98話 ヴィヴィの怒り
カリスの意味不明な言動から最初に立ち直ったのはヴィヴィだった。
「ぐふ。バ……カリスは資産もすべて没収だ」
「ふざけんな棺桶持ち!テメエが仕切るんじゃねえ!」
「そうだな。だがカリス、お前には身勝手な行動で貴重なナンバーズを失った責任をとってもらう」
カリスをぶん殴った事と少し時間が経ったため冷静さを幾分か取り戻したベルフィが冷めた口調で言った。
「わかったぜベルフィ。今回の俺の報酬はなしでいい。その代わりサラは勘弁してやってくれっ!」
そう言ってカリスはサラにキメ顔をした。
「「「「「はあ??」」」」」
リオのみ無反応で、それ以外の者は「お前、頭大丈夫か!?」という表情をする。
誰もサラの報酬の事など話していないし、そもそも減らす理由もない。
「もちろん罰を受けるのはお前だけだ。今回の報酬はゼロだ」
とベルフィがそう言うとカリスがサラに満面の笑みを浮かべて、
「お前の報酬は俺が守ってやったぜ!」
とキメ顔をして言った。
サラはカリスとの会話が苦痛なので無視していたのだが、にゅうっ、と顔を近づけて来たので気持ち悪さで反射的にその顔を殴りつけた。
「ってえなぁ。ほんと素直じゃねえなぁ。素直に感謝もできないのかよ」
カリスはサラの行動が恥ずかしがっていると思ったようでニヤニヤしながら言った。
サラはカリスの相手をしていると気が狂いそうだった。
ベルフィの決定に納得しない者がいた。
ヴィヴィである。
「ぐふ。ベルフィ、お前は甘すぎる」
「おいおいヴィヴィ……」
「ぐふ!お前は黙ってろ!」
ナックが仲裁に入ろうとするが、ヴィヴィが強い口調で制する。
「な……」
今までに見たことのないヴィヴィの怒りようにナックだけでなく皆が驚く。
「サイファのナンバーズ一つでひと財産を築ける、いやそれ以上の価値がある。それを失ったのだ。これがまだ必要な行動だったら許せる。だが、今のは愚行以外のなにものでもない。違うか?」
「……ああ、その通りだ」
「ぐふ。わかっていてその程度の罰で終わらせるのか?」
「もう決めたことだ」
「……ぐふ。そうか。では今回の失態はウィンドにとってもらう」
「なに?」
「ぐふ。ラリビンスの財宝はすべてリサヴィがもらう」
「あんたっ何言ってんだいっ!」
「……」
ベルフィがすぐに反論しないのはヴィヴィの言い分も理解できるからだ。
正直、ベルフィもカリスを庇いたくはない。
サイファのナンバーズを失って怒り心頭なのはベルフィも同じなのだ。
だが、今回の報酬だけでなく資産にまで手を出すとパーティの関係が険悪になると危惧しての配慮からだった。
ベルフィの失敗は自分でもカリスの罰が甘いとわかっていながらそれでも誰も決定に反対しないと思っていたことだ。
しかし、ベルフィの言い分はウィンド内でのみ通じる事であり、ウィンドのメンバーではないヴィヴィ、リサヴィのメンバーには全く関係ないのだ。
「ぐふ。ローズ、お前の短剣もだ。お前らに“サイファのナンバーズ”は勿体無い」
「言ってくれるじゃないないかいっ!棺桶持ちが!」
ローズが顔を真っ赤にしてヴィヴィを睨む。
「お、おいおいローズまでっみんな落ち着けって」
ナックが必死にみんなを落ち着かせようとするがまったく効果はない。
ヴィヴィが最終宣告をする。
「ぐふ。選べベルフィ。私の条件を飲むか、それとも……」
ナックはヴィヴィから微かだが魔力の高まりを感じた。
魔装着は装着者の魔力を封じ込めるので通常、魔装士から魔力はほとんど感じない。
その魔装士から今、魔力を感じているのだ。
明らかに何かを、恐らく攻撃魔法を使う準備をしている。
直感が命の危険を知らせるが、なすべき事が見つからない。
「やめなさいヴィヴィ!」
それに気づいたのはナックだけではなかった。
ヴィヴィがチラリをサラを見た。
「……ぐふ。お前も邪魔するか。ならお前も……」
「いい加減にしろ!棺桶持ち野郎!俺が相手になるぜっ!」
争いの原因であるカリスはそんな事を微塵も感じさせずにサラの前に堂々と立って言い放つ。
「……ぐふ、そうだな。まずは貴様からだな」
ヴィヴィがゆっくりと右手を上げる。
その手には刀身が赤く光る短剣が握られていた。
その短剣の威力はサンドウォルーとの戦いで見ており、直撃でなくても大怪我は確実だ。
皆がヴィヴィが本気だと察する。
ベルフィもナックと同じくヴィヴィがただの魔装士だとは思っていない。
冒険者ランクはベルフィ達が上だが、それが参考にならない事は今までの戦いを見れば明らかだ。
ヴィヴィは強力な盾、リムーバルバインダーを自由自在に使いこなし、魔力のこもった強力な短剣、そして恐らくは魔法も使う。
カリスは勝つ気満々でいるが、間違いなく負ける。
以前のまともなカリスであっても勝てるとは思えなかった。
「おいっ落ち着けって!」
「待てヴィヴィ!」
ナックとベルフィが止めに入る。
「止めるなよ、ベルフィ。こんなワガママ野郎叩き斬ってやるぜ!」
自分の事を棚に上げてカリスが自信満々に言うとサラにキメ顔をする。
「ぐふっ」
ナックはヴィヴィがバカにしたように笑ったと思った。
やばいと感じたナックは咄嗟にリオの名を呼ぶ。
「リオ!お前はどうなんだ!?」
その声を聞き、ヴィヴィの動きが止まった。
ナックはヴィヴィを止められるのはリオだけだと本能的に悟る。
「僕?」
「そうだっ」
リオは空気を読まない事には定評がある。
だが、それは自分の意志を通すとも言えなくもない。
ナックはリオがおかしな事を言わない事だけを祈った。
しかし、この場には他にも空気を読まない、というか自分の立場を全く理解していない者がいた。
カリスである。
カリスが余計な事を言ってせっかくナックが作ったチャンスをぶち壊すと察し、ベルフィはカリスの開きかけた口を手で塞ぐ。
「むぐっ!?」
「ローズも手伝え!」
ローズは状況を理解できないながらも空気を読み、暴れるカリスの腕を押さえる。
そんな中でリオはいつもと同じく感情のこもっていない声で言った。
「ナンバーズは今度サンドクリーナー退治に来てゲットすればいいんじゃない。そうすれば僕のものだし」
その言葉を聞いてナックとサラが感じていたヴィヴィの魔力が消滅した。
「……ぐふ。ではリーダーに従おう。だが、次ナンバーズを見つけたら私達がもらう。これは願いではない。決定事項だ」
本来であればEランク冒険者の傲慢な要求をBランク冒険者が飲むことはない。
しかし、
「わかった」
とベルフィは了承した。
ベルフィはヴィヴィの態度に腹を立てていたものの、怒る理由は理解でき、それ以上に金色のガルザヘッサを倒すのにヴィヴィの力は必要だと思っていたからだ。
ベルフィにとってナンバーズは金色のガルザヘッサを倒すための手段に過ぎないのだ。
ベルフィの返事を聞き、ヴィヴィが短剣を収める。
ベルフィとローズの力が抜けると同時にカリスが二人を振り払い、サラに顔を向けると、
「はははっ!何言ってやがる!次こそ俺が頂くぜ!なぁサラ?」
と言ってキメ顔をした。
サラはカリスの戯言を聞き流しながら、心の中でナックに文句を言っていた。
(止めるのが早いのよ!カリスを仕留めてから止めればいいのにっ!)
サラは半分本気でそう思っていた。
ところで、
カリスの傷だが、結局、誰も治さなかった。
カリスに全く反省の色が見えないからだ。
体力バカのカリスもついに限界が来て、自分のリュックからポーションを取り出して治したのだった。
これだけサラに拒否られているにも拘らずカリスはサラに愛されている、勇者だと思われていることを全く疑っていなかった。




