冬に春
冬の空から花びらが落ちてきた。
ひらりひらりと舞う花びらを、俺は片手で掴み取る。
冬に花びらが落ちてくるのは心当たりがあった。驚きもなく二階の窓まで見上げると、何かが顔面に衝突。
「いっっっ!?」
勿論これに関しては驚くばかりであるし、なんなら突然の不幸に怒りも湧いてくる。痛みでひりひりする顔面を抑えて地面に落ちることになった、掴んでいた花びらと切り花をきっと睨みつける。
どちらも家の二階の窓付近に飾っていた花だ。だが、田舎だからと窓を開けっぱなしに換気して出かけていたとはいえ、俺以外に住む者なんていない家から勝手に、花びらはともかく切り花まで落ちてくることはない。
なんでだ、と今度こそは二階の窓まで見上げる。俺は口を開いて呆気に取られることになった。花が宙に浮いている。瞬きもできずに凝視していると、何かが引っ付いているのに気が付いた。
四対の羽を背中から生やした、とても小さな少女だ。羽を懸命に動かしてふらふらとしながらも、空から花を運んでいる。
「妖精……?」
漫画や小説、ゲームの中で見る想像上の生き物だ。俺は何もできずに立ち尽くしていると、その小さな身ではあまりに重たかったらしい。妖精は花ごと地面まで落下する。
「いったあ……やっぱり一度には無理ね。ちょっとずつ運ぶしかないかしら」
若草色の髪の妖精は自身を潰す花から、もぞもぞと這い出る。
大きさは男の手のひら半分ほどだ。間近でしゃがみ込んで有意義に観察していると、「げえ」と少女に似つかわしくない声を聞く。ようやく俺の存在に気付いたらしい。
「やばっ、人間に見つかるなんて!」
「あ、おい待て!」
妖精は一目散に、持ち前の羽を使って逃げてしまった。手の届きようのない空を飛ばれてしまっては、どうしようもない。
俺は残された花を拾い、無造作に肩に担ぐ。さて、どうしたものか。
現実にいるとは思ってもいなかった妖精に純粋な興味があり、もっとよく見てみたかった。
というわけで、作戦を立てて準備をする。結果、虫取り網から逃げ出せない妖精が「ここから出しなさいよ!」と叫ぶことになる。
「まさかこんなに簡単に捕まえられるとはな」
作戦とは花を元あった場所に戻し、用意した虫取り網で待ち構えて捕まえるという簡単なものだった。
自身の存在を知られて、またまんまとやってくるだろうか。これに引っ掛かり、捕まるならとんだ間抜けだな。なんて冗談半分で待ち構えていたのだが、妖精は見事なまでに間抜けだった。最初こそ警戒していたが、花を見ると一直線に家の中に飛び込んできた。苦労して虫取り網を振り回すような、童心に返る必要もなかった。
「私をどうするつもりよ!」
妖精は片手で一つに絞った網の中で、ぶんぶんと暴れている。俺は虫かごに入れてふむ、と無精髭を撫でる。扱いは完全に虫扱いだった。
「暫く観察して…………高値で売るか」
「!?」
「どうせ退職金は直ぐになくなるからな。素晴らしき老後のための糧になってもらうか」
仕事は人間関係が原因で辞めた。あんなところで六年もよく働いたと思うが、退職金はちゃっちなものだった。
どこの誰に、どうやって売るかが問題だが、希少さからして買い手は多いだろう。妙案を掘り下げて考え込んでいると、ヒックヒックとしゃくり上げる声を聞く。
妖精のぼうだの涙に、非情とよく言われた俺でも流石に罪悪感は芽生える。
迷いに迷った。絶対に後悔することは分かっていた。金がないことは切実だ。
それでも退職した原因が、俺の迷いを消し去った。職場の人間関係は、俺の人間嫌いをより悪化させていた。売る過程では、人とのやり取りが発生する。それが妖精の点からして、面倒なものになるのは確実だ。
そうと考えれば、虫かごから解放する動きはスムーズだった。自身が観察するのも、罪悪感から気が起きなくなっていた。
「ほらよ。後は勝手にしろ」
俺は同じ部屋にあるベッドでふて寝した。罪悪感と後悔が湧くといけないので、その後妖精がどうしたのか見ることはなかった。
そして、目覚めると妖精と共に花が一本なくなっていた。全部を運ぶまでどのくらいかかるのだろうか、とげんなりした。
「私、絶対に許さないんだから!」
花が合計四本なくなったところで、俺と妖精は二度目の再会を果たす。
「……そりゃそうだろうな」
ふわあ、と欠伸をする。怠惰に昼寝をしようとして、ちょうどやってきた妖精と目が合い、指を突き付けられていた。
「おやすみ」
「おやすみなさい。……じゃなくてっ。ちょっと、起きなさいよ!」
びしばしと叩いてきた力は結構強い。場所が顔なもんだからたちが悪かった。
仕方なく目を開けてやると、妖精はびくりと体を震わせて急ぎ距離を取る。あれだけ叩いておきながら、俺のことは恐れているらしい。
「な、なによ。先に悪かったのは人間なんだから!」
「……はいはいそうだな」
「謝りなさいよ! そしたら私も謝るんだから!」
人間として至極当然な道理を、妖精も持っているらしい。
同じ言葉を交わしているのに予想外のことで、思わず呆気にとられる。妖精は口をきゅっと結び、じっと黙り込んで譲らなかった。
間抜けではあるが、俺よりよっぽどできた人間――――いや、妖精だな。
「ごめん。俺が悪かった」
謝罪はするりと口から出てきた。
「私もごめんなさい。叩いたのはやりすぎだったわ」
しゅんと過度に項垂れているので、俺はついつい口に出す。
「別に。お前の小さな手じゃ、全然痛くなかった」
「そう。ならいいんだけど。あと、お前じゃなくて、私は――――やっぱりやめておくわ。また悪いようにされたときに困るもの。代わりに、私も人間の名前は聞かないでおくわ」
「その平等さ、いるか? 他の奴と区別がつかないだろ」
言い終えてから、余計なことだったと後悔する。妖精とは馴れ合うつもりはないのに。名前で呼び合う関係になりたいのかと相手に取られることになる。
幸い妖精は深読みすることなく、「それを言うなら人間もでしょ」と言う。
「俺の場合は、妖精はお前だけだからいいんだよ。……探せば他にも妖精はいるのか?」
「…………さあね」
妖精は話をそれっきりとして、また花を一本持ち去る。
ただ次の日も妖精と話すことになる。物言いたいことがあったらしく、俺が散歩をしているところにやってきた。
「ちょっと人間! 花の水替えてないでしょ!」
「……そういやそうだな」
花なんて普段飾らないので、その必要があることをすっかり忘れていた。
妖精に煩く言われ、散歩も途中に家に帰る。散歩は家に籠ってばかりの鈍った体を動かすためなのだが、冬の寒さでやる気がなかったため、よい言い訳になった。
「はあ、二階まで往復するのめんどくせえな」
「いつも寝てばかりの怠惰な人間なのに、なんで二階に飾っているの? 一階でいいじゃない」
「……腐れ縁が俺がベッドばかりにいるのを予想して、その部屋の彩りのために置けって言ってきたんだよ。花も腐れ縁が退職祝いに持たせた」
「ふうん。それで言われたまま二階に置くなんて、人間は意外と律儀なのね」
「意外ってなんだよ、意外って。まあ、初めは往復する必要がないからな。ベッドに用があったし」
「花はついでだったってこと。ほんと怠惰ね、人間」
蔑む視線を送られるが、気強く「人の勝手だろ」と反論する。傷ついた心は癒されることはなかった。
退職し、人を嫌って田舎に引っ越してきたのは三日前だ。妖精とは二日前に出会い、花は最初と比べると六本減っている。つまり、一日三本ペースで運んでいた。どこまで運んでいるのかは知らないので、頑張った方なのかどうかは分からない。
水を入れ替えて、俺は元あった窓付近に置く。花の量が減ったことで、花瓶代わりのコップから傾いて倒れそうになる。バランスを取って倒れないように適当に調節していると、「あのねえ」と呆れと怒りの混ざった声をかけられる。
「雑なのよ! 花は繊細なのだから、もっと優しく扱いなさい! というか、なんでコップを使ってるのよ、それも口が広いやつっ!」
「いや、それしかなくてだな……」
俺の手持ちはそうだ。
亡くなった祖父母の家に引っ越してきたので探せばあったかもしれないが、あまりに面倒だった。
その後、俺の反応を訝った妖精により、家宅捜索をされた。俺は妖精の手足となって働き、一日かけて倉庫に隠されていた花瓶を発見する。
「もうっ、人間のせいで今日は全然花を運べなかったじゃない!」
折角手伝ってやったのに、その言いぐさにはキレていいはずだ。
だが、妖精は空を飛べる良さを最大限に生かしてとっとと逃げてしまった。窓を閉めておいてやろうかと、と意地の悪い考えを実行すると、次の日にドンドンと窓を叩かれた騒音で眠りを妨げられたので、早々に開けてやる。俺は昼まで気持ち良く二度寝ができた。
*
着信音に促されて、麗香という名前を確認してから電話を取る。低めの落ち着いた女の声が機械を通して響いた。
「あぁ、出てくれたんだ」
「切っていいか?」
「そんなつれないこと言わないで。幼なじみからの心配の電話だよ」
からかうような調子で言ってくる相手は、昔からの腐れ縁である。世間一般では幼なじみとも言う。
否定しないほどには麗香とは付き合いがあり、人嫌いで冷たい俺と違って人が良かった。
「颯太」
麗香が俺の名前を呼ぶと、妙な安心感がある。
きっと、これまで何度も呼ばれてきたためだ。
「最初は素っ気ないこと言ったけどね、生きていてよかったよ」
「……なんだ、俺が自殺でもすると思ったのか?」
本音で安堵していることが伝わり、照れくさくなってつい軽口を叩く。
「可能性はあったよね。仕事をしていたときは酷い状態だったから」
「……そうか」
「うん。そうだよ」
真っ直ぐで偽りのない想いは、俺なんかには過度なものだ。そう思うために心が苦しくなる。
気持ちが沈むが、そういう性質なのは麗華は知っているのでぱっと話を変える。
「そういえばさ、花飾ってくれてる?」
「ああ。仕方なくな」
「なら、水は替えてないでしょ」
「替えたぞ」
「え!? これは……花の良さを知ったのかな?」
麗香は花好きで、新しく自身の花屋を開くほどだ。退職祝いにかこつけて花を送ってきたが、俺がきちんと世話をしているとは思っていなかったのだろう。相当驚いている。
俺は花に興味はなく、荷物となるのにと受け取ったときは渋々だった。
話をしていて、脳裏には妖精がちらついていた。一つからかってやろう、と俺は企む。
「花の良さは今でも分からんが、色々あってな。――――妖精がいるって言ったら信じるか?」
「妖精? 突飛な話だね」
「いいから。どうなんだよ」
「ふふっ。信じる信じる。颯太ってば、随分とご機嫌だねえ」
「そんなことはない」
俺が麗香をからかうつもりが反転した。妖精と花にまつわる話をしてやろうとして、どうしても妄想の類いになってしまうためやめる。
麗香との電話を終えて、一人呟く。
「本当にいるってのに」
これだから人間は嫌いだと考えて、自己嫌悪に陥る。こればっかりは信じられなくとも仕方ない。俺だって、実際にこの目で見なければ信じることはできないだろう。
言いがかりをつけて、人間を嫌いだと言うことはしたくなかった。相手が人のよい麗香であれば、なおさらだ。
「人間ぅ……」
窓からやってきたばかりであろう妖精の、間延びした情けない声を聞く。
「今度はなんだ」
俺はもう花関係であれこれ言われるのには慣れていた。妖精が涙で頬を濡らしているのには一瞬体が硬直してしまうが、指先で拭って「どうしたんだ」ともう一度問いかけてやる。
「花がぁ……」
「ああ。花が?」
「か、れたあ……」
「……枯れた、か? そりゃ花はいつかは枯れるだろ」
「うぅ~~ッ」
ぽかぽかと叩かれ、俺は不躾な言い方だったと反省しておく。
窓付近に飾る花は、当初と比べると元気はなさそうだが枯れてはいなかった。ということは、枯れたのは妖精が持ち去った分だろう。
「新しい花を持っていけばいいだろ」
「またすぐ枯れるぅ」
「飾ってるのがか? じゃあ別の花を探せばいいだろ」
「ないのぉ」
「はあなんで……ああ、冬だからか」
春ならばともかく、冬は花なんて咲いてないだろう。
「ここら辺は、人間のしかなかった!」
田舎なので都会のように花屋なんてなく、ようやく見つけたのが俺が雑に飾っていた花だったのだろう。
妖精は悲しみが怒りに変わったようで、小さな手で強烈なパンチを食らわせてくる。
俺は決して善人ではないので、なぜこうも当たられなくてはならないのだろうと、次第に腹が立ってくる。
「いい加減にしろ! 俺に言ったって、どうしようもないだろうが!」
怒りは一度出てしまえば止まらない。
「趣味で花を集めているのか何なのか知らないが、理由もなしに花がないって泣いて訴えやがって! あいにく俺はそれで動くような優しい人間じゃないんだよ!」
言いきって我に返ると、妖精は口を開けては閉じてを繰り返していた。いつの間にか泣き止んでおり、顔色は青ざめている。
「……ごめんなさい」
妖精がついに言ったのはそれだけで、窓から飛び出していく。
「いってえ……」
妖精に叩かれた場所は痣になっていた。馬鹿力め、と悪態をつくが、心は晴れることはない。
「謝るのは俺の方だろうが」
本当は花を集める理由を聞きたかっただけなのに、感情のまま怒鳴り散らしてしまった。
妖精自身でどうにかしろ、と誤解をさせただろう。いや、理由が言えないからこそ謝ってきたのだろうか。
「くそっ」
俺は妖精と馴れ合うつもりはない。そのため妖精が花集めに困っていても、手伝ってやる義理はない。
そう割り切れたら、こんなにも罪悪感にまみれて考え込んでいない。
馴れ合うつもりはなかったのに、放っておけないぐらいには妖精のことを知ってしまった。
俺は花集めに奔走する。
麗香に電話をかけた後、車を出して田舎から離れて花を買い込む。店員から話を聞いて、初心者でも育てられそうな冬の花の種も肥料も買った。車は帰るころには花関係でいっぱいとなり、その香りに頭がくらくらとするぐらいだった。すぐさま窓は全開にした。花が落っこちそうになったので、八割閉めることになった。
「やあ。お届けに来たよ」
翌日には麗香が大量の花を車に詰めてやってきた。
「早かったな」
「休み返上してきたからね」
「悪い」
「いいのいいの。今日は花屋の店長兼、幼馴染として届けに来たんだから」
麗香は分かりやすく嬉しそうに笑う。
「でも、何に使うかは知りたいかな。花は相変わらず興味はないのに、一度にこんなに買い込んで。……誰かいい人にでも出会った?」
両手を後ろに組んで、上目遣いで探ってくる。俺は隠し立てせず、「ああ」と肯定する。
「えっ、噓。あんなに人嫌いなのに」
「ふっ、そうだな。でも、あいつは人じゃないから」
「……もしかして、前話していた妖精のこと? ねえねえ、私会ってみたい」
「駄目だ。シャイだから出てこなくなる」
シャイどころか強気な性格をしているが、妖精であることから警戒して人間の前に現れないようにしているのでそういうことにしておく。
量が量なので、花は庭に置くことにした。運ぶのを手伝ってもらい、俺はこれから用があるからと言って麗香には渋々帰らせた。
「さて、やってくるかどうか」
昨日は酷い別れ方をしたものだが、そう心配はしていなかった。あれほど花集めに熱心だったのだ。来ないなら来ないで、それほど花集めは大切なことではなかったのだと考えることにする。
若葉色の髪をたなびかせて、妖精は恐る恐る空からやってきた。
「よお」
「人間、これは……」
「これが人間の財力ってやつだ」
気前よく奮発して買ったかいがあったと、妖精の驚いた反応に満足する。
だが、普段通りの調子のよさはそこまでで、俺は気まずさを感じつつ深く頭を下げる。
「ごめん。昨日は強く言い過ぎた」
「なっ、人間は何も悪くないじゃない! 私が弱くて…………人間を信じ切れなかっただけ」
「信じられないのは当然だ。なんせ、最初は捕まえて売ろうとしたんだからな」
そりゃ理由を話してくれないわけだろう。思い出してずんと気分が沈ませていると、ふと頬をつつかれる。
「謝ってもらったし、今こんなに近くても捕まえようとしないじゃない」
妖精を見遣れば、慈愛の籠った柔らかい表情をしている。
「私、人間を信じてみてもいい?」
「――――ああ。妖精は体がちっこいからな。俺が花を運ぶのを手伝ってやる」
許しに救われた気持ちとなるが、照れてしまって軽口で答える。
俺という人間大でも花を全て抱えていくのはできないので、途中までは車を使った。庭に置いた花を車に詰めなおし、妖精の道案内に従って山道を走らせる。
車に入りきらなかった分を往復することはなかった。
「使わせてもらうけど、全てを持っていく必要はないわ」
妖精は置いていく花の周りを飛び回る。どうやら花から力を得ているらしい。俺の目にはただはしゃいでいるようにしか見えなかった。
「さっむ」
冬山ということで真っ白で手付かず足つかずの雪が積もっている。
名残惜しいが車の暖房と別れを告げて、あとは徒歩で運ぶことになった。家から引っ張り出してきた背負い籠に花を入れ、前側にも見栄え悪く背負い籠に手を通して、しっかりと雪を踏みしめて進んでいく。
「人間、頑張って!」
妖精は寒さに強いのか、元気で羨ましい。花を二本持っていることで、ちまちま一本運んでいたときよりは頑張りは見えるが、もう一本か二本多く持てるのではと思えて仕方ない。
とはいえ俺は持てる限りの花を持っている重たさから疲労しており、しかも車で進めない山の道なき道だ。雪が積もっていることで足を滑らせる危険性から、無駄口を叩く労力も暇はない。
何度も足を取られつつ、目的地は近いという言葉に励まされて進んだ。時間は体感にして長く、実際日が暮れて視界が暗くなった。
これは不味いと山に詳しくない俺でも分かった。
「まだ着かないのか。このままじゃ人間の俺には無理だぞ」
「安心して。もう着くわ。ほら、見える?」
目を凝らしてみえると、小さな点のような光が見えた。それも複数、宙に浮いた形である。
「なんだあれ……」
「妖精。になる前の、不安定な存在よ。皆、待っていたみたい」
厳密には妖精ではないらしいその光は、俺たちに近づいてきて、進む先を照らしてくれる。
ある程度まっすぐになって宙を漂っていることで、道が作られたようだった。幻想的な気持ちになりながら、導きの通りに進む。
「……すげえ」
目的地に着くと、視界が開けたような気がした。光によりその場を明るく照らし、闇を払っていることから奥の方まで見通すことができるためだろう。
そして、俺は青藍色の髪をした少女を見つける。大きさと羽があることからして妖精だ。中心に寝そべっており、その下の地面は雪ではなく葉を重ねてベッドにしている。
「仲間がいたんだな」
「うん。ずっと眠ったままなんだけどね」
話を聞くと、人間に見つかって傷を負ってから、眠ったままなのだという。よく見ると羽は一部欠けており、包帯も腕や足に巻かれている。人間を警戒する理由も、この仲間の妖精を助けるために花を集めていたことも、よく分かった。
俺はそれから光に手伝ってもらうことで、夜の暗さによる危険はなく、往復して車に残っていた花を運んだ。一回目よりもその時間はとても早く感じられた。
花は仲間の妖精の周りに置いた。ポケットに入れておいた花の種も、必要だというので蒔いておく。買った甲斐があった。
「じゃあ、いくわよ」
若草色の髪がふわりと浮く。温かな風が吹き、眩い光が発生する。役目を終えて見届けるのみとなった俺は、あまりの眩さに腕で覆った上、目を閉じることになる。
次に目を開けると、そこは花が一面に咲いていた。
種が芽吹き、花が咲くまで急成長したというのか。持ってきた量より花は増えているし、仲間の妖精の髪が空色に変わっているし、雪はなくなっている。
「すげえ」
感嘆して息がほうと漏れる。
仲間の妖精は睫毛を震わし、ゆっくりと目覚めた。妖精は間に抱き着き、「よかった……っ!」と繰り返す。そうして落ち着いた頃に、俺のところまで若草色の髪の妖精がやってくる。
「私、ハルよ」
一瞬、何のことだが分からなかった。
にやりと頬を吊り上げて、俺も平等に名乗ってやる。
「俺は颯太だ」
「颯太。ありがとう」
ハルは花が咲くように微笑みかける。
一面に咲く花と、ハルは冬に春をもたらした。
だが、俺は思う。初めての出会ったときにも春をもたらしていたと。出会いの季節だと、人間嫌いの俺に悪くないと思える縁が結びついていた。