第17話 賊に支配された街
宿屋に入ると、右手側に木扉が見えた。
その先は食堂らしい。
食堂からは明るい声が響いていた。
「街道とは大違いだね」
「何かのキッカケで格差が広がった、というようなことは考えられないでしょうか?」
「そういうこともあり得るかもね」
「おや、見ない顔だね。それに田舎臭い服装だ。対する嬢ちゃんは中々にいいのを着てるんだねぇ~。二人は主従関係にあるのかな?」
ある意味では正解。
でもある意味では不正解。
まさかボロ布を纏った俺のほうが主だとは思うまい。
「ええ、仰る通り。私はソード様に忠誠を誓った身にございます」
冷たい声でサティが言う。
「やっぱりねぇ。そんなこったろうと……え? ん~、聞き間違いかな。今、お嬢ちゃんが従属しているかのような言い方だったけど」
「聞き間違いではない。私はこの身をソード様に捧げると誓ったのだ。ところでお前、田舎臭い服装などと言っていたが――」
「サティ、俺は気にしてないから」
「し、しかし」
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとうな」
そんな俺たちのやり取りを。
店主のおじさんは気味悪そうな目で見ていた。
「一泊1000ルドーだよ」
「は?」
想定外の言葉に耳を疑う。
一泊1000ルドーだって?
お世辞にもこの宿屋は豪華だとは言えない。
掃除も行き届いてないし、木材のところどころは腐りかけだ。そんな宿屋で1000ルドーとは。
「貴様、私たちをバカにしているのか!?」
サティ、キレた!
俺は「まぁまぁ」と窘める。
「連泊十日だとどうなりますか?」
「それだと8000ルドーだね」
うむ、ここは考え所だ。
今の手持ちは15000+ぼったくり5000、合わせて約20000ルドー。
連泊十日で8000も取られるとなると中々に厳しそうだ。
となるとここは交渉だな。
「実はハルメッタに来る道中、色々な食材を獲得しまして。木材などもありますから、あの柱の部分の修復などもできるかもしれません。それらをお譲りする代わりに十日で5000というわけにはいきませんか?」
正直言って十日で5000でも高いくらいだ。
だが8000に比べるとかなり安い。
「アンタら、この街の状況が呑み込めてないみたいだねぇ」
店主のおじさんは周囲を見渡しながら、ぐい、と身を寄せてきた。そして声を潜めてこんなことを言う。
「今、この街はとある賊の支配下にある。許可なく売買なんてしたらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないよ。私だって、こんな法外な値段で宿経営なんてしたくないんだよ。それに利益の九割は奴らに持っていかれるし」
その視線が一つの扉に据えられる。
相も変わらず、食堂からは活気に満ちた声が響いてくる。
「なるほど……。ある程度の事情は呑み込めました。ではこういうのはどうですか? この街を支配している賊を俺たちが排除する。その代わり宿泊費をタダにして下さい。十日で成果を上げられなかったら、その時は有り金の全部――20000ルドーを置いていきます。これは前金の10000ルドー。信用金みたいなものだと思って下さい」
「アンタ、正気で言ってるのか? これは親切心で言ってやるがねぇ、この街を仕切ってる賊ってのはそこらのチンピラとは訳が違うんだよ。なんたってあのBランク冒険者【疾駆のゼレン】がリーダーをやってるからな。しかもゼレンは元々Aランクの実績者。ちょっとした事情でBランクになって、そこから素行が悪くなったってもっぱらの噂だけどねぇ。……とにもかくにも敵の強さは段違い。常人じゃ相手にならないよ。さらに、そのゼレンの裏には何者かがいるんじゃないかって噂も出てるくらいだ。下手したらアンタら――死ぬよ」
彼が親切心から言っているのはよく分かった。
心配してくれてるのも伝わった。
けれど、ハッキリ言って余計なお世話である。
その気になればサティ一人で全てが解決するだろうし。
疾駆のゼレンがどれだけ強いかは分からないが、ひとまずは俺の糧になってもらおうか。
「俺は正気ですよ。とりあえずその10000ルドーは預けますので、一番きれいな部屋を二つ用意して下さい」
「全く。これだから田舎者は嫌なんだ。人の親切心を無下にするし世界の広さを知らない」
店主のおじさんが嘆かわしそうな顔をする。
俺の隣のサティは、殺意に満ち溢れた眼光を放っていた。
「アンタらが死んでも責任は取らないからね」
カウンターから出てきた宿屋のおじさん。
その足取りは憂鬱そのもの。
彼もまた、疲弊している被害者の一人なのだろう。
「ほれ、この二つ。いま貸せる部屋の中では一番きれいだぁよ」
軋む階段を上り、これまた軋む廊下を歩く。
突き当り、向かい合う二部屋が俺たちの部屋になった。
「私も若い頃は無鉄砲だった。今じゃそんな気概もないが、なんだか懐かしくなったよ。……三食、これは結果の有無に関わらずサービスしてやるさぁ」
「え、いいんですか!?」
流石にその申し出は嬉しい。
隣のサティも目を輝かせている。
うーん、清々しいまでの手の平返し。
「アンタらは田舎臭くて嫌いだぁ。でも、その無鉄砲さは嫌いじゃないよ。もし仮に、万が一にでも賊を排除してくれたら、そん時は相応の礼をさせてもらう。精々頑張りな、死ぬんじゃないよ」
そう言って、彼は軋む廊下を歩き、階段を降りていった。
「意外と聞き分けの良い方なのですね」
「まぁ、なんでもいいから縋りたいだけなのかもしれないけど」
なにはともあれ、寝床と三食ゲット!
しかも十日は無料。
これを機に、色々と整えていこう。
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