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「えーと、恵里さんの教育担当は蒼汰だな。よろしく頼む」

「ご指導のほどよろしくお願いいたします。先輩」

 フリーズした俺に対してさも初対面かの如く挨拶してくるエリサ、もとい加藤恵里さん。髪色こそ俺の知る金色ではなく黒だがその顔立ちは記憶と完全に一致する。

 何より女優やモデルのスカウトだったら即座に声を掛けたくなるほどのその美しさはこの世に二人といないだろう。


「あのー、どこかで会ったことあるかな?」

 自分たちのデスクに戻ったところで居ても立っても居られなくなった俺はつい質問してしまう。

「い、いえ。すみませんが人違いでは……」

 それに対して恵里さんは申し訳なさげに答えてくれた……。

 『やってしまった……』という思い共に猛烈な羞恥心に襲われる。というかまだ初日だよ、初日。せめてもう少し距離を縮めてから訊くとかすればよかったじゃん、俺。


 だが、そんな風に悶えていた俺を見て恵里さんはいきなり笑い出した。

「なーんてね、ソータ。いえ、今は蒼汰先輩の方が正しいでしょうか?」

 先程までの態度はどこへやら、ニヤニヤした表情でからかうように突っついてくる。

「はー、やっと会えたわ。全く、もう少しわかりやすいところにいてくれない?」

 その聞き覚えのある話し方、間違いない。

「エリサ……」

「どうしたの?私に会えてそんなに嬉しい?」

「な・ん・で一回騙したんだ」

 思いっきり頬を伸ばしてつねってやる。

あひゃりまへでしょ(当たり前でしょ)、あんたのせいで大変だったのよ、こっちは!これくらいやり返さないと腹の虫が収まらないわよ!」

「意味わかんねーよ。というかそもそもなんでお前までこっちの世界に来てるんだ!」

「はぁ!?あんたねぇ!」

「そこ!いつまで無駄話してるんだ!さっさと仕事にかかれ」

 白熱した俺たちに向かって上司から怒号が飛んできた。

「「すみません」」

 素直に腰を曲げて謝罪する俺とエリサ。俺はともかくなんでエリサまで様になってんだよ。

「続きは昼休憩の時にな」

「しょうがないわね……」


 上司の不興を買ったおかげで集中して仕事に取り組めた俺たちは他よりも遅い昼休憩を取ることになった。

 それ故に俺たちが行った時には食堂は既に混雑していた。その中でもなんとか隅にある席を確保し、昼飯にありつくことに成功する。むしろ隅でよかったかもしれない。大の大人が二人揃って、昼間から異世界とか言っていたら引かれること間違いなしだ。

 そして二人とも昼飯を持って座ったところで俺から切り出す。

「それで、なんでエリサまで日本に来たんだ?」

 あの時発光していたのは確かに俺だけだったはずだ。仲間の誰も俺と同じように飛ばされそうな奴はいなかった。

「あなたが飛ばされる寸前に手を出したら巻き込まれたの。気づいたら見たことのない世界にいるし……、大変だったのよ」

「それにしては随分と馴染んでいるな」

 目の前で箸を使ってうどんをすする美女が異世界人だとは誰も思うまい。

「二か月もあればそれはね」

「二か月?そんなに前からこの世界にいるのか?」

「え、ソータは違うの?」

「俺は昨日帰ってきたばかりだ」

「ふーん。ということは二人の間には時差が生じた、ということね。やはり私が強制的に時空間魔法に干渉したせいかしら……、それとも……」

 天才魔術師様は謎の時差がとても気にかかっているようだ。だが俺にはそれより気になる点がある。

「それにしたって二か月でよく就職できたな……。てか、戸籍とか色々どうしたんだよ」

「それはまあ……、その……、役所の市民課?ってところでこうちょいちょいと……」

「なるほど、魔法を使って誤魔化したんだな」

 俺が問い詰めるとエリサは『うっ』という表情をした。

「で、でも安心して!税金とかそういう義務はちゃんと果たすから!」

「いや別に責める気はないけどさ……」

 恐らく何かの法に触れていそうな気がするが仕方ない。彼女の魔法にかかればあらゆる身分証明を用意することなんて容易い。恐らく既に戸籍上も記録上も日本人の加藤恵里が存在していることだろう。

「ま、俺としては仕事が出来るならいいんだ。うちはプログラミングが必須だけど、いけるのか?」

「JAVAとかC++とか必要そうな言語は一通り覚えておいたけど、何か不足してる?」

 俺が質問することを見透かしたような答えが返ってきた。

「……大丈夫、だと思う。本当に二ヶ月前に来たのか?」

 俺が褒めるとエリサはさっきまでとは一転して自信に満ちた顔になった。

「ま、天才魔術師にかかればお安い御用ってことね。プログラミングなんて性悪エルフの古代魔法に比べればなんてことなかったわ。そう、あいつら人には使わせないぞって意識が術にまで表れてるのよね。だから私たちまで……。ちょっと聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ」

「いーえ聞いてなかった。いい?そもそもエルフっていうのは―」

 こうなったエリサを俺は止められない。止められるとしたらパーティーに所属していたもう一人の女仲間だけだ。

 ああ、早速異世界に帰りたくなってきた。


「お疲れー」

「お疲れ様です」

 この時期は終業時間になると多くの人が帰宅する。まあ今の時代、新社会人にいきなり長時間残業を課そうものならそく炎上するだろうし妥当な判断だと思う。

 俺もご多分に漏れず帰り支度をしていると隣の可愛げのない新入社員に肩を叩かれた。

「ねえ、もう少し話しておかない?まだまだ言いたいことは山ほどあるし」

 一瞬さっきの愚痴の続きかと身構えたが、すぐに思い直す。エリサは()()合理的な性格だ。きっと真面目にこの世界について訊きたいことが沢山あるのだろう。

「構わないけど、どこで話す?言っとくけど俺の家はやめておいたほうがいいぞ」

「そんなとこ行くわけないでしょ。どこかいい飲食店とか知らないの?」

「ああ、それなら近くに美味しい焼き鳥屋があったはず」

「焼き鳥、いいわね。ビールに合いそう」

 そう言いながらジョッキを傾ける仕草をするエリサ。ほんとに馴染んでいるな、こいつ。


 久々に会社のビルの周りを歩いていると日本の安全性が身に染みる。盗賊やモンスターに襲われる心配のない夜がこんなに快適だとは思わなかった。

「あーここだ。懐かしいなー」

 そんな快適な街の中でも特に嬉しい社会人のオアシスに辿り着く。異世界の酒場と違って命を懸けた決闘とかもないのは高評価だ。

「すいません、二人なんですけど入れます?」

 俺の声に反応した一人の店員さんが振り返って対応しに来てくれる。

「はい大丈夫で―」

 しかし俺たちの顔を見た瞬間、店員さんから営業スマイルが消えた。ついで俺も凍り付く。

「何やってるの。早く入りましょうよ」

 俺の後ろにいたエリサが待っていられないとばかりに顔を出す。

 そして俺たちと同様に固まった方と思うと、

「何故お前がここにいる、魔王!」

 店内にエリサの叫び声が響いた。

至らないところが多々あると思いますが、楽しんでいただければ何よりです。

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