痛に顔を歪めながら、ゴフッ! と血を吐いた。
「~~~~~ッ!!」
あまりの痛みに呼吸すらままならない。
もだえ苦しむ俺の耳には二人の笑い声だけが聞こえていた。
対人訓練が終わると軽い食事が与えられ、その後はまた地下牢へと閉じ込められる。
「だいぶ痛めつけられたな。まずは回復してやろう」
もちろん愛情からの回復じゃない。
万が一に備えての回復だ。
そしてその後に与えられるのは――。
「今日の【痛み】は【裂痛】だ。全身を八つ裂きにされる痛みを与えてやろう」
「ありがとう、ございます……」
もはや感情は死んでいた。
俺の目は深淵のように落ち窪んでいた。
だが、数秒後には脳が覚醒する。
そのトリガーは、想像を絶するほどの激痛。
「あっ、ぎがあああああああああああああああああああッ!!!!!! ぐぎぎぎぃ、うぐぐ、ぐうううう、あああああああああッ!!!!!」
「く、クク、フハハハハハッ!! まるでゴミ虫のようだな! 私も母も常日頃から思っている! 【お前なんか作らなければ良かった】と!! だとするならばお前もこう思わなければ帳尻が合わないだろう!! 【僕なんか生まれてこなければ良かった】となぁ!!」
#
やがて十五歳になった。
俺はまさしく操り人形。
奴隷と呼んでもいいかもしれない。
そんな俺に父は告げた。
「ソウ・ダクヴェルム。本日を以てお前を我がダクヴェルム家から追放する!!」
「追放、ですか」
もう絶望には慣れた。
そのつもりだったが、久しぶりに【痛み】を感じた気がした。
この十年。
俺は毎日のように【痛み】を与えられてきた。気付けば感覚は麻痺し、最近になってようやく【痛み】に鈍感になっていたところだった。
そんな俺が久しぶりに【痛み】を感じた。
今まで散々な目に遭わされてきた。
それでもやはり、追放されるというのは精神的には苦痛だ。
今までにも追放された人の話を耳にしたことがある。まさか、俺がそうなるなんてな。
「……今まで、お世話になりました」
逆らう気などない。
もはや、口答えする気力すらないのだ。
「もちろん今までお前に買い与えたモノは全て置いていってもらうからな。とはいえお前なんぞに買い与えたモノなど全てゴミにも等しい安物だがな!!」
俺は力なく歩く。
そして、ソファに腰かける母の元へ。
「今まで、ありがとうございました」
母は口を開かなかった。
それどころか顔を合わせてもくれない。
ふふっ、随分と嫌われたものだな。
それも無理はないか。
由緒あるダクヴェルム家。
そのダクヴェルム家に、俺という汚点ができてしまったのだから。
広々としたエントランスホール。
俺は振り返り、もう一度だけ深々と礼をした。
その時、母の横顔が伺えた。
その横顔が寂しそうに見えたのは――。
きっと、都合のいい錯覚だ。
少しでも愛されたかった。
そんな未練が見せた幻覚だろう。
#
まずは、なにを差し置いてでも生きなければならない。
生きるために必要なもの。
それは食料と水だ。
「まずはヴェルムの森に行こう。あそこには川が流れているし、モンスターは弱いから安全だ」
木の実やキノコで腹を満たし、モンスター討伐でルドーを稼ぐ。そしていずれはダクヴェルム領から去ってしまおう。
あとは全てを忘れて。
そうして、新しい人生を手に入れよう。
ふいに目頭が熱を帯びる。
必死に耐えてきたが限界だった。
俺はその場に崩れ、そして泣いた。
「……泣いてたって、誰も助けてはくれない。俺はもう全てを失った。全部なくなって、ゼロ――虚無になってしまった。でも――」
昔読んだ本の一説に、こんな言葉があった。
無とは可能性の塊である。
何もないということは、裏を返せば何者にでもなれるのということなのだ。持たざる者よ、決して悲観するなかれ。その身には無限大の可能性が眠っているのだから。
「ここからだ。俺は虚無から、全てを手に入れてやる――ッ!!」
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