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店の中にいた人がなんだなんだといった様子でこちらを見てくる。
「ちょ、ちょっとお前ら外出ろ!」
魔王らしき青年はそれに耐えかねたのか俺たちを店の外へと引っ張り出した。
「それであんた本当にあの魔王なの?」
「ああ、多分そうだと思う」
「何それ、何であんたが分かんないのよ」
「俺に訊かれても困るって!そこにいる勇者様に切られたと思ったらいきなりこの世界に飛ばされたんだよ。だから記憶は共有しているけど本当に同一人物とも言えないだろ」
頭をガシガシと搔きながら困惑した様子で語るその姿に魔王の威厳は微塵もない。
「ふーん、それで何、今度はこの世界を征服しようってわけ?」
「そんなことするわけないだろ。今の俺はただのアルバイトだっての」
確かに店の名前が入ったシャツを着た今の魔王はアルバイトの兄ちゃんにしか見えない。
「俺としては焼き鳥屋でアルバイトをしている経緯の方が気になるけどな」
腐ってもかつて全ての魔物を束ね、世界を征服しようとしていた魔王だ、何か複雑な事情があるのかもしれない。それこそ人を洗脳する練習とか……。
「転移して早々、道でぶっ倒れてた俺を店の親父さんが拾ってくれたんだよ。事情とかも聞かずにさ。しかも出ていった息子の部屋と服まで貸してくれたんだ。そんな人、裏切れないだろ」
予想していたのとは異なり思いっきり人情話だった。
異世界にいた人間なら信じられない程のその変わりっぷりにエリサは驚愕の眼差しを向けている。
「それ以来俺はバイトのまーちゃんとしてここで働いているというわけだ」
「何そのあだ名。ダサ」
「ふっ。小娘にはまだ早い感覚だったかもな」
「はぁ!?」
食って掛かろうしたエリサを御しつつ、魔王イザークに問いかける。
「まあまあ、お互い落ち着けって。とにかく悪意とか敵意は無いんだろ」
「勿論。俺の今の目標は店に貢献する、ただそれだけだ。だからお前らも客として来るなら歓迎するぞ」
「ふざけないで。あなたの所属する店なんて何が出てくるか―」
「そうだな。折角ここまで来たし食べてくよ」
「ちょっとソータ!?」
猛烈に反対するエリサに耳打ちする。
「監視するなら近い方がいい、そうだろ」
「それはそうだけど……」
「どのみちここで奴を放っておくのは一番の悪手じゃないか」
「……、わかったわよ」
「で、どうする食ってくのか?」
「しょうがないから食べてあげるわよ」
「へいへい、ありがたいことで。親父さん、二名様ご来店ね」
「で、お前ら閉店まで居座ってるのな」
店に入ってから三時間ほど経っただろうか。既に俺たち以外の客は帰ってしまった。
「まだまだ訊きたいことがあるからな。かといって営業時間中に捕まえて質問するわけにもいかないだろ」
「そう。それにこんなに注文してあげたのよ。これは大きな貸しね」
エリサはそう言って机の上を指さした。そこには大量の空皿が広がっている。そのほとんどをエリサ一人で平らげたのだから驚きだ。けどそれ以上に気になることは……。
「エリサさん?支払いはどうする気なのかな?」
「え、私が払うわよ。当然でしょ」
意外な答えが返ってきた。てっきり俺が払うものだとばかり……。
「本当に払えるのか?言っとくけど向こうの通貨は使えないぞ」
「馬鹿にしてるの?こう見えても私かなりの資産を持ってるから」
「また魔法か……」
「失礼な!ちゃんと働いて得たお金よ!」
「もうなんでもいいからさっさと支払ってくれ。じゃないとお前らのしたい話もできないだろ」
会計を終えて外でしばらく待っていると魔王が出てきた。
「店の前だとあれだし、歩きながら話すか」
人通りの少ない夜道を魔王と歩く。このフレーズだけ切り出したら間違いなく命の危機だな。
そんなくだらないことを思いつつ、気になっていたことについて切り出す。
「俺のことを恨んでないのか?」
「うーん。ま、恨んではないかな。俺たちのやったことはそっちからすれば許し難いってことは分かっているつもりだし。どちらかというと当然の報いだと思ってるよ」
「案外ドライだな」
「人の上に立つ以上割り切らないといけないことさ。けど俺には合わなかったってのも間違いない。だからこうしてここで働くのが性に合ってるのは本当だよ」
「どこの世も管理職は大変なのは変わらないな」
「ははっ、そうだな、魔王職なんてやるもんじゃない」
「あれっ?」
急に前を歩いていたエリサが立ち止まった。その手にはスマホを持っている。静かにしていたと思ったらどうやら仕事の確認をしていたようだ。
「ねぇ、電波悪くない?」
俺も自分のスマホを取り出して確認する。確かに電波が一本も立っていない。
「俺のも繋がらないな」
「あんたのはどう?」
「俺はそんなもん持ってねぇよ」
「遅れてるわね~」
エリサはここぞとばかりに仕返そうとする。魔王相手には幼くなる呪いでもかかっているのか。
「お前が馴染み過ぎなだけだ」
それに関しては心の底から同意するよ。
「うーん、なんでだ」
再起動したり、モバイル通信を切ったりと試していたその時、ガサガサという音と共に公園の茂みから一匹の影が飛び出してきた。
街灯に照らされたその姿形は俺たちにとって見覚えがある。
それは八つの頭を持ち、人をはるかに超える常軌を逸した大きさの蛇、そう魔獣ナーガだったのだ。
「あんたやっぱり悪事を企ててたの!?」
「いやホントに知らないって!そもそも俺、転移魔法とか使えないし!」
二人が揉めている間も、ナーガはジッとこちらの方を睨んでいる。
「とにかくやるしかないだろ!エリサいけるか?」
「ヒール履いてるのよ、前衛なんて無理に決まってるでしょ」
「じゃあ魔王!」
「いや、この服も全部借り物だから汚すわけにはいかないだろ。それに返り血とかついてたら怪しまれて最悪追い出されちまうって」
「つまり?」
「「俺・私が後ろから援護するから頑張って」」
「ふざけんな!」
至らないところが多々あると思いますが、楽しんでいただければ何よりです。
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